立川吉笑

おんがく と おわらい 第7回 [バックナンバー]

立川吉笑が語る、落語会にテーマソングが必要な理由と落語を落語たらしめるリズム

落語的なリズムの気持ちよさは、ダンスミュージックとまったく違う

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落語は「少ない情報量をいかに上質に伝えるか」という芸能

──吉笑さんの落語はテンポが速いほうだと思うのですが、そこは意図していますか?

普段から早口なので生理的な部分もあるんですが、漫才とかコントに比べて落語のテンポは基本的に遅いんですよね。もちろんそれはそれでいいんですけど、漫才やコントと並列で落語を面白がってもらいたい気持ちがあるから、おのずと速くなります。やっぱり情報量が少ないんですよ、落語は。「少ない情報量をいかに上質に伝えるか」という芸能なので、そこは邦楽と同じですね。自分も古典落語はなるべく教わった通りにやりたいので落語らしいテンポを目指しますが、どうしても速めになってしまいます。

──NHK新人落語大賞を受賞した「ぷるぷる」は、唇を震わせる音も相まってかなりテンポが速い印象があります。

あのネタは意図的に情報量を増やしてますね。でも、でも悪い言い方をすると、情報量を増やせば増やすほど落語的じゃなくなっちゃうんですよ。どんどんお笑いに寄っていっちゃうから、そこの調整にはかなり気を使っています。

──「テンポがこれ以上速くなると落語じゃなくなる」というラインがあるのでしょうか。

口調やテンポでいうと、名人と呼ばれるにふさわしい(古今亭)志ん朝師匠も速いんですよ。速いけど聞き取れるし、もちろんめちゃくちゃ落語的で。だから単純な速さじゃなくて、描かれている情報量なんだと思います。自分の新作落語は意外性を前面に出したくなるから、前提条件をお客さんに提示してそれを裏切って裏切ってという構造になるんです。そうなると、どうしても情報量が増えちゃうんですけど、落語は窓の外に見える景色を描写するだけでも一席として成立させられると思うんですよ。それならどれだけ早口でも物語としてのアウトプットは絞られますよね。自分が一番好きな古典落語に「酢豆腐」というネタがあるんですけど、前半は長屋の連中が集まって「糠漬け食べたいけど、糠床に手を入れたら臭くなるから自分はやりたくない。誰かやってくれよ」とグダグダしているだけなんですよ。まったく何も起こらない(笑)。でもうまい人がやると、そんな無駄話だけで15分間場をもたせることができるし、面白いんです。自分の技術では、まだまだそれはできないですね。

談志とDragon Ashがコラボした夜

──吉笑さんは2014年にポストロックバンド・How to count one to tenのアルバムに参加されて、演奏に乗せて古典落語「鮫講釈」を披露されています。

落語家になりたての頃は「音楽とコラボできないかな」といろいろ考えていたんです。ある夜にふとYouTubeを立ち上げて、談志師匠の「鮫講釈」の映像とDragon Ashの「Fantasista」のMVを同時に再生したらめちゃくちゃカッコよかったんですよ。「鮫講釈」は講釈師が登場する話で、クライマックスで講釈を披露するんです。そのシーンの談志師匠のリズムがまったくブレないから、「Fantasista」の細かいドラムにバチッと合ったんです。

──なるほど! 会話主体の落語と違って、講談はナレーションというか地の語りが主だから、リズムがキープされる気持ちよさがある話芸ですもんね。

それから何年かしてHow to count one to tenから話をもらったので、あれをやってみようと。いい感じでできたと思います。

──「鮫講釈」というネタ選びに、リズム的な必然があったとは。

講釈の修羅場は話芸の中でも音楽的な要素が強いというか、ほとんどラップですからね。

立川吉笑 (c)渋谷らくご(撮影:武藤奈緒美)

立川吉笑 (c)渋谷らくご(撮影:武藤奈緒美)

──張り扇も叩きますし、かなりパーカッシブですもんね。

外部案件というか、例えばバスケのBリーグのオープニングセレモニーで落語をやらせていただく機会があったんですが、そういうときは講釈の技を使うことが多いです。落語の真骨頂は何気ない会話のやりとりにあるんですけど、それを生かすにはある程度時間が必要で。だから与えられる持ち時間が短い傾向にある外部案件は、聞かせどころを音楽的な部分に集約してしまえる講釈的な方法が効果的だなと。

──逆に落語的な会話の場面を演奏に合わせようと思ったら、かなり難しいでしょうか?

そうですね、会話はまだ全然できてないです。そういう意味で「落語にBGMをつける」というコラボレーションの正解は、まだ誰も出せていないと思います。音楽で情感を出さなくても、言葉だけでやっちゃうのが落語なので。引き算の極地である落語に、音楽を足しちゃったら本末転倒になる場合もあるでしょうし。

──音楽によって情報量が増えると、反比例して落語らしさが減ってしまうと。

「落語じゃなくていいよね」となっちゃう感じがするんですよね。難しいです。昔、七尾旅人さんのライブを観たときに、「落語家として、この表現に勝てるのか」とゾッとしたんですよ。弾き語りに加えて、リアルタイムでサンプリングしてビートにしたりセリフを入れたり、1人だけであの世界観を作っていることが衝撃的で。江戸時代に落語を最初に作った人が、もし現代に生きていたら多分ポエトリーリーディングみたいなことをやっていたと思うんですよね。1人で正座してやる必要もないし、トラックを流してもいいし。「じゃあ、なんで落語はここまで要素を削ってミニマルにしているのか」ということを、入門当時はめちゃくちゃ考えました。

