エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第4回 [バックナンバー]
筒美京平作品、角松敏生、石川さゆりらを手がける内沼映二の仕事術(後編)
今の音楽業界について思うこと
2019年9月26日 17:00 9
再生環境ではなく、ジャンルに合わせてミックスを変える
──1980年代後半から音楽をラジカセで聴く文化が出てきましたが、その頃から高域が立った、硬めな音色のミックスが増えたように思います。当時、ラジカセで聴くリスナーに合わせて意図的にそれまでと音を変えるようなことはあったんでしょうか?
それはないですね。もちろんチェックする際にはラジカセやイヤフォンでも聴きます。ただ基本的なミックスの考えとして、僕はジャンルに合わせてサウンドもバランスも変えているんですよ。アイドル系のジャンルだったら、リスナーが何を一番聴きたいかと言うと、やはり好きなアーティストの歌でしょう? サウンドを聴いてるわけじゃないと思うのです。だから歌が気持ちよく聴けるようにしてあげる。一方、サウンドを聴かせたいジャンルもありますよね。そういうのは逆に、ちゃんとサウンドを聴かせてあげる。そんなように、リスナーが聴きたい音を推測して、ジャンルごとにバランスを作ってるんですよね。だから再生環境に合わせるようなことはしていないですね。
──高音や低音が十分に再生できないチープな環境だと、入っているはずの音が聞こえなくて、まるっきり違う聞こえ方をしてしまう危険もありそうですが、そのあたりは特に考慮しないということでしょうか?
そうですね。僕のミックスは低音がデカいとか、高域がちょっとシャリシャリしてるとか言われることもよくありますね(笑)。でも信頼できるスピーカーで納得するミックスであれば、ほかのスピーカーに変わっても作ったミックスのニュアンスは再生されると思ってます。
──その頃にラージスピーカーだけではなくて、ニアフィールドモニターを制作に使うのが主流化していったと思うのですが、それで変化することはありませんでしたか?
今はGENELECを使ってますけど、昔はYAMAHAのNS-10Mで、その前はAURATONEでした。10Mの時代がすごく長かったですけど、だんだん作れる音の限界が見えてきちゃって。中域は全然問題ないのですが、低域の表現に限度があると感じたんですね。そのあとにGENELECの1031Aが出てきて、こっちのほうが低音の音作りがしやすいということで乗り換えました。80シリーズが出たときに8050にして。それからはずっと8050を使っています。先ほども言いましたが僕の持論として、信頼するスピーカーでミックスすれば、信頼する音になると信じているんですよ。このスタジオで自分がベストだと思う音を作るっていうのが基本ですよ。そのマスターを作るところまでが僕の仕事で、そのマスターを配信用だとか、CD用だとか再生環境に合わせて音を調整していくのは別な仕事。あまりいろんなことを考えていると、バランスが崩れてしまうのですよ。「あれで聴いたらこうなるからこうしよう」みたいなことを考え始めちゃうともう駄目。自分がここでいいと思ったサウンドなら、どこへ持って行っても大丈夫でしょうって自信を持って作らないと。
──マスタリングでどんどん音を大きくする、いわゆる音圧戦争がありましたが、それについてはどうお考えですか?
自分の作品はデカくしたいって気持ちはあるんでしょうけど、あそこまでコンプで圧縮したら、もう音楽じゃないよって思う。ただ外国の作品を聴くと、レベルが大きくとも音が崩れていないものもあるんだよね。あれはいったいどうやってるんだろうって不思議に思うこともありますが、先ほども言ったようにオケをシンプルにしているから、グチャグチャにならないのかもしれませんね。テレビや有線放送ではラウドネス規制が始まっているので、ラウドネスメーターを参考にミックスすることもあるのですが、コツがまだわからないんですよね。どういう音を作ったらテレビで流れたときにいい音になるか、それなりに大きな音で聞こえるのかは、まだ研究中です。ただ1つ言えるのは、バコバコに潰したマスタリングをしたのは、レベルが低く再生されますね。
ビッグバンドジャズをやりたかった
──近年手がけられた作品についても聞かせてください。まず
エヴァジャズは基本的にはビッグバンドとフルオケを軸に考えて、鷺巣詩郎さんのジャズに対するこだわりを加味する形でやってます。ポップス寄りジャズであることは間違いないですけど、かと言ってドラムをポップスのバランスにするとスウィングしない。バスドラムとスネアでビートを作るのではなくて、ビッグバンドの場合はシンバルワークがリードしていくのが基本になるわけですね。そういうふうにリズムを組み立てて、それに対するウッドベースのバランス。ウッドベースって音量感を出すのがなかなか難しいので、低域が痩せない音作りをするのがキモになると考えました。このシンバルワークとウッドベースをリズムの軸に据えたら、そこにブラス、サックスを足して、その後ろにオーケストラがいる音場をイメージしてミックスしていきました。
──
これは僕が全部やってるわけじゃないけど、やっぱりさゆりさんは歌がうまいですね。民謡と言ってもアレンジは今風にしてあるけど、早々に自分のものにしちゃって。表現力がどうにもならないぐらいすごい。かれこれ30年近い付き合いになるけど、オケと同時に録って何も直さない曲もあるんですよ。
──最後に、2016年から始まった「MIXER'S LAB SOUND SERIES」についても伺えればと思います。ビッグバンドジャズのスタンダード曲を中心にセレクトしたコンピ盤で、現在Vol.3まで出ていますね。
本当にオーディオ好きな人が聴くようなアルバムが作りたくてね。Vol.1のアナログ盤はおかげさまで1stプレス分が完売して、再カッティング、再プレスしてもらっていますね。
──この盤を聴いて、生楽器を扱っていても内沼さんオリジナルのバランス感があると感じました。ジャズと言うとルディ・ヴァン・ゲルダーのようなザラつきがあって、少ないマイクで空気を録っているサウンドを思い浮かべてしまうのですが、こちらの作品は楽器の音がハッキリと分離していて、バスドラムの音もボンっと前に出ているように感じました。これはやはり新しい音像を作ろうという冒険心でやってるんでしょうか?
はい、どうせ作るなら現在できうる限りの機材で超ハイファイなサウンドを目指しました。僕はビッグバンドジャズが好きで、20代前半のときに厚生年金会館でカウント・ベイシーのコンサートを観たんですよ。それがPAが何にもなくて、本当の生だけだったんですけど、これぞビッグバンドの音なんだなって感動して。いつか絶対ビッグバンドの作品をやりたいと思っていましたが、やっとそれができました。生音とほんの少し現在に寄ったサウンド作りをイメージして、現代のビッグバンドサウンドはこうなると思いつつ仕上げました。ぜひアナログで聴いてみてほしいですね。
内沼映二
1944年生まれ。1965年にテイチク株式会社に入社し、日本ビクターを経て1979年に株式会社ミキサーズラボを設立。これまで石川さゆり、近藤真彦、鷺巣詩郎、C-C-B、杏里、角松敏生、冨田勲、西城秀樹、郷ひろみ、南沙織、ピンク・レディー、和田アキ子、SPEED、福山雅治、ゆず、MISIAら数々のアーティストのレコーディングに携わるほか、「ジャングル大帝」「踊る大捜査線」などの劇伴のエンジニアリングも担当。1994~98年、2007~15年の通算12年にわたり、一般社団法人日本音楽スタジオ協会の会長を務め、現在は名誉会長。
中村公輔
1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。
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ふと、レコーディング・エンジニアってどんな時計してるんだろう?と思って調べてみてるのだけど、内沼さんはジュビリーブレスのDATE JUSTだな。
https://t.co/1BOZRQ1OUk