ヒコロヒー

おんがく と おわらい 第3回 [バックナンバー]

ヒコロヒーから考える「お笑いライブと音楽」

好き勝手なのに、ちゃんとよくて、新しさもあって、オリジナリティがすごい

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音楽とお笑いの関係をさまざまな観点から考える本連載。今回は「お笑いライブと音楽」について考える。

実際に足を運んだ人には当たり前に感じることだが、お笑いライブはほとんどの場合複数のネタが披露されるので、舞台転換の時間がある。間を埋めるために映像が使われることも多いが、音楽が流されることはもっと多い。意図せずではあるが、観客にとっては「黙って音楽を聴いている時間」が意外と長いのだ。そういった場で、音楽はどのように機能しているのか。そして、芸人は何を思って選曲しているのか。

作り込まれた世界観の1人コントと、独自のセンスで選曲された音楽から形成された単独ライブを行っているヒコロヒー。彼女に「お笑いライブと音楽」をテーマに語ってもらった結果、芸人としての矜持も浮かび上がった。

取材・/ 張江浩司 撮影 / 斎藤大嗣

暗転中の客席からコントの世界に誘う音楽

2021年7月、東京・北沢タウンホールにて行われたヒコロヒー単独公演「best bout of hiccorohee」。これまでに発表した選りすぐりの1人コントに、新作も織り交ぜた芸歴10年の集大成とも言えるライブだ。昼夜2公演のうち、昼公演で使われた音楽がこちら。

・ジェームス・ブラウン「Think」
・Dire Straits「Sultans Of Swing」
・フランス・ギャル「Samba Mambo」
・Blue Swede「Hooked On A Feeling」
・フランス・ギャル「Sacré Charlemagne」
・HYUKOH「Tokyo inn」
・HYUKOH「Feels Like Roller-Coaster Ride」
・The Blues Brothers & Aretha Franklin「Think」
・ジェイン「Come」
・泰葉「フライディ・チャイナタウン」
・ジェイン「Flash(Pointe-Noire)」
・Bow Wow Wow「I Want Candy」

ご存知「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」ことジェームス・ブラウンの「Think」から、ジャングルビートで当時の日本でも人気を博したイギリスのニューウェイブバンドBow Wow Wowの「I Want Candy」まで全12曲のラインナップ。1970~80年代に活躍したイギリスのロックバンドDire Straitsの「Sultans Of Swing」や、クエンティン・タランティーノ監督「レザボア・ドッグス」の劇伴としても有名なスウェーデンのBlue Swedeによる「Hooked On A Feeling」、日本演芸界を代表する名家である海老名家の次女にしてシンガーソングライター泰葉のデビューシングルも。フレンチポップのオリジンの1人であるフランス・ギャルは今年の「キングオブコント」で準優勝した男性ブランコも劇場出囃子に使用している。

年代も国もジャンルもバラバラなこれらの曲を、ヒコロヒーはどういった基準で選んだのだろう。

ヒコロヒー

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「『自分が好きな曲を』というところはもちろんありつつ、幕間や出囃子で流すので、ネタを見た余韻を感じてもらえたり、『今からこういうコントをやりますよ』とお客さんに準備をしていただけるような曲にしようというのは意識しました。自分がお客さんになって客席にいる状態を想像してみると、暗転中の時間がけっこう長いと思うんですよね。ずっと自分1人しか出ていないし、着替えにも時間がかかるので。そういうときに、客席からネタの世界に入れるような音楽だったらいいなと思ってました。音楽も素敵に思えて、ネタもよかったなと思ってもらえるような相乗効果があればいいなって」

この選曲に共通点を見出すならば、どれもテンポが遅すぎず速すぎず、エフェクトも控えめで、広義のダンスミュージックをベースにしている点だと言えるだろう。心地よいグルーヴで、観客の集中力を途切れさせない。

もしBGMが爆音のハードコアパンクだったなら、ネタの内容がまったく同じでも、ヒコロヒーの魅力である毒気の意味合いが違ってしまうはずだ。次々に繰り出されるコントの印象をえげつないものにせず、フラットに保つ効果もこの選曲にはあるだろう。もう一点、泰葉の「フライディ・チャイナタウン」を除いては、どの曲も非日本語詞だ。

「選曲で一番意識していることは歌詞かもしれないです。ピン芸人ということもあって、私のコントはセリフ量がめちゃくちゃ多いんですね。なので、それ以外の文字がお客さんの頭に入らないように日本語詞じゃない曲にしました。『フライディ・チャイナタウン』は選んじゃったんですけど(笑)。あの曲はイントロがすごく好きで。メロディも演奏もとってもカッコいいんです。このあとにやったネタにもぴったりだなと思って、日本語詞だということを差し置いても使いたかったですね。単独では何度か使用したことがあるんですけど、観に来た知り合いに『あれいい曲だね!』と言われる確率が高いです。やっぱり、ちょっと面白い曲を使いたいんですよね。面白いっていうのは、ゲラゲラ笑うとかじゃなくて、ユニークというか。HYUKOHもジェインもユニークで大好きです」

