おんがく と おわらい 第8回 [バックナンバー]
ニッポンの社長・辻×トリプルファイヤー吉田靖直 インタビュー
通じ合う2人が実現させるかもしれない、音楽とお笑いの完成形
2023年5月31日 18:30 20
「あとから評価される」は、お笑いにはない
──ネタ作りと作曲に共通点はありますか?
辻 お笑いはホンマにポン!と生まれるのを待つ感じなんですよね。喫茶店でノートを広げて考える人もいるんですけど、僕はネタ帳も持っていなくて。「これええな」というアイデアを思い付いたらスマホにメモして、新ネタする前に見るくらいです。ネタはそのゼロイチがないとまったく作れないんですけど、音楽はギターをいじってるうちにできることもありますね。
──なんとなくリフが思いついて、というような。
辻 そうっすね。音楽は、特に僕らのバンドなんかは「絶対に新しいことをせなあかん」というハードルがないと思うんです。お笑いはやっぱり「新しいものをやらな」というプレッシャーがありますけど。僕はシンプルな音楽が好きなので、絶対に今日曲を作らなあかんってなったら作れちゃうんですけど、お笑いでそれをやるとむっちゃおもんないネタになってしまう。
──音楽はよくも悪くも「〇〇っぽくてカッコいい」という評価がありますもんね。
辻 オマージュのカッコよさがありますよね。僕らの曲でも「これはThe Whoみたいにしよう」みたいなことがあるし、気付く人が気付いたらいいっていう感じなんですけど、お笑いは誰かに影響されてることがバレたらあかんから、それを消す作業が必要で。あと、曲はできてからのほうが大変なんです。みんなでちゃんと練習せなあかんので。僕らコンビは練習しないんで、ネタさえできればゴールなんですよ。ライブにかけたあとで改良することはありますけど。
吉田 練習しなくていいのは、めちゃくちゃいいっすね。
辻 そこ?(笑) 怖いっすけどね。思い付かなくなったら終わりなんで。
──吉田さんは作詞作曲もして、文筆業や大喜利もされていますけど、それぞれに違いはありますか?
吉田 大学生のときに普通の曲を作ろうとしてましたけど、何をもっていい曲なのかが全然わからなくなってしまって。辻さんみたいに思い付きの何かがないと、必然性が感じられないんです。歌詞もそうだし、ドラマの脚本なんかも書きましたけど、テレビを観ているいわゆる普通の人が喜ぶものを書くということが、もうマジで向いてない。「これが面白い」というものが1つないと、自分がやっていることの意味も全然わからなくて。プロとして一定のクオリティのものを作り続ける人はすごいなと。
──同じライブでも音楽とお笑いではいろいろ違うかと思うんですが、いかがですか?
辻 音楽は何回も聴かせて結果が出ることもあると思うんです。映画でも2回目で好きになることがあると思うんですけど、お笑いは1回目でスベったらそこで“おもんないネタ”とすぐ結果が出ますよね。だから最初は新ネタをやるとき怖くて仕方なかったです。特に僕らのネタは繰り返しだから、1発目でダメだったらダメな時間が続くだけっていう(笑)。最近は俺がオモロいと思ってるから、正直普通のライブだったらスベっても構わないというか、緊張しなくなりましたね。バンドのライブのほうが、しょうもないミスしたくないから緊張します。ネタは覚えることもないんで、ミスとかないですし。
吉田 お笑いのネタって、繰り返し観ても面白いし笑えたりもすると思ってたんですけど、初見か2回目かではそんなに反応が違うんですか?
