清野茂樹アナウンサー

藤波辰爾「マッチョ・ドラゴン」を清野アナが深掘り解説

NHK「1オクターブ上の音楽会」で話題騒然!愛すべき迷曲の魅力に迫る

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さる9月10日、NHK総合にて放送された音楽番組「1オクターブ上の音楽会」でプロレスラーの藤波辰爾が自身のテーマソング「マッチョ・ドラゴン」を37年ぶりに歌唱し大きな話題を呼んでいる。「マッチョ・ドラゴン」は、1985年11月に発売された藤波のシングルレコードの表題曲。「小学生のような歌い方」「リアルジャイアン」など、個性的すぎる歌声が注目を集め、愛すべきカルト曲として一部音楽ファンの間で高い人気を誇っている。放送決定時に公開した音楽ナタリーのニュース記事も多数のアクセスを記録し、この曲の意外な人気を物語っていた。何ゆえ「マッチョ・ドラゴン」はこれほどまでに愛されるのか。プロレス関連のレコードコレクターとしても知られる実況アナウンサーの清野茂樹に「マッチョ・ドラゴン」の魅力を語ってもらった。

構成 / 望月哲 撮影 / 沼田学

藤波辰爾は元祖アイドルレスラー

全国3000万人の音楽ファンの皆様こんばんは。私、実況アナウンサーの清野茂樹と申します。本日は多くの人々を魅了してやまない、藤波辰爾さんの楽曲「マッチョ・ドラゴン」の魅力を音楽ナタリー読者の皆様にお伝えしたく思います。本題に入る前に、まずはプロレスラー・藤波辰爾がいかに偉大であるか、ということをお話しさせてください。

清野茂樹アナウンサー

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藤波辰爾さんは68歳。1972年に師匠のアントニオ猪木さんが旗揚げした団体、新日本プロレスで長く活躍し、キャリアは50年以上。今も現役でリングに上がる“プロレス界のレジェンド”であります。私が思うに、藤波さんが“レジェンド”と呼ばれる理由は3つあります。1つ目は、1978年にニューヨークでWWWF(現在のWWE)ジュニアヘビー級王座を獲得したこと。プロレスの本場と言われるニューヨークでチャンピオンに輝いたのは日本人では藤波さんが最初。これは師匠の猪木さんですら成し得なかった偉業です。2つ目は体が小さい人にもプロレスラーになる希望を与えたこと。軽量の藤波さんを見てプロレスラー志願した人は多く、その後のプロレス界に与えた影響は計り知れません。そして3つ目は女性ファンを増やしたこと。今で言う、“イケメン”で“細マッチョ”だった藤波さんは黄色い声援を集める元祖アイドルレスラーだったわけです。しかも、当時はプロレスが地上波のゴールデンタイムで全国に中継され、視聴率は軒並み20%を超えていた時代。毎週のように中継に出ていた藤波辰爾は、一般にも広く知られていました。

「マッチョ・ドラゴン」リリースの背景

前置きが長くなってしまいましたが、そんな人気レスラーの藤波辰爾が、なにゆえ「マッチョ・ドラゴン」というレコードをリリースしたのか? そこには当時の新日本プロレスの社内事情が大きな影響を及ぼしていました。曲が発売された1985年の藤波さんは32歳。体力的に陰りが見えてきた猪木さんに次ぐエース候補として、会社に売り出されていた時期です。また、この前年に新日本プロレスは選手の大量離脱によって経営ピンチに陥っていましたから、真面目で責任感の強い藤波さんは、愛する新日本プロレスの窮状を救うべく、プロレス以外の芸能活動にも積極的に打って出ていくことで、新規のファンを獲得しようと考えました。事実、「夕やけニャンニャン」をはじめ、あの頃さまざまなバラエティ番組で藤波さんを頻繁に目にした記憶があります。また、藤波さんは「プロレスラーは恐いという世間のイメージを変えたい」と常々口にしており、そのための活動の一環として誕生したのが、「マッチョ・ドラゴン」だったわけです。

さて、発売直後から、あの歌声にプロレスファンは騒然!と言いたいところですが……実はそんなことはなく、私も含めたプロレスファンは普通の曲だと受け止めておりました。なぜなら、プロレスラーに歌唱力を期待していなかったからです。そもそも、藤波さんは「マッチョ・ドラゴン」以前に歌手デビューしていましたし、トップ中のトップレスラーである藤波さんを茶化したり、イジったりするような風潮は当時のプロレスファンの間にはありませんでした。時代はバブル景気前夜。レコード会社にも唸るほどお金があり、人気スポーツ選手のレコードが大量に発売されていた時期だったのです。発売当初、藤波さんの試合の入場では、この曲(インストゥルメンタルバージョン)を使っていたものの、1987年には別の曲に変わってしまったこと、音楽メディアはCDが主流になったことも重なって、「マッチョ・ドラゴン」のレコードはファンの記憶から、消え去っていきました。

