葛西敏彦

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第5回 [バックナンバー]

東郷清丸、D.A.N.、スカート、蓮沼執太フィルらを手がける葛西敏彦の仕事術(前編)

同業者も驚く、アーティストとの楽曲イメージの共有方法

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当たり前を疑え

──一方で葛西さんがプロデューサーみたいな関わり方をしているバンドもありますよね。

東郷清丸くんとかD.A.N.はそうでした。曲もアレンジもできていて、清書するような作業の録音もあれば、余白が残されたままくるようなレコーディングもあるじゃないですか。そういう余白が残されているときに、プロデューサー的な関わり方をすることが多いかな。音楽って録音し終わったあとのポストプロダクションで強度が一段上がることがありますよね。Radioheadの音楽みたいに、編集することによって生まれてくるバンドのダイナミクスがあると思うんですけど、D.A.N.はそういうタイプ。清丸くんもさらっとやってるように聞こえるかもしれないけど、普通にやったら絶対こうはならないような音なんですよ。

──わかります。

ミックスが終わったあとに「ここに何か足りない」と思うことってありますよね。そこをエンジニアリングの技術で埋めることもできるんですけど、何か楽器を足したほうが自然になる場合も多くて。だから僕はミックスしてみて何かが足りないと思ったときは、楽器を足してもらうよう言ったりします。清丸くんの「L&V」(2019年5月発売のアルバム「Q曲」収録)は、ミックスが終わってみんなで聴いていたときに、「これはこれで完成してるんだけど、まだいける」という話になり、アウトロのフレーズだけ追加で作ってもらいました。

──普通はミックスが終わったあとにアレンジに戻ることはあまりないですよね。

ないですけど、普通のやり方を疑うのが好きなんですよ。プリプロダクションをしました、曲ができました、録音をします、ミックスしました、終わり、という流れを疑おうと思っていて。ミックスが終わってからじゃないとわからない要素もあるし。みんなと同じワークフローでやっていたら結果も同じようになりますよね。人と違うことをやりたいなら、まずそのワークフローから疑おうかなって。その分スタジオの時間は余計にかかるので、お金の問題は大きいんですけど(笑)、可能な限り。

迷ったら極端なほうを選べ

──東郷さんの曲で言うと「Q曲」に入ってる「YAKE party No Dance」も音作りが面白かったです。

あれはけっこう難産だった曲で。彼は「Q曲」を作るにあたって、写真をコラージュした大きな絵コンテを持ってきて曲ごとのプレゼンをしたんですね。だからイメージはすでにあったんですよ。でも具体的な楽器はなく抽象的で、そのイメージをどう形にしていくかをすごく話し合って。まず「管楽器は入ってるよね。トランペットは呼ぼう。しかも1本じゃなくて、2本か3本は入ってるよね」ということで、フレーズまで決めたんですけどまだ普通の曲なんですよ。次に「なんか笑える感じがいいよね」という話をしていて、今何が笑えるかを話し合った結果、1980年代に流行ったオケヒ(オーケストラルヒット)だなという話になって。

──マイケル・ジャクソンの「Bad」やYes「Owner of a Lonely Heart」にも使われている。

そうそう、「それを今使ったら面白いんじゃない?」ってなって。清丸くんのアルバムのテーマが1つあって、それは迷ったら極端なほうを選ぶということなんですよ。迷ったときにバランス取るの禁止という話をしていて、それでオケヒを入れることになりました。さらにもう1つくらい笑える要素はないかなという話になったときに、スクラッチがよさそうってなって、沖縄に住んでる友達のDJに頼みました。そこまでは要素の話で、ミックスのときにもう少しゴワゴワさせたいということで、鍵盤の別所(和洋 ex. YASEI COLLECTIVE)くんが弾いてくれた音を僕が切り刻んで、パンで1音ごとに右と左に振り分けていきました。

──バランスを取ろうという曲作りの発想からは生まれないですね。

ですね。そのあとたまたまマスタリングのときにスタジオにあだち麗三郎くんが来ていたので「どう、この曲?」って聞いたら、あだちくんが「ドラムブレイクとか作ったら?」って言うからその場で作ってもらって。そういうハプニングも大事にしていて、何でも受け入れるようにしていますね。

葛西敏彦

葛西敏彦

お互いにイメージを埋め合っていく

──少し話が戻るんですが、東郷さんはプレゼン用の資料を作ってきたんですか?

僕がよくやるのはイメージシートを作ってもらうんですよ。ミックスのオーダーって「キックは強く」とかそういう具体的な指示がくることが多いんですけど、なるべくそうならないようにしていて。オーダーに技術的に応えるのは簡単なんですけど、それをやったら話がそこで終わってしまうんですよね。だから具体的な指示のほかに抽象的なイメージももらうようにしています。それはけっこう面白くて、バンドによっては小説を書いて来たり、映画の絵コンテを描いて来たり。D.A.N.は1stアルバム(2016年4月発売の「D.A.N.」)を作るときは曲ごとに写真を8枚撮ってきましたね。ミックスに迷ったらその写真を見て、「この曲はシンセをもっと前に出したほうがイメージに近い」とか判断基準にしたりして。

──それは非常に面白いですね。

イメージをもらうやり方だと、それはまだ音になっていないので、そこに対してみんなで言い合えるんですよ。片方が具体的なオーダーをしてもう片方が応える形でやると、想像の形が決まって来るし、それを超えられない。イメージに対して、「それならこうじゃない?」って話しながらやると、想像を超えていけるんですよね。そのヒントを持っているのは、だいたいはミュージシャンのほうで、曲を作ったときのことを聞くだけでも違ってくるんですよ。「どういう気分で曲を作った?」「時間は?」「そのときの天気は?」みたいなことを聞くだけでもいろいろわかってくる。でもそれを聞いたエンジニアの側からじゃないとわからないこともあるから、お互いにイメージを埋め合っていくようにしているんです。

──商業的な作品だと、すでに1回やってできることを焼き直していくことが多いから、より細かいオーダーがありますよね。それをやってくと、どんどんこじんまりしていくんじゃないかと思ってます。

そうそう、狭くなっていくしかないですよね。自分のやったこともどんどん過去になっていくので、疑っていかないと。それは正しかった瞬間もあるけど今が正しいとは限らない。だから自分がやってきたことに自家中毒になることが一番怖いですね。毎日来た仕事を引き受けていくという漫然としたやり方だと、エンジニアもこの先食えなくなっていくと思いますよ。自分の新しい働き方を想像するのが大切かと思っています。

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葛西敏彦

studio ATLIO所属のエンジニア。スカート、大友良英、岡田拓郎、青葉市子、高木正勝、東郷清丸、TENDRE、PAELLAS、バレーボウイズ、YaseiCollective、寺尾紗穂、トクマルシューゴらの作品を手がけている。ライブPAも行っており、蓮沼執太フィルにはメンバーとしてクレジットされている。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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hirokoike / Eupholks / MUGWUMPS @hiroyuki_koike_

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