The Monochrome Setのネオアコに目覚めるきっかけになった「Jacob's Ladder」のアナログ12inchシングルを手にするカジヒデキ。

渋谷系を掘り下げる Vol.4 [バックナンバー]

カジヒデキが語る“僕が渋谷のレコ屋店員だった頃”

「レコードショップを中心とした口コミからブームが生まれた」

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スウェディッシュブームの発端

のちに渋谷系と呼ばれるようになるカルチャーは、自分たちがいいと思うものを自発的に発信するというところがすべてのスタート地点になっている。

「基本は口コミですよね。それが大きな波紋を生んでブームになっていったんです。例えばThe Cardigansは、WAVEの荒木さんというバイヤーがいち早く入荷させたんですけど、『もう、The Cardigans聴いた?』っていう噂が渋谷のレコ屋を中心に一瞬の内に広まって、その後日本で大ヒットしたんです。それがEggstoneやCloudberry Jamを含めたスウェディッシュブームにつながっていって。しかもThe Cardigansはのちのちイギリスやアメリカでも大ヒットした。それって日本の音楽ファンの耳のよさ、センスのよさみたいなものを象徴していたなと思うんです」

カジヒデキ

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スウェ―デンのレーベル「A WEST SIDE FABRICATION」のコンピレーション「Coffee Cup And Apple Sauce」の日本盤が発売された際に作られたミニブック。日本盤にはカジが解説文を寄せていた。

スウェ―デンのレーベル「A WEST SIDE FABRICATION」のコンピレーション「Coffee Cup And Apple Sauce」の日本盤が発売された際に作られたミニブック。日本盤にはカジが解説文を寄せていた。

ZEST発信でヒットした音楽も少なくない。スペインのバンドLe Mansのように局地的に売れたものもあれば、Tahiti 80のように大きなヒットにつながったものもある。

「外的な評価に惑わされず、自分たちがいいと思うものをちゃんと評価して売ることができていたんですよね。それはたぶん、音楽をたくさん聴くことで自分たちもお客さんも耳が肥えていたからだと思います。例えばサントラとかフレンチポップにしても、別に海外で流行ってるという理由で聴いていたわけじゃないし。みんな自分たちのセンスで、純粋に“いい音楽”としてチョイスしていたんです」

あの時代、ZESTに限らずレコードショップが音楽カルチャーに大きな影響を与えていたのは間違いない。

「ネットがないから、最初に情報を得られる場所がレコードショップだったんです。だからこそ、店員やバイヤーが音楽に詳しくなきゃいけなかったし。それに加えて、クラブシーンもすごく盛り上がっていたので、DJの人たちがいち早く最新のレコードを買ってクラブでかけることに必死になってた。それを聴いた僕らがレコードショップに走るというサイクルがあったんです(笑)」

「何を元ネタにするか」が重要

レコードショップで働きながら休憩時間に、ほかのレコードショップにレコードを買いに行く。端から見ると不思議な行動に思われるかもしれないが、これが自分たちの日常だった。ECDの「DIRECT DRIVE」の歌詞のごとく「レコード、レコード…レコードを聴いている、今日も!」の世界である。同じくヴァイナルクレイジーとしての日々を過ごしたカジに、レコードショップで働いていたことによって自身が作る音楽にどんな影響があったのかを聞いてみた。

「当時、自分が作った曲は必ず聴いてた音楽の影響を受けていました。むしろ何を元ネタにするかということを重要視していたところがあります。フリッパーズしかり小西康陽さんしかり、いかにみんなが知らない元ネタを見つけてくるか、それをあえて提示するのが渋谷系的な感覚だったと思うんです。面白い音楽を独自に探して自分の表現として昇華して、みんなで共有していく感覚。自分も、いかに元ネタをうまく調理できるかに命を懸けてました。渋谷系と呼ばれるアーティストは、当時そんなふうにみんなで競い合ってた気がします。音楽を作るけど、みんなが音楽の紹介人でもあったなって。そうやって生み出した楽曲で、カウンターとして、メインストリームの音楽を超えてやるぞという気持ちをみんなが共通して持っていた気がします」

