アイドルネッサンス解散でロスを経験
──「名曲ルネッサンス」をテーマに掲げていました。
だから知ってる曲もけっこうやっていて。いろんな動画を観てたら、南波くんとも仲がいい
──それは歌がうまいかどうかとはまた違う判断基準ですよね。
単に僕の出会い方がよくなかったのかもしれないけれど、それまで聴いてきたアイドルって、歌がうまくなることとは別の部分で努力してるように見えたんだよね。別に本人たちが努力してないわけじゃないだろうけど、歌が歌えるということが、それほど優先されてないような印象があった。でも、アイドルネッサンスの動画を観たときに、この子たちは本気でうまくなろうとしてるなと思った。それで一時期アイルネに注目してたわけ。でも、大人の事情なのかなんなのか、あっけなく解散してしまって。そのとき「あ、これがロスってやつなのかな……」って初めて実感したんだよ。
──アイドルネッサンスで初めてのロスを経験(笑)。
軽ーいやつね。その後、グループの中心だった石野理子さんが
──すでに観点がオタク的になっている(笑)。
歌のうまさでいうと
──全然大丈夫です!
直接的な引き金になったエビ中「感情電車」
で、ここまでがいわば助走で、そこで決定的な出来事があった。去年まで早稲田大学で、南波くんにも来てもらった「ポピュラー音楽論」という講義を担当していたんだけど、最近の何年かは40人の生徒にそれぞれ「魂の一曲」を挙げてプレゼンしてもらうというのをやっていたんです。楽曲との出会いから魅力までを語ってもらってから、全員でMVを観たりするっていう。その講義で、ある女子学生が
──ああー。
そのことを何かの拍子に思い出して、「感情電車」のMVを観てみたら、すごく感動しちゃって。それからいろいろ調べて、松野莉奈さんが亡くなられていたことや、その後にぁぃぁぃ(廣田あいか)が辞めちゃうこととか、グループに関する出来事をパッチワーク的に認識していって。メンバーがもう誰も中学生じゃないということも、そこで初めて知ったんだよね。結成当初の彼女たちは歌も踊りも下手すぎるから、ライブが学芸会と呼ばれていたってことは早稲田の「魂の一曲」の学生が言っていたけど、最近のライブの動画を観ると歌も踊りもすごいレベルに達してるから、すごく不思議な気持ちになって。あのね、エビ中って本当にメンバー全員、歌がうまいんですよ。
──うまいですよね。
うまいし、歌に心がこもってる。それですごく感動して、いろんな動画を観ていったらメンバーもだんだんわかるようになっていって。でも、しばらくの間は、「いくつかいい曲があるな」くらいにしか思っていなかった。で、次に引っかかったのが吉澤嘉代子が書いた「曇天」という曲。僕は、
──関連動画で。
そう。関連動画って今の俺にとって、もっとも重要なガイドだから(笑)。関連動画が俺をアイドルに目覚めさせたといっても過言ではない(笑)。それで「曇天」のMVを観たんだけど、「こんなにいい曲を、こんなにすごい歌詞を、こんなに感情を込めて、アイドルが歌ってるんだ!」と思って再びエビ中に対する興味が戻ってきたわけ。で、去年アルバムが2枚出て、そのアルバムの曲のMVが公開されたりして、前回興味を持ったときからのブランクが埋まっていって。そこから過去の楽曲をどんどんチェックして、ほぼほぼ歌えるぐらいになった(笑)。そういう状況の中、安本彩花が去年の秋に突然休業してしまい、このままいくと、もしかしたら……みたいな感じがあって。だから気が気じゃないんですよ。それがずっと続いている。
──今も心配していると。
クラウドに残る濃厚な時間の記録
話を戻すと、「魂の一曲」でエビ中を知って、「感情電車」でぐっと興味を持って、「曇天」で再会したっていうのが自分の中ではホップ、ステップ、ジャンプみたいな感じになってるんだよね。
──「感情電車」のMVには生前、松野さんが最後に旅行で訪れた箱根をメンバー全員で巡る様子が収められていますよね。そういうドキュメンタリックな部分に反応したところもあるんですか?