ヒコロヒーとHYUKOHをつなぐ“ユニーク”な感覚

ヒコロヒーは「フライディ・チャイナタウン」だけでなく、HYUKOHの曲も毎回単独ライブで流している。HYUKOHのユニークさと、単独ライブで表現したい世界観がいつもしっくりくるそうだ。

「勝手ながらですけど、HYUKOHには自己満足感みたいなものがあるような気がして。『普通はその半分で終わるんじゃないの?』ってぐらい同じメロディを繰り返したり。普通はイントロから始まりそうな曲なのに、イントロがなかったり。そういうふうに好き勝手に曲を作ってる印象があるんです。なのにちゃんといい曲で、新しさもあって、オリジナリティがすごい。あとHYUKOHの曲は朝や昼間というよりも、日が落ちたくらいの時間のイメージがあって、自分の単独ライブも同じなんですよ。特に女芸人の単独ライブというと『明るくて快活でポップ』みたいに思われがちなんですけど、私はそうではないので。みんなと同じようにやっててもな、とは思います」

2014年に韓国で結成されたHYUKOHは、ブラックミュージックテイストの強い楽曲が注目され、Suchmosの「STAY TUNE」がどのメディアでもヘビーローテーションされていた頃の日本では「韓国のSuchmos」と評された。しかし彼らはそこに留まらず、欧米のロックシーンを意識しつつも距離を取りながら、サイケデリックな要素を取り入れ、音源を発表するごとに音楽性を深化させている。

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一方、ヒコロヒーが注目されるきっかけになったのは、2019年に松竹芸能の先輩、みなみかわとユニットを組み「M-1グランプリ」で披露した、男芸人と女芸人のジェンダーギャップへの違和感に斬り込む漫才だった。2人はこのネタで3回戦まで進出し、お笑いファンの間で話題になっただけでなく、文芸誌「早稲田文学」に取り上げられ、ヒコロヒーはこれまで日の当たることが少なかった「お笑いとフェミニズム」というトピックを語る役割を求められることが増えた。ややもすると“フェミニスト芸人”というイメージが先行しそうな状況を相対化するように、ヒコロヒーはYouTubeで「金借りチャンネル」をスタートさせた。芸事に集中するために仲間の芸人やタレントに生活費の借金を無心するという、せっかく上がった社会的な好感度を自分で引きずり下ろすようなこのチャンネルも評判になり、「借金芸人」としてもメディアに出るようになる。前年に引き続きとなった「M-1グランプリ2020」でのみなみかわとの漫才は、熾烈などつき合い(フィジカルな意味での)が展開される壮絶なもので、のちにヒコロヒーは「M-1グランプリで修羅やらせていただきました」と語っている。今年8月には日常のささいな出来事を繊細に描いた初のエッセイ集「きれはし」を上梓。生活にまつわる喜怒哀楽を、おかしみをもって丁寧に表現した本書は発売から数日で重版された。現在も雑誌「BRUTUS」などで3本のコラムが連載中だ。

HYUKOHもヒコロヒーも一面的なレッテルを貼られそうになると、それを巧みに回避しながら、いつの間にか次の舞台に立っている。しかも意図して作ったキャラクターではないので、次の舞台に移るにあたって何も捨てる必要がない。

「ジェンダー」「借金」「丁寧なエッセイ」はヒコロヒーの中で矛盾なく同居しているし、主戦場であるネタにはすべてが昇華されている。つまりヒコロヒーがHYUKOHに対して抱く「好き勝手なのに、ちゃんとよくて、新しさもあって、オリジナリティがすごい」というイメージそのものが、彼女が音楽と一緒に表現したい“ユニーク”な世界観の根本なのだろう。

観てくださる方にとって、1秒でもワクワクしない瞬間が生まれるのは許せない

実はヒコロヒーは今回の単独ライブ前はスケジュールがタイトすぎて、選曲を後輩芸人に任せようとしていたという。

「今まで自分の単独やライブを何年もずっと手伝ってくれていた、松竹の後輩の百瀬(さつき)に『私のイメージで選曲して』って言ったら、なんで?っていうラテンとかクラシックとかばっかり選んできて。こいつはずっと耳塞いで私のライブ観てたんか?って(笑)」

2020年上半期のテレビ出演本数は2本だったのに対し、今年上半期は88本と、単純計算すれば44倍の忙しさの渦中にいて、「もういいや、音楽はこのままでいこう」と妥協してもおかしくないが、ライブ直前に自分ですべて選曲し直したそうだ。

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「『これでいいか』とはまったく思わなかったですね。1つひとつの要素が単独ライブを作っていると思うので、自分のネタは当然として、音楽も照明ももちろん大事なんです。観てくださる方にとって、1秒でもワクワクしない瞬間が生まれるのは許せないというか、少なくともすべて自分が100%いいと思えるものにしておきたいんだと思います」

例えばシティボーイズに石野卓球や小西康陽、バナナマンにSAKEROCKなど、単独公演の音楽をミュージシャンが制作する例はいくつもあり、音楽にこだわる芸人は多くいる。ヒコロヒーが影響を受けたライブはあるのだろうか。