撮影中にテンションが上がり、1985年9月19日に東京・東京体育館で行われたアントニオ猪木vs藤波辰爾(当時は辰巳)の入場シーンにおける古舘伊知郎の実況中継を完コピしてみせた清野アナ。「この試合で藤波さんが初めて『マッチョ・ドラゴン』で入場したんです! 中継ではCM中だったので、曲は途中からしかオンエアされませんでしたけど」(清野アナ談)

撮影中にテンションが上がり、1985年9月19日に東京・東京体育館で行われたアントニオ猪木vs藤波辰爾(当時は辰巳)の入場シーンにおける古舘伊知郎の実況中継を完コピしてみせた清野アナ。「この試合で藤波さんが初めて『マッチョ・ドラゴン』で入場したんです! 中継ではCM中だったので、曲は途中からしかオンエアされませんでしたけど」(清野アナ談)

深夜ラジオを中心にカルト的人気を獲得

そんな「マッチョ・ドラゴン」が本格的に脚光を浴びたのは90年代に入ってからです。諸説ありますが、火付け役となったのはTBSラジオで放送されていた小堺一機さんと関根勤さんの番組「コサキンワールド なんでもねぇんだよゲベロッチョ」じゃないでしょうか。番組内の「コサキンソング」のコーナーで、「マッチョ・ドラゴン」がオンエアされると、プロレスファンが聴き流していた“ドラゴン歌唱法”に深夜ラジオリスナーが激しく反応し、人気を博すこととなります。つまり、プロレスファンの“周辺層”を中心に楽曲の認知が広まっていったのです。そして1997年にプロ書評家の吉田豪さんが「悶絶!プロレス秘宝館」(シンコー・ミュージック刊)というムックで「マッチョ・ドラゴン」をミュージックビデオとともに取り上げたことで、今度はプロレスファンの“コア層”にも曲の魅力が再評価されるようになった、という流れができあがります。さらに、1999年に藤波さんが新日本プロレスの社長に就任すると、記者会見や囲み取材など藤波さんの発言がプロレス専門誌で報じられる機会が急増。藤波さんの愛すべきキャラクターや歌唱力を笑いにしていいんだ、という空気がプロレスファン全体に生まれるようになりました。同年には人気プロレスコンピレーションCD「プロレスQ」シリーズに収録され、2000年代以降にネットが普及すると、リアルタイムで知らない世代にも一気にこの曲の存在が知れ渡ったという経緯です。レコードに関しては同時期にカルチャー感度の高い若者、和モノDJの間で人気が高まり、中古盤市場で年々価格が高騰。現在では1万円を超える高値でシングル盤が取り引きされることもあると聞きます。

清野アナが所蔵する「マッチョ・ドラゴン」7inchシングル。ちなみにジャケットに入っているサインは、藤波辰爾ではなく、作詞を手がけた森雪之丞のもの。

清野アナが所蔵する「マッチョ・ドラゴン」7inchシングル。ちなみにジャケットに入っているサインは、藤波辰爾ではなく、作詞を手がけた森雪之丞のもの。

実は難易度の高い「マッチョ・ドラゴン」

ただ、そんなプレミア化とは正反対に、この「マッチョ・ドラゴン」、藤波さんの中では長い間“黒歴史”になっていたようです。試合会場での練習時間に、ある選手が面白半分にカセットテープで「マッチョ・ドラゴン」を流したところ、激怒した藤波さんがラジカセからテープを取り出し、ゴングを鳴らす木槌で粉々に叩き壊してしまったという伝説もありますし、実際、私がパーソナリティを務めるラジオ番組「真夜中のハーリー&レイス」に藤波さんをゲストにお招きしたときも、打ち合わせで「歌についての話は、ナシで……」と釘を刺されたことがありました。そんな経緯があったので、「1オクターブ上の音楽会」でご本人が「マッチョ・ドラゴン」を歌唱されるというニュースを知ったときは、心底驚きました。藤波さんご本人に出演を決断した理由を尋ねたところ、やはり最初は気が進まなかったそうですが、長男でプロレスラーのLEONAさんに説得されたと語ってくださいました。LEONAさん、ファインプレーですね。

NHK総合「1オクターブ上の音楽会」より、振付を交えて「マッチョ・ドラゴン」を熱唱した藤波辰爾。発売当時、振付を手がけたのはジャズ空手の師範・澤村宗。(写真提供:NHK)

NHK総合「1オクターブ上の音楽会」より、振付を交えて「マッチョ・ドラゴン」を熱唱した藤波辰爾。発売当時、振付を手がけたのはジャズ空手の師範・澤村宗。(写真提供:NHK)

ちなみに藤波さんは、けっして歌は嫌いなわけではないようです。「マッチョ・ドラゴン」以前に書かれた藤波さんの著書「ライバルをつくれ!そして勝て!」(1983年 / ベースボール・マガジン社刊)には、「オレは人前で歌うのは得意じゃない」としたうえで「三橋美智也の歌ならほとんど歌えるね」という記述があります。伽織夫人に確かめたところ、「カラオケでは盛り下がる曲ばっかり歌うんです」とおっしゃっていました(笑)。

