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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 1回目 前編 [バックナンバー]

作詞家・児玉雨子とアイドルソングの歌詞を考える

メンバーにグループを背負わせすぎないように

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知らない誰かが言ってることを拾って体裁を整えて歌詞にしている

佐々木 雨子さんは高校時代に小説を書いて新人賞にエントリーされたりと、昔から言葉にすごく関心を持っていたわけですよね。それが、ある種、偶然の神の采配によって作詞家というお仕事に就くことになった。小説や詩とは違う、歌詞でしか表現できない特別さって、どういうところにあると思いますか?

児玉 歌詞の特別さ……なんですかね。

佐々木 1つは必ずそれを歌う人がいるってことですよね。

児玉 あ、それはありますね。自分が歌うものではないから、個人的な思想はあまり反映されていなくて。けど自分の中にまったくないものを書ききれるかっていうと、それはちょっと難しいかなと思います。歌詞として書けるのは、少なくとも自分が共感できる範囲のことになりますね。表現が難しいんですけど、知らない誰かが言ってることを拾って、体裁を整えて歌詞にしているという感覚です。うーん、なんて言えばいいんだろう。

左より、佐々木敦、南波一海、児玉雨子。

左より、佐々木敦、南波一海、児玉雨子。

佐々木 サンプリングしてる?

児玉 はい、サンプリングしてます(笑)。電車の中で誰かがしゃべってる会話を聞いて、「ああ、そういうことに悩むんだ」っていうのを拾ってきたり。取材はしてるんですよね。

佐々木 自分以外の人が思ってることを、その人になった気持ちで書くというか。とはいえ、やっぱり自分も出てきちゃいますよね?

児玉 ちょっとは出てくるとは思います。自分のフィルターを通しているので。

メンバーにグループを背負わせすぎないように

佐々木 日本の音楽産業における職業作詞家の存在って、ある意味ですごく特殊だと思うんですよ。このアイドルが歌いますとか、このぐらいの時期にリリースされますとか、何かしらの条件があるうえで仕事がスタートする。そういうオーダーに応えながらも自分なりのオリジナリティを出して、しかもリスナーが言葉のレベルでも魅力を感じて、いい曲だな、いい歌詞だな、何回も聴きたいなって思うことが求められるわけじゃないですか。

児玉 そうですね。

佐々木 職人的な部分と、それだけではない要素の両方が必要というか。歌謡曲が栄華を極めていた80年代くらいまでだったら作詞家も職人として、うまいだけでやっていけたかもしれないけど、今は職人的なだけではダメだと思うんです。ターゲットとなるリスナー層やマスに向けてなんとなく上手に言葉を連ねるよりも、もっと個性とか差異化が求められるというか。作詞家は、アーティストの部分と職人の部分を兼ねそろえていなきゃいけない。僕がアイドルに興味を持って、いろいろ曲を聴くようになったときに、雨子さんの歌詞は、さっきなんちゃんが言ったように「ほかの作詞家とは違うな」と、すぐ思ったんですよね。

児玉 恐れ多いです!

佐々木 聴いてて「うわ、なんだこの歌詞!」って思ったとき、クレジットを見ると、だいたい雨子さんだったので。歌詞を依頼されるにあたっては、クライアントから多かれ少なかれコンセプトみたいなものが提示されるわけですか?

児玉 だいたいはそうですね。ただ、それもディレクターさんによるんですけど。びっしり箇条書きで、レポートみたいにして出してくる方もいますし、反対に「リリース時期はこれくらい。じゃ、ヨロシク!」みたいなこともあります(笑)。

佐々木 何も縛りがないと逆に難しくないですか?

児玉 私は何も縛りがないほうが楽しいときがありますね。

佐々木南波 へえー。

佐々木敦と南波一海。

佐々木敦と南波一海。

児玉 あまりにもびっしりコンセプトが書かれてると、「これ、私じゃなくてよくないですか?」ってここ(喉元)まで出ちゃうんですよ(笑)。ただ、発注シートを書きながら頭の中を整理するタイプのディレクターさんもいるから、そのときは「結局こういうことですか?」って一緒にコンセプトを考えることもあります。なので、どちらじゃなきゃ嫌だ、というのはないです。それぞれのやり方。

佐々木 アイドルグループに歌詞を書くとき一番に心がけているのは、どういうところですか?

児玉 メンバーにグループを背負わせすぎないようには意識しています。それは性差年齢問わず、です。それぞれのグループに歴史はあるにせよ、それとメンバー個人は別じゃないですか。

佐々木 確かに。

児玉 最近はどんどん個人がグループに飲み込まれているような気がするんです。アイドルが替えの利く存在になってしまっているというか。グループのためにとか思わなくていいし、今はそれぞれが自分らしくやったほうが面白いよと思っていて。

佐々木 グループの歴史は確かに重要なんだけど、その一方でグループを構成しているメンバーが個々で存在しているわけですからね。1人ひとりに人生が、それぞれの内面があるから、日々いろんなことを思っているし、ときには傷付くこともあるだろうし。

児玉 便宜上、グループの経歴を第●期とか区切ることはあっていいと思うんですけど、途中から入ったメンバーにとっては、自分が加入したタイミングが第1期なので。そういうことを運営サイドが当たり前に看過するような傾向が最近増えてるように思うんです。事実は事実としてあるのに、どんどん因果関係を脚色していくというか。たまにいるじゃないですか、歴史小説を歴史そのものだと思っている人って。それと同じことがアイドルの世界でも起こり始めてるんじゃないかなって危惧しているんです。物語はあくまで後付けだと私は思いますよ。