「『あの音楽の使い方は痺れたな』というのはあまり思い浮かばないんですよね。でも、それは選曲がいいからだと思うんです。ちゃんとライブの世界に入っていけているということなんで、『めちゃくちゃ面白かった』という余韻になるというか。自分のライブもそうなるのが理想ですね。逆はめちゃくちゃあるんですよ。『このライブ、音楽ダサッ』っていう(笑)。あくまでも私の個人的なね、個人的な感想ですよ? ネタとも合ってないし、うるさくて気になってしまうというか。『なんであなたがこの曲流さなあかんの?』『青春時代に好きだった曲か知らんけど、お笑いライブで“君が好きだ”みたいな歌詞聞かされても』と思ったことはあります」

こういったこだわりを持って作られた「best bout of hiccorohee」だが、夜公演は配信されるために音楽はすべて著作権フリーの音源を使わなくてはならなかった。

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「自由に音楽を使えないのはつまんないですよね。これからはフリー素材でもカッコいい曲が増えて、それを使っていく人が増えるのか、著作権を管理してる団体がもっと音楽を使いやすいようにしてくれるのか、どっちかかなと思うんです。なんにせよ、自分がいいと思う音楽をちゃんと使える状況に早くなってほしいと思います」

多くの芸人は、劇場に出演する際に各々の出囃子を決めている。それが芸人たちの世界観の一端を表していたのだが、同じように配信用にフリー素材から選び直さなくてはならなくなってしまった。ひと昔前よりは多彩になったとはいえ、フリー素材ではどうしても音質・曲調が限られてしまう。コロナ禍において急速に一般化した配信だが、こういったクリアされていない細かい権利的な不備は随所に見られる。「お笑いライブの音楽」と書けば瑣末な問題に思えてしまうかもしれないが、「神は細部に宿る」もの。配信でも芸人のセンスを100%堪能できるようにいち早くなってほしい。

お笑いをやってるから、面白味のないことは言いたくない

「音楽は普段からいろいろ聴きます。最近聴いたのはヴァン・モリソンとか。エド・シーランとかも好きですし、TempalayとかTuxedoも好きです。サブスクから新しい音楽を探す、みたいなことはあまりしないですね。街で流れていた曲で気になったものをShazamしたりはあるんですけど、一番はラジオですね。ラジオから流れてきた曲を好きになることが多くて、ずっと真夜中でいいのに。はラジオで聴いて好きになりました」

昨今ではサブスクリプションサービスが拡大し、音楽に無数の選択肢が広がっているが、あまりに多すぎて結局いつも同じ曲を聴いてしまう人も多いのではないだろうか。ラジオには、受動的ゆえの思いがけない音楽との出会いがある。ヒコロヒーは昨年の10月にインターネットラジオ・GERAにてレギュラー番組「ストロベリーワンピース」をスタートさせているが、先程の配信と同じく音楽を流すことができない。

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「やっぱりラジオで曲をかけるのは憧れますよね。私はお笑いやってますから、みなまで言いたくないところがあって。例えばリスナーからお便りをもらったときに、くさいこととか、あんまり面白味のないことは言いたくないんです。だからその後にかける曲のニュアンスで伝えることができればなと思ったりはします。でも、TBSラジオで1カ月間番組をやらせていただいたときに(「24時のハコ」2021年7月)、そういう気持ちで曲を選んでたんですけど、あまりにも伝わらなくて(笑)。 スタッフさんに『なんでこの曲なんですか?』って言われて、一緒にやってるスタッフさんにも伝わってなかったんやって。結局、放送中に自分で説明しちゃうっていう野暮な終わり方を迎えてしまいました(笑)。山下達郎さんの『サンデー・ソングブック』をずっと聴いてるんですけど、震災のときに言葉で励ますんじゃなくて、ご自身の曲をかけていらしたんです。言葉にしなくても伝えることができる音楽の力はいいなと思いました。私はお笑いの人間なので、誰かを励ますよりは笑わせたいんです。ラジオとかでは音楽の力を借りて、聴いてる人に元気出してもらえればいいなって思いますね」

最後に今後単独ライブの音楽をミュージシャンに頼むことがあれば誰がいいかを聞いた。

「この間、イベントで奇妙礼太郎さんと一緒に曲を作ったんですよ。私が書いた歌詞に即興で曲を付けてくださって、とても素敵でした。機会があったらお願いしてみたいです。あとはやっぱりHYUKOHですかね。一生に一度くらいは、そういうご褒美みたいなことがあってもいいですよね」

ヒコロヒー

松竹芸能所属のピン芸人。日本テレビ「女芸人No.1決定戦 THE W」2021年決勝進出。事務所の先輩みなみかわと組んだユニット「ヒコロヒーとみなみかわ」として2019~2021年「M-1グランプリ」に出場。現在テレビ朝日系で齊藤京子(日向坂46)とのレギュラー番組「キョコロヒー」やGERA「ストロベリーワンピース」が放送中。ファッションブランド・CONVERSE TOKYOとコラボレーションしたアイテムを2021年11月より販売している。

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