話は前後しますが、「マッチョ・ドラゴン」がリリースされたのとまったくの同時期、タッグパートナーの木村健悟(当時は健吾)さんも「らしくもないぜ」というレコードをリリースしています。健悟さんはプロレスラーの中ではトップクラスの歌唱力の持ち主と言われている方です。実は私、かつて自分のラジオ番組で、健悟さんに「マッチョ・ドラゴン」を歌ってもらったことがあるんです。出演依頼と同時に「マッチョ・ドラゴン」を歌ってもらえませんか、と歌詞カードとカラオケをお渡ししてお願いした結果、生放送で見事に歌いこなされていました。ただ健悟さんも「すごく難しい曲」だとおっしゃっていましたね。「だから、藤波さんが歌うのは絶対に無理!」とも(笑)。実際、歌い出しが裏拍だったり、メロディの上下が激しかったり、かなり難易度の高い曲ではあると思います。

同時期にリリースされた藤波辰爾「マッチョ・ドラゴン」と木村健悟(当時は健吾)「らしくもないぜ」。売り上げは藤波が完勝だった模様。(清野アナ私物)

同時期にリリースされた藤波辰爾「マッチョ・ドラゴン」と木村健悟(当時は健吾)「らしくもないぜ」。売り上げは藤波が完勝だった模様。(清野アナ私物)

歌声から伝わる温厚な人柄

私が考える「マッチョ・ドラゴン」が愛される理由。それは、ひとえに藤波さんの歌声が持つチャーミングな魅力にほかならないと思います。「1オクターブ上の音楽会」の中でMCの竹中直人さんが語っていた「荒々しい中の、とても繊細な、誠実さが伝わる深い深い音楽になっていた」という言葉が言い得ていますよね。プロレスラー特有の破天荒な武勇伝とは一切無縁で、永遠の猪木ファンであり、家族を大切にして、城巡りを愛好する──そんな藤波さんの温厚な人柄が、歌声からあふれんばかりに伝わってきます。なお、山下達郎さんのラジオ番組「サンデー・ソングブック」の「珍盤・奇盤」コーナーでこの曲がオンエアされた際、達郎さんは藤波さんの歌声を「マッチョな人の声とは思えない、かわいい歌」と評しています。「マッチョ・ドラゴン」はエディ・グラントというレゲエシンガーの「Boys in the Street」という楽曲のカバーなのですが、達郎さんは番組内で選曲の妙にも言及されていました。まず楽曲そのものが素晴らしいんですよね。また、日本語詞を手がけた森雪之丞さんによる勇ましい歌詞の世界観、そして「マッチョ・ドラゴン」というタイトルが持つキャッチーな響きも大きなポイントになっていると思います。

写真左上より時計回りに、藤波辰爾のデビュー10周年を記念して制作されたアルバム「Go Goドラゴン」(1982年)、初のシングル「Go Goドラゴン」(1981年)、「マッチョ・ドラゴン」(1985年)、「マッチョ・ドラゴン」の原曲であるエディ・グラント「Boys in the Street」の日本版シングル「街角ボーイズ」(1984年)。(すべて清野アナ私物)

写真左上より時計回りに、藤波辰爾のデビュー10周年を記念して制作されたアルバム「Go Goドラゴン」(1982年)、初のシングル「Go Goドラゴン」(1981年)、「マッチョ・ドラゴン」(1985年)、「マッチョ・ドラゴン」の原曲であるエディ・グラント「Boys in the Street」の日本版シングル「街角ボーイズ」(1984年)。(すべて清野アナ私物)

多くの人々に愛される「マッチョ・ドラゴン」ですが、この曲が収録されたCDは現在入手困難で、また現時点ではサブスク解禁されておりません。これは非常にもったいない状況だと思います。現在はアナログレコード流行りなので、7inchシングルを藤波さんのデビュー50周年にちなんで再発するのもいいのではないでしょうか。とかく殺伐とした今の世の中だからこそ、聴く人をハッピーにするドラゴンボイスが世界中の人々の耳に届くことを期待してやみません。

清野茂樹

清野茂樹アナウンサー

清野茂樹アナウンサー

1973年、兵庫県神戸市生まれの実況アナウンサー。青山学院大学卒業後の1996年に広島エフエム放送に入社。2006年に独立すると、幼い頃からの夢であったプロレス / 格闘技実況の道へ方向転換し、2015年には新日本プロレス、WWE、UFCという世界3大メジャー団体の実況を史上初めて達成した。「実況界のトップランナー」として実況を話芸として見せる「実況芸」を磨き、異業種のプロフェッショナルとも積極的にコラボレーションしている。1000枚のレコードを収集するテーマ曲研究家としても知られる。

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読者の反応

清野茂樹 @kiyoana

再注目の「マッチョ・ドラゴン」
について取材を受けたので
リアルタイムの空気感含めて
細かくお話させていただきました🎤

頭からあの歌が離れない方に
ぜひ読んでほしいです🐉

藤波辰爾「マッチョ・ドラゴン」を清野アナが深掘り解説 https://t.co/6zURdQIBnb

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