南波 すごい。これが運営からのオーダーに応えて歌詞を書く職業作家の考え方なのかっていう(笑)。

佐々木 哲学がありますよね。

児玉 いやいや、応えられてないですよ(笑)。たぶん、運営からの要望にちゃんと応えられる人がこの世界で長く続けていけるんだろうなって思うんです(笑)。「え?」って思うようなことを言われても、オーダーに従って書けるのがプロの作詞家なんだろうなって。私は引かないことが今までけっこうあったので(笑)。

佐々木 でも、そういうこだわりが随所に出てるからこそ、雨子さんの歌詞って聞き手の心に刺さってくるんでしょうね。そこがやっぱり個性だと思う。

「雨子さん、つまんなくなったね」って言われると思ってました(笑)

南波 レーベル的な視点で話すと、歌詞をアーティストに頼むときと職業作家に頼むときって、けっこう違うんですよね。で、アーティストに頼むときって言い方は悪いですけど、コントロールできないことも多いんです。「こういう感じでお願いします」って言っても、なかなかそうはならない。ただ、むしろこちらもそれを望んでいるところも若干あって。職業作家は要望にきちんと応えてくれるんだけど、こちらの想像を超えるミラクルっていうのはアーティストのほうが起きやすいのかなっていう。そういう意味で言うと、雨子さんはアーティスティックな面もあるじゃないですか。ひさびさに会ったけど、全然丸くなってなかった(笑)。

児玉 えっ! 嘘ですよね? 私、ひさしぶりに南波さんにお会いして「雨子さん、つまんなくなったね」って言われると思ってました(笑)。

佐々木南波 あははは(笑)。

児玉 「時間が経って、世間に尖ったところ全部丸められたね」って。

南波 いやいや、丸くなってないでしょ。

児玉 そうですか(笑)。けど最近は真剣に、もうちょっと他人の話を聞いたほうがいいんじゃないかと思うようになって。20代前半は本当にイキりすぎてたんで。「私のこと女流作家って呼ばないでください」みたいな(笑)。あとは「若い女性ならではの感性」とか言われるのもすごいイヤで。「じゃあ『若い男性ならではの感性』なんて誰が言ってるの?」とか、ずっと言ってて(笑)。

佐々木 安易なカテゴライズというか。

児玉 そうです。でもほかの人が「私たちは若い世代の女性なんで」みたいなことを堂々と言ってるのを見て、「私もあれくらいになんないとダメなんじゃないか」って揺れてる時期もあって。手札は配られたら即座に使い切らないといけないんじゃないか、みたいな(笑)。

児玉雨子

児玉雨子

南波 いやー、でもめちゃめちゃ雨子さんですね。作品どうこう以前に、人として面白すぎる。

児玉 私すごいブレてますよ、ずっと。一本筋が通ってる、って褒めてもらうことが多かったのですが、その間でものすごく振動してます(笑)。いつも小刻みに揺れてて。

佐々木 例えばある曲の歌詞を提出したとき、ディレクターから「ここの部分を変えてもらえませんか?」みたいな話をされるときもあるわけじゃないですか。そこで譲れる場合と譲れない場合が当然あると思うんですけど、そういうときってどうするんですか?

児玉 最近は一旦全部譲るようにしてます。

佐々木 へえ!

児玉 別の歌詞を書いてみて、「どっちがいいですかね?」みたいな感じでやるようにしました。もう、流されて。

南波 流されて(笑)。

児玉 自分の心を一旦殺してみるっていう。でもそこから何かが生まれるときもあるので。

南波 ちなみにヒャダインさんは、ももクロの「行くぜっ!怪盗少女」の歌詞を書き直してほしいといわれて、絶対変えたくなかったから、めちゃくちゃフザけた歌詞を再提出したというエピソードがありますよね(笑)。すごい意志の強さだし、そんなテクニックがあるんだって。

児玉 そういうときもなきにしもあらずですね。「絶対こっちは選ばないよね!?」みたいな感じで書き直すときもあります(笑)。でも私はヒャダインさんほどテクニカルなことができないから、とりあえず1回マジで考えます。ヒャダインさんの歌詞は、やっぱりうまいですよね。世間話ですら頭いいなと思いますし。でもヒャダインさんに対してはけっこうタメ口でしゃべっちゃうんですよ。「バカだねー!」とか言って。ひと回り以上、年上なんですけど。

佐々木南波 あははは(笑)。

児玉 「すみません! 大先輩でした!」みたいな(笑)。

佐々木敦、児玉雨子、南波一海

佐々木敦、児玉雨子、南波一海

<次回に続く>

児玉雨子

1993年12月21生まれの作家、作詞家。モーニング娘。'20、℃-ute、アンジュルム、Juice=Juice、近田春夫、フィロソフィーのダンス、CUBERS、私立恵比寿中学、中島愛といった数多くのアーティストに歌詞を提供する。アニメソングの作詞も多数行っている。「月刊Newtype」で小説「模像系彼女しーちゃんとX人の彼」を連載中。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベルHEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」編集長。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月には78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)が刊行された。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル「PENGUIN DISC」主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行ない、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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