DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は第71回カンヌ国際映画祭の最高賞にあたるパルムドールの受賞や、第91回アカデミー賞外国語映画賞へのノミネートなどで話題を呼んだ「
文
劇伴単体の印象
映画のサウンドトラックを、映像から切り離して音楽だけで聴いていると、突然ドラマチックな曲が流れたり、やけに陰鬱な調子になったりということがままある。この傾向は、既存曲を配したサウンドトラックよりも、映画のために書き下ろされた楽曲を収めたオリジナルサウンドトラックのほうが強いという印象だ。オリジナルサウンドトラック、いわゆる劇伴では、それぞれの曲が場面に対応し添えられているため、感動的なシーンでは感動を、悲しいシーンでは悲しみを音楽がさらに盛り立てる。実に機能的である。ところがこの優れた機能と決別したとき、つまり音楽単体で聴く際に、劇伴は大げさなものに感じられてしまうことが少なくない。CGやそれより前のSFXなどなかった時代の作品においては、鑑賞者への訴求は映像(主には演技)と音楽に頼るしかなかったこと、そして現代では映画の題材が多様であることを考えれば、古い映画の音楽のほうがより大げさに思えるとも考えられそうだ。
さて、前置きが長くなったが、「万引き家族」である。「空気人形」(2009年)、「そして父になる」(2013年)、「海街diary」(2015年)などで知られる
家族の行く末を暗示するような「Living Sketch」
この映画の内容を説明するには、「絆って何だろうなと。だから犯罪でつながった家族の姿を描くことによって、あらためて絆について考えてみたいと思いました」(「万引き家族」オフィシャルサイトのDIRECTOR'S INTERVIEWより)という是枝監督の言葉が実に端的かつ的確だ。高層マンションの間にある古くて今にも朽ちそうな平屋。そこには初枝(
この一家は唯一の定収入源たる祖母の初枝の年金をあてにして暮らしているが、それぞれ仕事もしている。治は建設現場、信代はクリーニング店、亜紀はマジックミラー越しに客と接する“JK見学店”、そして祥太は万引き。治、信代、亜紀の職はいずれも非正規雇用で不安定なものだ。そんな治と信代の働く姿が描写されるシーンで使われている「Living Sketch」という曲は、音程が下降してゆくピアノの音や水泡をイメージさせる電子音がこの家族の行く末を暗示しているかのようである。一度録音した音をスピーカーから出してそれを再度録ったようなパーカッションの質感は、作中の環境音と音楽を溶け合わせるのに一役買っているといえそうだ。
細野晴臣の映画音楽
本作の楽曲は、ピアノ、ギター、マンドリン、ベース、ドラムス、パーカッション、そして電子音という要素を基調としたシンプルなものだ。これらの楽器によって奏でられるサウンドは、よく聴くとほのかなブルースの匂いもあって、そうした匂いと作中の家族の悲哀は奥底で静かに響き合っているように思う。加えて言うなら、音楽の使われるシーンはそれほど多くはない。控えめなのだ。だが、音楽は要所に的確に添えられており、物語をしっかりと支えている。曲自体もその配置も、観る者の感情を煽ったりせず、ただそこにある。まるで環境音や生活音のようであって、なおかつ存在感のある映画音楽なのだ。
このテキストの冒頭に記したような大げさな表現は「万引き家族」のサウンドトラックには皆無である。それゆえ、音楽だけ聴いても違和感なく楽しむことができるのだが、実はこのことは細野晴臣が手がけた映画音楽全般に当てはまる。そしてまた、氏の映画音楽はその時々のソロ作品のムードとも通底しているように思うのだがいかがだろうか。気になった方はぜひ双方を聴いてみていただければと思う。
「万引き家族」
日本公開:2018年6月8日
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー / 安藤サクラ / 松岡茉優 / 城桧吏 / 佐々木みゆ / 樹木希林ほか
音楽:細野晴臣
撮影:近藤龍人
配給:ギャガ
販売元:ポニーキャニオン
発売元:フジテレビジョン
- 青野賢一
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東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。
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