どうだろうな……3.11以降特にそうなんだけど、人があっけなく亡くなってしまうということをどう受け止めるのか、というのが自分の中で重要な意味を持つようになって。それは文芸批評であれ、音楽批評であれ、自分が書くものに潜在的に表れてくるようになってるんだけど。もしかしたら、そういう部分とシンクロしたところもあったのかもしれない。僕がエビ中を知ったのは、松野さんが亡くなったあとだから、すべて逆回しになっているんだよね。彼女が生きていた頃のバラエティ番組の動画もネットにバンバン上がってるから観れてしまう。それでかわいそうと思うわけではなく……そもそも俺にかわいそうとか思う権利なんかないしね。膨大にネットに上がってる動画を観て、ただ「松野さんっていう子が確かにいたんだな」って思うというか。彼女の存在を確認できるということ、そしてそれを何度でも観れるということが単純にいいことだって思うんだよね。そういうふうに思うようになったのは、もしかしたら自分が歳を取ってきたことと関係がなくはないかなと思う。
──年齢を重ねると共に変わってきた。
冒頭でも話したように、自分は女性アイドルにハマるみたいなことが全然ないまま生きてきたんだけど、歳を取って、もしかしたらアイドルを自分の娘みたいな気持ちで見るようになっているのかもしれない。僕には子供はいないんだけど、そういう感覚が自分の中に芽生えているのかなとも思う。20年前にモー娘。を聴いてたときには、まだ自分も30代前半だったから、そういう感覚じゃないわけ。時間的な距離感、単純な年齢幅みたいなことも関係あるのかもしれない。次回以降で話す、ハロプロの話にも関係してくるんだけど、結局、YouTubeがすごく自分にとって大きくて。例えば、あるアイドルに興味を持ったとして、今はその子の3年前とか5年前も観れちゃうじゃない。
──掘ろうと思えば無数の動画がネットにありますからね。
こんなに歌が下手だった子がこんなにうまくなるんだとか、こんなにダンスで失敗ばかりだったのに今はこんなに踊れるんだとか、逆回しで現在に至るまでの成長と、それに伴う努力や試練を、それこそ一晩のうちに確認できちゃう。なんか親戚のおじさんみたいだけど(笑)。でも、そこには1人の人間の人生があるわけで。しかも10代の彼女たちにとって、3年とか5年って、人生の3分の1ぐらいじゃないですか。すごく濃厚な時間なんだよね。その濃厚な時間の記録がクラウドに残っていて、誰かに観られるのを待っているというか。その感覚を知ったのが大きくて。それがまずエビ中によって引き起こされたんだよね。結果、エビ中はアルバムも買っちゃったし(笑)。これって、いわゆるハマってる状態なのかもしれない。すごく不思議なことがあって、メンバーが多いグループの曲って、どこを誰が歌ってるのか最初は全然わからないじゃない? でも、ふと気付くと聞き分けられるようになってるっていう。
──すごくよくわかります。あるあるですよね。
言語を習得する感覚に近いんじゃないかな。チョムスキー的な生成文法のプロセスというか(笑)。急にわかるようになるんだよね。エビ中の音源や動画をチェックしまくったあとに、「曇天」のMVを改めて観たとき、全編アニメだからメンバーは映ってないんだけど、誰がどこを歌ってるのか全部わかるようになっていた。こっちも知らず知らずに変化してるというか。
──それがある意味一番楽しいプロセスだったりもしますしね。
そうかもしれないね(笑)。
佐々木敦
1964年生まれの作家 / 音楽レーベルHEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊される文学ムック「ことばと」編集長。2020年3月に「新潮 4月号」にて初の小説「半睡」を発表した。
南波一海
1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル「PENGUIN DISC」主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行ない、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「
でか美ちゃん @paipaidekami
南波さんによる佐々木敦さんがハロプロ沼にほぼ全身(笑)浸かるまでのインタビュー面白すぎる……
全3回で、第一回から読み進めればリンク貼ってあります
きっかけはYouTube | 佐々木敦、アイドルにハマる 第1回 https://t.co/aIReDvAbAs