アーティストたちに自身の創作や生き方に影響を与えた本を紹介してもらうこの連載。今回は心を打つ圧倒的なライブパフォーマンスで知られる
01. みち(リトル・モア出版)
著者:阿部海太
私の曲だと思った
共に歩く2人が、まっすぐの道をページをまたいでずっと横切っていく、油絵で描かれた絵本です。最初目に入って手に取ったときは買わずにいたのですが、その黄色と緑の鮮やかな色合いが何日経っても忘れられず、後日買いに戻ったのを覚えています。
私は音楽に色や形が見えるタイプの人間ではないのですが「ああ、これは私の“どこまで”という曲だ」と、ある日読んでいるときにはっきり思ったのを覚えています。
そのあとに絵本の絵を描かれたご本人に会って「この本は私の曲だと思った」と伝えました。
なんて恥ずかしいことを言うんだろうと自分でも思いましたが、あとにも先にもこのセリフは1回だけで、その曲が入ったCDと共に渡したアドレスに、彼は丁寧にお返事をくれてのちに出すアルバムの歌詞カードを描いてくれました。
どの作品も色が強いのにわがままではなく、美しく湿気ていてがらんとしてる。私があのとき手に取ったのは自費出版の本で小部数だったのですが、今は文字が少し入ったものがリトル・モア社から発売されています。
02. クレーの絵本(講談社)
著者:パウル・クレー、谷川俊太郎
歌もこうありたい
中学生くらいのときから家にある、大好きなクレーの絵と谷川さんの詩が一緒になった本。
「AINOU」をお聴きの方はお気付きかもしれませんが、私が作った「忘れっぽい天使」のタイトルはこの本の1ページから来ています。
ずっと読んでいなかったのですが、アルバムを作っているときに弾いていたメロディでふとこの本のことを思い出しました。読み返してみると改めて素晴らしい本で、思い出せたことがうれしくなって敬意を込めこのタイトルを引用しました。
谷川さんの詩や、クレーの絵は見ていると「経験したことのないことのはずなのに、自分の気持ちを代弁している」「突拍子のないことの羅列なのに、知っていた気持ちになる」「子供の落書きのように無邪気で近い、だけど永遠に遠い」と感じます。2人のようには到底書けないけれども、歌もそうありたいなと思います。小さい本ですがエネルギーのある1冊。
03. ひかり埃のきみ 美術と回文(平凡社)
著者:福田尚代
途方もない広大さ
回文の本です。これは買って傍に置いた人とでしか話ができない。
1つめに紹介した「みち」を置いていた本屋さん“ポポタム”の店長さんが、「これきっと好きだと思う」とくれた小さい対談をまとめた冊子を読んだのが知ったきっかけでした。それは“どうやって回文を書いているのか"という内容なのだけど、もうこれが小さい冊子なのに全然読み終わらない。文章が読みにくいわけでもないのに、物凄い情報量で身体にまったく落ちてこない。あのミステリーとかの推理や考察の奥が深すぎて何回も読みかえすあの感じ。私は読み終える頃にはすっかり福田さんの虜になっていました。
「ひかり埃のきみ 美術と回文」に収録されている回文は、 “回文”と一概にいっても500字くらい長いものもあって。その500字が鏡のように最初から読んでも最後から読んでも同じなんですよ。すごくないですか。けど読むとそれ以上の広大な広さが見える。途方もない美しい文字の瓦礫の上に立って、さらに瓦礫を見下ろす。そんな気分になります。一度ご本人にお会いして対談を組んでもらったことがあり、とても穏やかで美しい女性だったのだけど、話すとだんだん読んでいるときとおんなじ気持ちになってきて、途中から知恵熱出てきたことはいい思い出です。何度読んでも衝撃的な謎、最高です。
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