ロックが演奏できる人は発展性がある説
──同じパンクバンドでも、The Clashはもう少し音楽的に幅がありますよね。
ハマ そうですね。レゲエやったりとか。
安部 おしゃれだもんね。
ハマ ピアノとか上手に使うしね。でも、「おっかねー」って思われてたんだろうね。
安部 いやー、おっかないよ、あんな人たちが歩いてたら(笑)。
ハマ それこそThe Whoは、おっかないロック畑の元祖じゃないですか。Sex PistolsがThe Whoのカバーをやったとき、ピート・タウンゼントが会場のクラブまで行って、ピストルズのメンバーを呼び出して説教したっていう話がありますよね。「勝手にやるな!」って。
安部 えー! やっぱ縦社会みたいなのも厳しかったのかな。
ハマ ロックミュージシャンが醸し出す怖い空気みたいなものってあるじゃないですか。そこには音が大きくなっていった問題が絶対関係していると思うんですよ。ジミ・ヘンドリックスのExperienceとか、Creamとか、当時ハードロックとかラウドロックって言葉はないけど、そういう音楽の元祖じゃないですか。ロックが爆音化していくとともに、怖さや過激さみたいなものも脈々と受け継がれているんでしょうね。結局Sex PistolsがThe Whoのカバーやってるのもそういうことだと思うし。
細野 怖いバンドの特徴は、音がデカいっていう(笑)。
安部 そっか、音がデカいか。
ハマ その衝動はたぶん、この3人にはない。
安部 音が小さければ小さいほどいい、最近(笑)。
細野 ピート・タウンゼントが「聴き手に届くにはデカい音じゃなきゃダメだ」って言ってるのを聞いて、僕はすごく反感持ったんだよね。
ハマ ははは(笑)。何言ってんだって(笑)。
細野 逆に小さい音でやると、みんな聴くんだよ。
安部 ハマくんはどうなの?
ハマ なんで急に俺がうるさい側の人間に(笑)。
安部 いや、
ハマ あっ、でも、うるさいうるさい。たまに自分の音もうるさいなって思う。僕はクラブとか大っ嫌いだから行かないし、家で音楽を聴くぶんには心地よい音量で聴けばいいと思う。最近ふと思うんだけど、ロックバンドのリズムセクションについて考えたとき、いわゆる“ロック感”を出すのって、あとからなかなか習得できないんじゃないかって。ロックバンドをやってた人のドラムって歌モノで叩いたりしてもすごくいいなって思うんです。
──確かに。
ハマ ロックが演奏できる人って意外と発展性があるんじゃないかなって。すごくバカなところもあるんだけど。言い方は悪いけどね。だってうるさいし(笑)。でも、うるさかったがゆえに途中から小さい音でやる音の面白さに目覚めることができるんじゃないかな。ジャズ畑の人って繊細さが土台にあるから最初から音に対する強弱の感覚が鋭い。でもロック感って、なかなか出せないんだよ。
安部 あー。
ハマ だから00年代以降の話に飛んじゃいますけど、僕、ネオソウルとかって全然響かなくて。70年代のファンクとかソウルはすごく響くけど、サンダーキャットとか僕はよくわからない。それはたぶんダイナミクスの経験が違ってるからなんだと思うけど。だから小さい音が好きって言えるようになってきてうれしいなって感じ。
ロックは一番いろんなところに行ける
安部 ハマくんがサンダーキャットとかピンとこないのは意外だったわ。
ハマ 全然。林立夫さんとやらせていただいたとき、「いかに引き算するか、いかに小さい音でやるかにいまだにこだわってるんだ」って話をリハのときにしてくれて。それってすごいなって思った。そういうふうにやったほうがいいとは言われなかったけど、それで気持ちいいところを探せたらいいよねって言ってくれて。そういう話もあったから、小さい音がいいなという気持ちが、より強まった。
安部 なるほど。
──ロックドラマーはいろんなことに対応できるんじゃないか説ですね。
ハマ 俺はすごく思いますけどね。今、引く手あまたなセッションドラマーって、ロックが叩けるか叩けないかの差がすごくあるなって思う。伊藤大地さんしかり、玉田豊夢さんしかり。以前、今話したようなことを佐野元春さんに伝えたら、まっすぐ目を見て「とてもよくわかる」って言ってくれて。それがすごくうれしかったんですよ。佐野さんのコヨーテバンドで叩いてるNONA REEVESの小松シゲルさんもロックが叩けるドラマーですよね。ロックが叩けるからファンクのビートもカッコよく叩けると思う。細野さんのバンドのベースの伊賀航さんもドラムの伊藤大地さんも、ロックンロールのアティテュードをお持ちだと思うんですけど。
細野 みんなロックだもんね。
ハマ そもそも細野さんもロックの人ですし。だから波長が合うんでしょうね。ジャズドラムしかやったことない人とか、ジャズギタリストとかだったら、たぶん絶対ああいうふうにならないから。
安部 なるほど、確かに。
ハマ バンドメンバーを集めるときも、今までどういう音楽を聴いてきたかって気になるじゃん。そう考えたらロックってジャンルはかなり大事な気がして。
安部 ロックは一番いろんなところに行けるのかもね。
ハマ SANABAGUN.っていうバンドがいるんですけど、メンバーの多くが音楽大学卒業で。そこのドラマーはジャズ課に通ってたんで、そういうプレイはすごく上手なんです。でもロックな感じが全然出せなくて、それが彼の悩みらしくて。
安部 えっ、そうなんだ!