立川吉笑

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──音楽はシリアスなメッセージを伝えることには非常に有用ですが、笑いに乗せるとなると実は難しいんじゃないかとも思うんです。

確かに難しい……でも、落語にももちろん音楽的な要素はあって、歌うように落語をする方もいるんですね。「歌い調子」と呼ばれるような、メロディアスな落語はもう聴くというより浴びるっていう感じなんですよ。古典でも、すごく気持ちよく聞ける。一方で自分の場合、作るネタに理屈があるので、歌うようにやると意味が流れていってしまうと思うんです。

──「ん?」と引っかかるところがないと面白さが伝わらないと。

日常の視点をズラすという面白さなので、どうしても意味重視になりますね。音楽的に気持ちよくなると、理屈からは離れていってしまう。ライブを観ながら全然別のこと考えちゃうことありません? そうなると理屈の笑いと音楽は食い合わせが悪いのかなと。

「私の後ろでは、音楽は鳴らないと思います」

──吉笑さんはフェスに出演されたり、ミュージシャンとの共演も多いですよね。MOROHAとは何度か対バンされていますが、初共演を果たした2014年には「敵わないと思った」とインタビューでお話しされていました(出典:OTOTOY「ミュージシャンVS落語家 どうしてこの2組が戦うのか──MOROHA×立川吉笑 大衆に届ける、その表現」)。

MOROHAに手練れの真打くらいの風格があったんですよね。袖でライブを観て、圧力を感じて。当時は自分も全然駆け出しだったこともあって、「このキャリアでもうこの雰囲気をまとってるのか」とびっくりした記憶があります。

──それから芸歴を重ねられて、真打も視野に入っています。先ほど七尾旅人さんの話も出ましたが、今も音楽に対して「敵わない」と感じますか?

もう諦めがついたというか、「落語でいくしかない」と腹をくくりましたね。昔のほうが考えすぎてたところもあるし。今はもう自分の人生は落語で決まりだから、それを深く探っている感じです。だから誰とでも胸を張って対バンできますよ。心の中では「落語でも勝てる」と思ってるんでしょうね。「こっちは正座してしゃべるだけでぶっ飛ばせますけどね」って。

立川吉笑 (c)渋谷らくご(撮影:武藤奈緒美)

立川吉笑 (c)渋谷らくご(撮影:武藤奈緒美)

──本当の「身体一つ」はこっちだよと。

その理想の落語にはまだまだたどり着けていないですけどね。でも、落語と音楽の掛け合わせはまだ諦めていないです。やり方は絶対あるはず。最近観たAマッソとKID FRESINOが一緒にやったライブ「QO」は見事な絡み方だったし、自分ももっと考えたいです。

──ZAZEN BOYS立川志らく師匠がライブで共演したこともありました。ZAZEN BOYSが「ASOBI」を演奏する中、志らく師匠が高座に上がり古典の大ネタ「らくだ」を熱演し、オチまでいって頭を下げると「ASOBI」の演奏が再開されるという。

九龍ジョーさんの「伝統芸能の革命児たち」という本にも書かれていますが、向井さんは最初はもっと落語と演奏とが絡み合うようなコラボを提案されたようなんですけど、志らく師匠が断ったそうです。「私の後ろでは、音楽は鳴らないと思います」と。まさか断られるとは、向井さんもびっくりしたと思いますよ(笑)。

──ある種、落語家としては正しい姿勢のような気もします。

一番カッコいいです。落語というスタイルと自分の表現を信じて、「これがベストだ」と思っていらっしゃるということなので。自分が発する落語ですべてが表現できている、そこに映像とか音楽を足す必要なんかない、と確信を持たれている。自分はまだそこまでの境地にはいない。音楽と落語について、今ふと思い出したのは、昔、iPodで談志師匠の「芝浜」の音源を聴いたあとに、シャッフル再生でくるりの「言葉はさんかく こころは四角」が流れたんです。それがもうめちゃくちゃよくて。「芝浜」のエンドロールみたいに、余韻にバスドラの四つ打ちが入ってきて鳥肌が立ったんですね。落語と音楽はそういう合わせ方もあると思うし。フィールドレコーディングの技法も、落語と相性がいいはずなんです。可能性はあるけどまだ自分では実装できてないので、この先考えていこうと思います。

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立川吉笑(タテカワキッショウ)

1984年生まれ、京都出身の落語家。2010年11月に立川談笑に入門し、わずか1年5カ月という異例のスピードで二ツ目に昇進した。古典落語的世界観の中で、現代的なコントやギャグマンガに近い笑いの感覚を表現する手法「擬古典」を得意とする。雑誌「中央公論」「Quick Japan」でコラムを連載し、2015年には初の書籍「現在落語論」を出版するなど執筆活動も多数行う。2021年12月に創作話芸ユニット・ソーゾーシーとして初CD「ソーゾーシー 傑作選1」を発売。2022年11月に若手落語家の登竜門と言われる「NHK新人落語大賞」を、2022、23年の2年連続で「渋谷らくご大賞」を受賞した。

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