2001年10月23日に発表された初代iPod。

iPodの登場は人々の聴取体験をどう変えたのか

生産終了を迎えたiPodの、音楽に与えた影響とその後を考える

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限界のあるシャッフルに取って代わられたもの

ライブラリをランダムに再生するシャッフルは、セレンディピティ(=偶然の出会い)を誘発しこそすれ、その範囲には限界があった。なにしろ、シャッフルされるのは自分が持っているライブラリだけ。もしかすると、個人が所有可能な量のアーカイブにおいてしか、シャッフルはそのインパクトを保ち得ないのかもしれない。例えばApple MusicのWebサイトをチェックしてみると、聴ける楽曲の数は9千万曲以上。プレイリストだけで3万以上あると謳われている(※11)。ここまで分母が大きくなるとセレンディピティが生じる確率は信じられないほど下がるだろう。そんなサブスク時代、シャッフル=ランダムに取って代わったのは「キュレトリアルなプレイリスト」や「アルゴリズムによるリコメンデーション」だった。

シャッフルからアルゴリズムへ。シャッフルが生み出すのは、個々のリスナーが自分だけのライブラリで味わうセレンディピティだったが、アルゴリズムが生み出すのは社会的なバズだ。2010年代、とりわけYouTubeにおいて、ほぼ無名のアーティストによる楽曲がアルゴリズムの気まぐれから多くのユーザーにリコメンドされ、バイラルヒットにつながった事例が散見された。インディロックでいえばボーイ・パブロの「Everytime」、ローファイハウスでいえばDJ Boring「Winona」やRoss From Friends「Talk To Me You'll Understand」、あるいは日本のリスナーにとっては、竹内まりや「プラスティック・ラヴ」に向けられた海外からの注目なんかがお馴染みだろうか。

アルゴリズムがもたらす新しい音楽との出会いは、シャッフルとは違って自分のライブラリの外からやってくるし、ソーシャルなつながりを前提としている。iPod時代においても、プレイリストのシェアやLast.fmなどの音楽SNSでそうした「つながり」は生まれていたが、サブスク以降のそれとは若干性格が異なる。音源を持ってなければ聴けなかったiPod時代と、サービスに登録していれば検索して聴けるサブスク時代とでは、シェアの持つ意味が変わってくる。

iPodの終わりに際して、濃密なノスタルジーを掻き立てる記事が(特に英語圏で)いくつか登場したのは、iPodとシャッフルがもたらす経験が、今から振り返れば強く個人に根ざしたものであったことの裏返しなのかもしれない(※12)。そしてそれは、特定の時代や世代にぴったり張り付いた、決して普遍的とは言い難い、歴史化された経験なのだろう。自分もその渦中にいたことは、ここで白状しておくほかない。思い出すのだ、iTunesでリッピングして(いや、厳密には音質を気にして別のソフトでリッピングして……まあ、そんなことはどうでもいいか)iPodにライブラリを溜め込んでいく楽しさとか、あんなちっちゃい画面でビデオ観て何が楽しかったんだろう(楽しかったけど)、とか。

iPod nano。2012年9月12日に発表された第7世代。

iPod nano。2012年9月12日に発表された第7世代。

今もなおガジェットとして愛好され続けるiPodの“余生”

さて、iPodは公式に終わった。iPod is officially dead. しかし、iPodはこれまでさんざ述べてきたエコシステムから離れて、1つのガジェットとして愛好(もっと言ってしまえば、フェティシズム)の対象にもなっている。

やはり、プロダクトとしてiPodはスタイリッシュだ。スクロールホイールはマルチタッチの万能さこそ持たないものの、特定の機能に奉仕するインターフェイスとしてはこのうえない出来だった。また、必ずしも常に音質に定評があるプレイヤーではなかったものの、特定の世代のiPod Classicは音質面でも人気を博していた。

例えば山下達郎は2015年の音楽ナタリーのインタビューで「iPod ClassicにCDを取り込んで聴いてるけど、MP3とかAACといった圧縮音源には一切してなくて、非圧縮のWAVで取り込んでる」「iPod Classicは携帯系の中では一番音がよかったのに、なくなっちゃったし。すぐ壊れるから10台くらい買いだめしてある」と語っている(※13)。もっと以前にはiPodの音質を酷評していたという話もあるけれども、少なくともこの時点ではそれなりに高い評価を下している。ミュージシャンに限らず一般のユーザーでも、非圧縮音源を取り込んで愛用している例はネット上で見受けられる。

2022年2月にはエリー・ハクスタブルというソフトウェアエンジニアが「2022年向けiPodを作る(Building an Ipod for 2022)」という記事(※14)を自身のブログで公開し、話題を呼んだ。iPod ClassicのストレージをmicroSD変換基盤を使って増強、さらにケースを変え、バッテリーを換装し直し、非公式のファームウェアをインストール。使われている部品や手法自体は広く使われているもので、必ずしも新奇なものではない。実際、YouTubeで「iPod 改造」というワードで検索すると、上記の改造ばかりかBluetooth化までしている例もある。

同じく2月、AV Watchにも「iPodでキメろ。12台持ち変態男が超容量1,600GB化にトライした」なる記事が掲載されている(※15)。タイトルの通り、iPod Classicを12台持って並行して使っているコアなユーザーが改造に挑んだ記録だ。これは改造自体というよりも、iPodへの異様なこだわりに読み応えがある。

終了を宣告されたiPodの余生は、もうちょっとだけ続きそうだ。せっかくだから自分も1台買って、改造してみようかと思う。

 

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  1. 瀧本大輔「役割を終えた「iPod」が、音楽の楽しみ方にもたらしたこと」WIRED日本版、2022年5月11日。 2022年5月27日最終閲覧。など、以下参照したウェブサイトはすべて同日に内容を確認したものである。
  2. Leander Kahney, “Straight Dope on the IPod's Birth,” WIRED. Oct. 17, 2006.
  3. Ryan Gajewski & Ashley Lee, “Grammys: Prince Says Black Lives “Still Matter” (2015),” The Hollywood Reporter. Feb. 8, 2015.
  4. 榎本幹朗「音楽が未来を連れてくる」DU BOOKS、2021年、p.278
  5. 同上、pp.278-281を参照。
  6. スティーブン・レヴィ「iPodは何を変えたのか?」上浦倫人訳、ソフトバンククリエイティブ、2007年、p.286およびpp.368-269を参照。
  7. 大友良英菊地成孔大谷能生「ディストピック!」ユリイカ2005年3月号、p.52
  8. アレックス・ロス「これを聴け」柿沼敏江訳、みすず書房、p.31
  9. 同上
  10. Kelefa Sanneh, “Embracing the Random,” The New York Times. May 3, 2005.
  11. Apple Musicの公式サイトを参照。
  12. 例えば、以下の記事を参照。Mitchell Clark, “Our memories of the iPod,” The Verge. May 14, 2022. および Tom George, “R.I.P iPod: The Apple music player beloved by Gen Z has been discontinued,”i-D. May 12, 2022.
  13. 大山卓也「シュガー・ベイブ「SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition-」発売記念 山下達郎インタビュー」音楽ナタリー、2015年8月3日。
  14. Ellie Huxtable, “Building an iPod for 2022,” Ellie's Blog. Feb. 14, 2022.
  15. 阿部邦弘「iPodでキメろ。12台持ち変態男が超容量1,600GB化にトライした」AV Watch、2022年2月25日
imdkm

1989年生まれ、山形在住のブロガー / ライター。Web媒体をメインに音楽、美術関係の記事を執筆している。単著に「リズムから考えるJ-POP史」(blueprint、2019年)。

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