ハマ で、次に会ったら「よくわかんないけど、とりあえずジョン・ボーナム・モデルのスネアは買った!」って言ってて(笑)。すごくいいなと思った。そういうことじゃん、なんか(笑)。
安部 わかる。
ハマ でも実際の悩みとして、ジャズとかから入ってるとロックのフィーリングがうまく出せないんだって。
──それはベーシストにもあるってことですよね。
ハマ あると思うんですけどね、僕は。
──細野さんにとってロックのベースとはどういうものでしょうか?
細野 スイングができないことっていうか。
ハマ あー。
細野 そう思ってる。僕はランニングベースとかできないね。
ハマ 確かに細野さんがやってる印象はないですね。
細野 できないんだよ。ロックの人がそれをやるとダメなんだよ。かしこまっちゃうから(笑)。
ハマ すごくよくわかる。
安部 やっぱり畑みたいなのがあるんですね。生まれ育った土地というか。
ハマ やっぱり全部つながってるんだなって話になるよね。
エイプリル・フール時代、細野晴臣たちは怖がられていた
ハマ 比較的イギリス寄りの話が続いてきましたけど、それこそ細野さんはアメリカのロックミュージックからの影響もかなり受けていらっしゃるわけじゃないですか。Buffalo SpringfieldとかThe Bandとか。
細野 うん、そうだね。
ハマ はっぴいえんどの頃とかは、どうしてアメリカのバンドにすごく惹かれていたんですか? 例えばThe Whoとかイギリスのバンドとは全然違うじゃないですか。それは感覚的なものだったんですかね。
細野 はっぴいえんどの頃はイギリスのロックがちょっと下火になってたんだよ。The Beatlesだけが生き残ってるような状況で。その一方で、アメリカが面白くなってきた。Buffalo Springfieldみたいなサイケバンドが出てきたり。当時サイケデリックカルチャーはアメリカにしかなかったんだよ。それが好きだったんで、はっぴいえんどもサイケバンドを目指していた。サイケデリックカルチャーの影響は強かったよ。音楽だけじゃなかったんで。
ハマ そっか。音楽とアートが結び付いたり。はっぴいえんどの前身バンドのエイプリル・フールとか、もろにサイケですよね。
細野 あれはサイケバンドだね。そう、今思い出したけど、当時僕らはすごく怖がられてたんだよね(笑)。
安部 エイプリル・フールの皆さんのルックスは怖いですよ!(笑)
ハマ 「エイプリル・フール」はSex Pistolsも逃げ出すジャケだと思う(笑)。
安部 あのいでたちで、あの音楽やってたら「ヤベー奴いるな!」って思いますよ(笑)。
細野 夜明けに、六本木なんかにみんなでハンバーガーを食べに行くんだよ。そうすると、その時間って与太者がいっぱいいるわけ。チンピラがね。僕らが店に入っていくと、彼らが怖がるんだよね。
ハマ チンピラが(笑)。
安部 見たことがない人種だったんだろうね。
ハマ 若き日の細野さんたちの映像がいくつか残っていて、そういう映像を観ると当時の細野さんたちって、あまり今と変わらないテンションじゃないですか。例えば僕らの若い頃って、もっと「イエーイ!」みたいな感じだったと思うんだけど、そういう感じが一切ない(笑)。それが不思議です。
細野 ふふ(笑)。
ハマ あのテンションで夜中に店に入ってきて静かに話してたら、チンピラも、そりゃ「え!?」ってなりますよ(笑)。
ニューウェイブの時代は面白かった
──という感じで「ロックンロール」をテーマに3回にわたりお話を伺ってきましたが、残念ながらそろそろお時間ということで。
ハマ ちょうどパンクくらいまで来た感じですか? まだまだ聞きたいことがいっぱいありますね。
──ここからニューウェイブとかの話題に行けると、めちゃくちゃ面白いと思うんですけど。
安部 あ、確かに!
細野 ニューウェイブの時代は面白かったな。
ハマ じゃあ最後にちょっとだけ。細野さんにとって、ニューウェイブといったら誰になるんですか?
細野 難しいね。今、手に入らない音源がいっぱいあるんだよ。あの当時タケノコみたいにいろんなグループが出てきたんだけど。
ハマ やっぱりそうだったんですね。同時多発的に。
細野 当時トシ矢嶋という知り合いのカメラマンがロンドンに住んでいて。彼が送ってくれたカセットを(高橋)幸宏と一緒に聴いたら、もう全部好きだった。駄作がないんだよ。でもそれは今残ってないんだよ。手に入らないの。そのカセットを探してくれって言ってるんだけど見つからない。
安部 有名じゃなくても、いいものがいっぱいあったんですか?
細野 そうそう。
ハマ 僕、ニューウェイブは代表的なグループしか知らないんです。
細野 例えば?
ハマ 真っ先に思い浮かぶのはTalking Headsとか。あまり詳しくないので今の細野さんの話はすごく気になります。
──では次回は、ニューウェイブや80sの話を細野さんにお聞きしましょう。引き続きよろしくお願いします。
細野晴臣
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2021年7月に、高橋幸宏とのエレクトロニカユニット・SKETCH SHOWのアルバム「audio sponge」「tronika」「LOOPHOLE」の12inchアナログをリリースする。
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安部勇磨
1990年東京生まれ。2014年に結成された
・never young beach オフィシャルサイト
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ハマ・オカモト
1991年東京生まれ。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシスト。中学生の頃にバンド活動を開始し、同級生とともにOKAMOTO’Sを結成。2010年5月に1stアルバム「10'S」を発表する。デビュー当時より国内外で精力的にライブ活動を展開しており、最新作は2021年5月に配信リリースした「Band Music」。またベーシストとしてさまざまなミュージシャンのサポートをすることも多く、2020年5月にはムック本「BASS MAGAZINE SPECIAL FEATURE SERIES『2009-2019“ハマ・オカモト”とはなんだったのか?』」を上梓した。
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