辻 同じお客さんに同じネタをやったら、露骨に笑いは減るでしょうね。時間を置くならいけると思うけど。だから同日に同じ場所で舞台があるときは、ネタは替えますね。1日中劇場におるお客さんもいるから。やっぱり初めて観るときが鮮度が一番高いんで、衝撃を与えたいネタをやる場所は選ばないとダメですね。テレビでやっちゃうと劇場でウケなかったりするんで。
──笑い声は上げないけど、「面白いなあ」と心の中で思ってることもありますよね。個人的に
吉田 そうっすよね。あれはもう現代アートみたいな。
辻 でも、やっぱりある程度笑いの量で判断されてしまうんで。みんなが無言で「いいな」と思っていても、それでは成立しない。そういう面では
吉田 音楽でもあからさまに(拳を振り上げて)こうなってないとウケてないと見なされるときはあります。僕も煽ったりできないんですよね。ライブでみんなが決まりごとみたいに手を上げるのを揶揄するような曲もあるんで。
──「カモン」を聴くと、トリプルファイヤーのライブで普通に盛り上がっちゃいけない気持ちになりますもん(笑)。
吉田 ライブ中にわかりやすく盛り上がってるふうの反応を誰もしてくれなくなっちゃったんで、これがいいのかまだわかんないですね。初めて僕らのライブを観にきた人は、歓声とか全然上がってないから「このバンド、スベってるな」と思うかもしれないし。
辻 でも、そういう人ってバンドの名前も覚えてなかったりするから。スベったことって、みんな忘れるんすよ。人を傷付けたり、悪い感じでスベると覚えられちゃうけど。10年以上やってわかったことですけどね。
みんなほどお笑いが好きじゃないのかもしれない
吉田 お笑いは笑い声っていう指標がはっきりあるからいいですよね。だからM-1とか競争できるんだろうし。しんどさもあると思うんですけど、目指しやすいところもありますよね。
辻 手っ取り早く世に出れる道ではありますね。でも賞レースに出ながらも、ホンマは「比べるものじゃないのに」とは頭の片隅で思ってます。
──お笑いの賞レースも漫才やコントで区切ってますけど、その中身はもっとジャンル分けできますもんね。
辻 でも、やっぱり賞レースで得たものが大きすぎて、その葛藤もありますね。あと個人的に、コントは何年かあとに観てもオモロいものが存在すると思います。漫才って、みんながいいところを参考にして洗練させていくから、5年前の漫才ってやっぱり面白い部分が少ないんです。でもコントはほかの誰かを参考にしてないから、5年後、10年後に観ても面白いものが多いとは言わないけど、たまにあるんですよね。自分らのコントに関しても、「5年後に一番味してるんは俺らやで」っていう意識があります。
──ディスクガイドに載るような名盤、という感じですね。
吉田 長い目で見たら、発想の切り口の強さがめっちゃ残りますよね。すごくカッコいい。
辻 ははは。
──作品派というか、辻さん自身が古い洋楽を聴いてきたことにも関係していそうな価値観ですよね。こういう考えの芸人さんは多くないのでは?
辻 あんまりいないかもしれないですね。僕はみんなほどお笑いが好きじゃないのかもしれないです。音楽とか映画とかがあって、その中の1つとしてお笑いをやってる感じ。でも、お笑いが手っ取り早かったんです。40万円払えばNSCに入って一応始められるから。バンドは人数が必要だし、映画なんかどうやったらいいかわからへんし。
──辻さんと吉田さんは「カッコいい」「面白い」と思う感性が本当に似てるんですね。
辻 めっちゃシンパシー感じました。
──ニッポンの社長の単独公演の音楽をトリプルファイヤーが書き下ろしたり、今後いろいろ可能性がありそうです。
辻 こっちが勝手に選んだ時点でかなりマッチしてたんで。
吉田 もっとニッポンの社長のネタに合わせていったらいいんですかね。歌詞に「シャチ」を入れるとか。歌詞が書けないときに、頼まれた気になってネタをヒントにするのはありっすね。
辻 トリプルファイヤーの歌詞からもネタが作れそうやなと思って。トリプルファイヤーが演奏して、そのあとに僕らがその曲から作ったネタやって、交互にやっていくツーマンライブができたら一番面白そうやな。
──音楽とお笑いのツーマンは最近増えてますけど、お互いがワンステージずつやる形式がほとんどですもんね。交互にやれればツーマンの意味がさらに増すと思います。
辻 トリプルファイヤーとならお互い邪魔にならへん気がします。とりあえず1曲と1ネタを交換して、それを実験的に披露するみたいなんが現実的なんかな。
吉田 音楽とお笑いがただ一緒にやるのってどうなんだろうって感じだったんですけど、それはすごくいいですね。
辻 コントの単独は着替えだったり幕間の時間が必ず必要なんで、そのための映像を作ったりするんですけど、それがバンド演奏だったらすごく充実感ありますよね。
──しかもそこにちゃんと関連性があるという。
辻 1つの完成形になるかもしれない。
吉田 ちょっと、こっそり作っておきます。
辻 いや、正式にやってくれよ(笑)。
吉田靖直(ヨシダヤスナオ)
4人組ロックバンド・トリプルファイヤーのボーカル担当。2006年に早稲田大学の音楽サークルで結成され、2010年に現在の編成になる。2012年5月に初のアルバム「エキサイティングフラッシュ」をリリースし、ソリッドな演奏とシュールな歌詞を組み合わせた斬新な作風で注目を浴びる。最新作は2017年11月発売の4thアルバム「FIRE」。ソロでは映画やドラマ、大喜利イベント、テレビ番組に出演し、雑誌やWebサイトで執筆活動を行うなど多方面で活躍している。
辻(ツジ)
吉本興業に所属するお笑いコンビ・ニッポンの社長のネタ作り担当。2020年から2022年までの3年連続で「キングオブコント」の決勝に進出する。2019年9月にには辻と堂前透(ロングコートダディ)が中心となり、吉本興業の芸人6名からなるバンド・ジュースごくごく倶楽部を結成。2023年3月に1stアルバム「ジュースごくごく倶楽部の1杯目」をリリースした。本作を携え5月から7月にかけて東名阪ツアーを行う。
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