カジヒデキ

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サニーデイ登場で変わった時代のムード

90年代中盤に入ると、渋谷系周辺のカルチャーも徐々に変化を遂げていく。そうした中で、カジが衝撃を受けたのがサニーデイ・サービスの存在だった。

「サニーデイ・サービスの登場はすごく衝撃でした。渋谷系のアーティストは基本的にみんな洋楽志向で、あまり邦楽アーティストからの影響を口にしていなかった。だから曽我部(恵一)くんが、はっぴいえんどや70年代の日本のロックからの影響を公言してるのを見て、すごいなと思ったんです。僕も大瀧詠一さんやYMOが大好きだったんだけど、あえて口にはしてなかったんですよ。当時はそれ以上に現在進行形の欧米の音楽に夢中だったし、やっぱりはっぴいえんど周辺は上の世代の音楽というイメージがあって。渋谷系自体、前時代のものやメジャーなものに対するカウンターカルチャーだったんだけど、曽我部くんは、そこにさらなるカウンターを打ち込んできた。そういう意味では、フリッパーズの2人もすごいけど、曽我部くんも同じくらい革新的な人だと思うんです。もともとサニーデイもフリッパーズみたいな洋楽志向の強いバンドでしたけど、そこから振り切ってあのスタイルになったのは正直すごいなと。あれは当時、誰もできなかったです。サニーデイの『東京』(1996年)が出たときは確実に時代のムードが変わったなと思いましたね」

カウンターに対してのカウンター。90年代の音楽カルチャーは、まさにボクシングの乱打戦のようなスリリングさがあったわけだ。

カジヒデキ

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渋谷系はライフスタイルの変革

渋谷系は、90年代という時代だからこそ生まれたカウンターカルチャーだと言える。自分たちが欲しい情報は自分たちの足で探す時代。そこで価値を見い出したものを仲間とシェアして、それが波紋のように広がっていくという連鎖感。渋谷系の前と後では、音楽やカルチャーを捉えるスタンスが大きく変わったことは実感として残っている。当時、バカ売れしていたJ-POPシーンとは関係のないところで発生した、ライブハウスやクラブ、レコードショップといった“現場”から生まれたムーブメント。渋谷系はメインストリームに予想外の角度から攻め入り、風穴を開けてしまったのだ。改めて考えると実に痛快な話である。そうした骨太な文化だからこそ、30年近く経った今でも、こうして語り継がれているのではないだろうか。その当事者であるカジ自身は90年代や渋谷系に対してどんな思いを持っているのだろう。

「ものすごくワクワクする時代でした。80年代後半までは「『ロックやパンクはこうでなければいけない』みたいな風潮が強くあったんだけど、僕はそういうノリが大嫌いだったんです。自分から枠にハマる感じがカッコ悪く思えて。パンクは大好きだけど、みんながそろって鋲付きの革ジャンを着ているよりも、例えばポール・ウェラーのようにあえて独自におしゃれな格好をするとか、それが本当のパンクなんじゃないかって。僕はそういう感覚を渋谷系周辺のカルチャーに感じていたんだと思います。あと、あの頃を振り返って面白いなと思うのは、音楽だけじゃなくて映画やアートも連動してたこと。渋谷系ってライフスタイルの変革だと思うんですけど、そこを否定する自分だったら、あんなに楽しめてなかったと思う。あの時代を純粋に楽しめたからこそ、今の僕があるんだと思います」

カジヒデキ

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カジヒデキ

1967年千葉県出身のシンガーソングライター。89年10月にネオアコバンドbridgeを結成しベースを担当。93年3月にトラットリアより1stアルバム「Spring Hill Fair」をリリース。95年のバンド解散を経て、96年8月に「マスカットe.p.」でソロデビューを果たす。そのポップな音楽性とキャラクターが幅広い支持を受け、一躍“渋谷系”シーンの中心的存在に。最新作は2019年6月発表のアルバム「GOTH ROMANCE」。12月16日に東京・SPACE ODD、12月20日に大阪・CONPASSにて主催イベント「BLUE BOYS CLUB presents “Ghost of Christmas Past”」を行う。また12月22日に東京・clubasiaで行われる「LONDON NIGHT X'MAS SPECIAL 2019」への出演も決定している。

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土屋恵介

音楽ライター。渋谷のレコードショップZEST勤務の傍ら90年代中頃よりINAZZMA★K名義でライターとして活動を始める。以降、ダンスミュージックからアイドルまで幅広いジャンルについて執筆している。共著に「New Korean Music Guidance」(音楽出版社)がある。

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