一風変わった形で音楽を楽しむ人たち 第3回 [バックナンバー]
野球レコードコレクターの終わりなき旅、選手本人にとどまらず家族や元妻の音源も収集
「音の球宴」FPM中嶋が野球レコードに心血を注いだ約30年間
2021年8月3日 18:30 9
フロアを沸かせる野球レコードのキラーチューンとは
“野球レコード道”に終わりはなかった。中嶋さんは自主制作盤にも足を踏み入れた。
「何が大変かって、そんなもんが作られていたなんて、そもそも知るきっかけがないじゃないですか。本当に現場で見つけるしかない。この『高校野球 審判の詩(うた)』は三重県で高校野球の審判を25年にわたって務めていた多田滋郎さんが自ら作詞し、自ら熱唱して自主制作したものです。私は多田さんのことを尊敬を込めて“シンガー・ソング・アンパイア”と呼んでいます」
そうやって収集した野球レコードは何枚ほどになるのだろうか。
「同じレコードを複数持っていることもありますが、7inchシングルでは500枚ぐらい。12inch(LP)で200枚行くか行かないかぐらいです。LPはドキュメントものが多いですね。ビデオが普及していない時代って、ラジオの実況音声をレコード化して、優勝記念盤という形で出していたんです」
中嶋さんはこれらの野球レコードを、DJとして披露する機会を自ら創出していく。1998年、野球レコードのみが流れるクラブイベント「音の球宴」の旗揚げだ。盟友のヨシノビズム氏とともに“正装”である野球のユニホームでDJブースに立つ姿は、ごく一部の東京のクラブシーンに強烈なインパクトをもたらした。
「そんなもんは成り立つはずがないと、皆さんも思われるでしょうし、私もそう思っていました。クラブに人を集めて、大熊が歌うムード歌謡を再生するっていうことには、さすがの私もためらいがあったんですけど(笑)」
徐々に“音球スタイル”も確立されていった。開始を告げるアナウンスとともに、イベント主催者やその場にいたお客さんを招いての「始CUE式」を実施。招かれた人によりターンテーブルのCUEボタンが押される。フロアの空気を察知しながら、さまざまな種類の野球レコードが再生されていく。
そして「音の球宴」最高のキラーチューンとして放たれるのは
「何年か続けていくうちに、毎回通ってくださる人がいて、『今回も面白かった』って喜んでいただけるのが、本当に幸せでした。だってね、毎回ビクビクしますよ。これ、みんな面白がってくれるのかなって……」
「私が生きている間には、必ずと思っています」
2005年10月25日、中嶋さんは自ら企画立案した野球書籍「おしゃれ野球批評」をDAI-X出版から刊行する。粋人の視点から自由な野球論が展開された1冊。執筆陣は
2011年1月28日にはテレビ朝日系「タモリ倶楽部」の「ストーブリーグをもっと熱くする! プロ野球オールスター音の球宴」という特集に出演し、そのコレクションが紹介された。
その膨大なコレクションを見つめながら、改めて思う。昔のプロ野球選手は注目された途端、歌い、野球レコードを出した。今はそんなプロ野球選手はほとんどいない。中嶋さん、なぜですか。
「あくまでも私個人の考えですが、レコード会社に余裕がなくなったからだと。野球選手が人気者になったら、すぐレコードを出す流れは、80年代あたりから徐々に始まって、CDが登場するあたりまで続くんです。80年代末、短冊のシングルCDの時代になり、野球レコードのリリース数はだんだん下降線をたどっていった。バブル景気が終わるまでは、レコード会社もバンバン企画ものとかを年度末に予算消化のために作っていたんです。野球モノも、プロ野球のシーズンオフにレコーディングして、春の年度末に発売するっていうサイクルが、予算消化にちょうどよかった。ところが昨今では予算消化どころの話じゃなくなっちゃった。選手が歌わなくなったというよりは、レコード会社が出し渋るようになったのではと推察します」
野球レコードはレコード会社の豊かな多様性の象徴でもある。1980年代半ば。
中嶋さんの今後の夢は、なんだろうか。
「野球レコードの収集もある程度目鼻がついて資料的価値もまあまあ備わったかなって思うので、あとはディスクレビューブックを作るしかないなと。そう思って、もうすでに何年も経ってしまっているんですが、なかなか実行に移せないでいて。とにかく私が生きている間には、必ずと思っています。それもまったく覚える必要のない勝手な使命感ですが」
後世にその魅力を伝えることも、取り憑かれた人間の責務と言えるのかもしれない。中嶋さんは最後に笑って、こう言うのだった。
「もし私に万が一のことがあったら、たぶんカミさんがすべて、箱にせっせと詰めて某都内大手中古レコ屋に……みたいなことが考えられるので。ある日、そのレコ屋の店頭に大量の野球レコードが売られているのを見かけたら、私の身に何かあったと思っていただければ(笑)」
いや、試合はまだまだ中盤戦。コロナ禍が収束し、収集したこれらの音源が再びターンテーブル上から大音量で放たれる日を心待ちにしたい。野球レコードを巡る旅には、球数制限もコールドゲームもないのだから。
キタトシオ @kitatoshio1982
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