エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第14回 [バックナンバー]
ECD、RHYMESTER、PUNPEE、長谷川白紙らを手がけるillicit tsuboiの仕事術(後編)
バランスは取らず、個性を生かす
2020年2月25日 17:00 23
誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。illicit tsuboiの前編ではエンジニアとしてのスタイルなどについて語ってもらったが、後編では
取材・
PUNPEEは完璧主義者
──それでは具体的なアルバム制作の話をお聞きしたいと思います。PUNPEEさんの1stアルバム「MODERN TIMES」(2017年リリース)のエンジニアを担当されていますよね。
彼は自分の目指すポイントがしっかりあって、それを的確に伝えるのがうまい。やってほしいことを言語化できるんですよ。このアルバムはミックスの修正を10往復くらいしましたね。彼もエンジニアリングをやるので、「もう自分でやったほうがいいんじゃない?」って思うんですけど、やっぱり違うんですよね。1つひとつの過程も見ていきたいみたいで。
──ヒップホップをやっているとヒップホップっぽいミックスのバランスにしたくなりそうな気がするんですが、「Hero」のバランスはものすごくテクノですよね。
そうなんですよ。最初はドラムがガンガン出ていたんですけど、彼は「この音を立たせるためにそれ以外を引っ込める」という考え方で。打ち込みだったらキックとスネアが同レベルでいるのが基本ですけど、場面場面で音量を変えて生感を出してく。打ち込みで一定っていうのがあんま好きじゃないんですよね。自分の詞がちゃんと聞こえて、音も聴きたいところは聞こえて、ゴーストノートもあって揺らいだグルーヴを刻む。あのバランス感覚はすごいし、完璧主義者なので付いていくのが大変ですね。
──
そうですね。彼はPro Toolsを自分でいじれるので、自分でエディットして返してくるんですよ。それが一見オーセンティックなことしかしてないんですけど、裏に乗ってるゴーストがいたりいなかったりしてメチャメチャになっていて、「なんでこれとこれを足したらこれになるんだ?」みたいな。マルチトラックを見ても僕もわからない、不思議な世界が広がっているという。あの曲はずっと聴けるものにしたいと本人が言っていて、アナログのMTRで一度録音してからPro Toolsに戻したんですけど、そういう温度感も含めてディスカッションしながら作りました。ちょっと変わったミックスになってますよね。加山雄三さんも「変だよなあ」と言ってました(笑)。
レコード会社の人がひっくり返る
──同じく「加山雄三の世界」の収録曲である「君といつまでも(together forever mix)」はECDさんが参加した楽曲ですが、こちらもビートにビットクラッシャーがかかった変わったサウンドになっています。
あれはDJ Mitsu The Beats(
──まとめるところと、まとめないところを分けてミックスしている気がしました。サンプリング素材を組み合わせたときのような質感差を残しているというか。これはどういう考えでやったんでしょうか?
自分の中のバランスが人と違うだけで、あまり意識したことはないですね。あとはアナログでミックスしているというのもあって、バラツキが出ているのかもしれないです。この曲に関してはストリングスとボーカルは雄三さんのもともとのマルチトラックを使っていて、その時代の音源ってダイナミクスが今と全然違うんですよね。昔のマテリアルは音がめちゃくちゃいいので。
──例えばこの曲だと、普通のバランスエンジニアだとドラムとストリングスの質感を、同じセッションで録音したかのように地続きにまとめていくと思うんですよ。このミックスには「そうはしないぞ」という強い意思を感じました。
ああ、確かに。それは普段生録りしていてもそうなんですよ。だからレコード会社やアレンジャーとモメることもあるんですけど。セッションマンをたくさん呼んで録っていてもこっちはサンプリング素材の1つとしてしか見ないので、レコード会社の人がひっくり返るっていう。「歪んでるけどどういうことだ!? 一生懸命呼んだのに。けっこう高いんだよ!」「いやー、わかってるんですけどねえ」みたいな。酷いときはカルテットを2回録音したあとに、それを全部打ち消すかのようにサンプラーに入れてモノラルにして、フィルターまでかけたりしてましたから(笑)。昔のピンポン録音(※空きトラックが足りないときに、複数のトラックを1trにミックスしてダビングして、空きを作る手法)に影響を受けてる部分もありますね。ちゃんと作って壊すみたいな。
中村宗一郎さんに「ディアンジェロみたいに」って言ったの僕です
──ホフディランの「欲望」などは生で録音していますが、やはりそういう手法を使っているんでしょうか?
ホフのときがまさにその実験の数々をやっていました。彼らは完全なビートルズフリークで、あのサウンドに近付けることを前提でやっていて。「欲望」とは別の曲ですけど、録音した全部のトラックを、20台のギターアンプを並べて出して、真ん中に1本だけマイクを立ててモノラルで録音するとか。The Beatlesがやっていた手法を片っぱしから試してみて、やっては駄目、やっては駄目みたいな試行錯誤をして。そこでクラシックなマイクやヘッドアンプを使うとどういう音になるかを実地で学ばせてもらいましたね。
──生録りだとSUPER STUPIDの「WHAT A HELL'S GOING ON?」はサウンドプロダクションがメロコアっぽい音で、これを同じ人がやっているのかと驚いたんですが。
そうそう、実はAIR JAM世代の人もわりとやっているんです。僕がECDさんのバックとかキエるマキュウでステージに出る側の人間だった頃に、現場で一緒だった人たちの作品をミックスしてました。メロコアバンドのミックスはステージで鳴っている音の要素からインスピレーションを受けることが多いですね。バンドが鳴らす音の臨場感が頭に入っていたので、それを再現する感じです。ECDさんとかまさにそうですけど、ハードコアもヒップホップも、どっちも自分のテリトリーとしてガンガン足を突っ込んでいく人ってけっこういるんですよね。最近だとGEZANもそんな感じですよね。
──ツボイさんはヒップホップのイメージが強かったので、カメレオン的というか、まるで方向性が違う音を作っていてびっくりしました。
もともとの引き出しがそれだけある状態でスタートしているので、僕の中では単なる一部なんですよ。ロック、ジャズ、プログレがほぼメインで、そのあとにヒップホップって感じ。なのでエンジニア的な観点で言うとマイクで録音するのが大前提。ディアンジェロとかが出てきて生音とヒップホップの要素を融合できるってなって、僕もそうしていった感じで。TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)くんとか藤井洋平くんとかも、まさにそういう感じでミックスしてるんですよね。そう言えばこの連載の中村宗一郎さんの回で、「『ディアンジェロみたいな音にマスタリングして』って言われたけど、そんな音を作れるんだったら俺は今ブルックリンでエンジニアやってるよ」って話があったじゃないですか? あれ、藤井洋平くんのアルバムで、僕が彼にそう言ってマスタリングを依頼したんですよ。中村さんが「俺、そんなのできないよ!」って言うから、「できるでしょ? できる、できる」って返したら最高なものが上がってきたから、「やっぱできるんじゃん!」って(笑)。あの人、ほんと面白いですよね。最高です。
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