平成の音楽シーンの遍歴を追うこの連載。最終回は2014~19年の動向だ。スマホ普及のあとを追いかけるような形で、定額聴き放題のサブスクリプションサービスが始まり、いつでもどこでも好きな音楽が聴ける環境が整った。聴取スタイルそのものが大きく変わったと同時に、リスナーの頭の中も大きく変わる。もはや彼らにとってその曲がどこで生まれたものなのか、そして古い曲なのか新しい曲なのかは基本的に関係がない。地域と時代という空間の横軸と縦軸の広がりが、自分を中心に1つにまとまっているようだ。
文
音楽も本格的なサブスク時代へと突入
平成になってもう間もなく30年になろうかとしていたこの時期は、月額課金・使い放題のサブスクリプション(サブスク)型ビジネスが広く浸透した時期でもあった。NetflixやMicrosoft Office 365などがその代表例として知られているだろう。時代は所有する時代から利用する時代へ。かつては所有すること自体が1つのステータスとされていた最新ファッションや自動車、家具も、必要に応じて一時的に利用するものとなっていく。
そうした中、2015年以降には定額で聴き放題となる音楽配信サブスクリプションサービスが次々に立ち上がり、日本の音楽業界も本格的なサブスク時代へと突入する。15年6月にApple Music、9月にGoogle Play Music、11月にAmazon Prime Music、そして16年9月にSpotifyが続けざまに日本に上陸。また、それらに先んじるような形で15年5月にエイベックスがAWAを、6月にLINEがLINE MUSICをスタートさせるなど、日本発のサービスも続々と始まっていった。
15年の段階では、端末に音源データをダウンロードしない、つまり手元に音源が残らない“ストリーミング”の売り上げはダウンロードの約3分の1ほどだったものの、徐々にシェアを拡大。日本レコード協会の調査によると、18年度の音楽配信売上げ実績645億円中349億円をストリーミングが売り上げ、年間売り上げで初めてダウンロードを上回った。
サブスク時代の到来によって従来のパッケージ販売型ビジネスの終焉が叫ばれるようになるが、一方ではアーティストやインディーレーベルの側からリリース形態の新たなアイデアが積極的に発信されるようになったのもここ5年の特徴だ。サブスクでの先行配信が当たり前のものとなったほか、配信とアナログレコードやカセットテープでのリリースを組み合わせるなど、リリース形態も多様化している。
フリースタイルラップのメジャー化
2010年代はフリースタイルラップが大きなブームとなり、中高生がラップするのも珍しくなくなった時期としても記憶されることだろう。そのきっかけとなったのは、BSスカパー!のバラエティ番組「BAZOOKA!!!」内のワンコーナー「高校生ラップ選手権」が12年に始まり、T-Pablowら当時10代のラッパーたちを輩出したこと。16年には同コーナーの第10回大会が日本武道館で開催されるなど、大きな話題を集めた。
【第4回高校生RAP選手権 決勝バトル T-PABLOW vs DK】
また、15年にはテレビ朝日系で「フリースタイルダンジョン」の放送がスタートした。さまざまなメディアでフリースタイルラップの文化が取り上げられたことにより、ごくごく普通の中高生たちもラップを始めるようになった。言うまでもなく日本におけるヒップホップのカルチャーは80年代に始まり、幾度かの爆発を経て現代まで連綿と続いてきたわけだが、今日ほどの低年齢化とメジャー化が進んだことはかつてなかったはずだ。
経済的な負担の少ないサイファー(路上でのラップバトル)や、部活ダンスの盛り上がりに象徴される10代のダンスブームを不況以降のデフレカルチャーとして捉えることもできるだろう。だが、決して盛り上がりの要因はそれだけではない。社会の閉塞感が強まり、将来の見通しが見えない中、社会と対峙するラッパーたちの言葉やフィジカルな喜びを得ることのできるダンス表現が10代を引き付けているのは自然なことのようにも思える。
インスタ、SNOW、K-POP…無国籍な若者たち
2018年初頭にUSENが日本全国の高校生1000人を対象に行った「好きなアーティスト」アンケートでは、上位20位の中にTWICEやSHINee、BTS(防弾少年団)、BIG BANGという4組の韓国出身アーティストがランクインするなど、もはやK-POPグループは日本の音楽マーケットのど真ん中をいく存在となっている。KARAや少女時代が牽引した第2次韓流ブームに続き、15年頃には10代の間で韓国風のメイク(オルチャンメイク)が流行。17年以降のブームは“第3次韓流ブーム”とも呼ばれている。
【15年10月にリリースされたTWICEのデビュー曲 「Like OOH-AHH」
またTWICEの成功に触発されたかのように、近年では多国籍グループが増加。日韓同時放送の公開オーディション番組「PRODUCE 48」合格者によって構成されるIZ*ONE、韓国と日本、中国出身者によるボーイズグループPENTAGONのほか、最近では東南アジア各国のメンバーで結成されたK-POPグループZ-GIRLSに元乃木坂46の川村真洋が加入したことも話題となった。グローバル化の波が日本の音楽シーンも飲み込みつつあるのだ。
【19年2月にリリースされたZ-GIRLSのデビュー曲「What You Waiting For」。多国籍だが、韓国人がいないK-POPグループ】
普段から自分のスマホにダウンロードしたSNOWやUlikeなどの韓国製や中国製のアプリを使って自撮りをし、どこに住んでいようとInstagramなどのSNSを通してつながれるのが当たり前な世代にとって、もはや国境の存在感は薄まりつつあるようだ。自分と顔立ちが似ているスターは自分にとってのよき手本となり、憧れの対象になる。その範囲がインターネットによって近隣のアジア人にも広がっているということなのだろう。
こうした流れの中で、EXILEが所属するLDHはアジア、アメリカ、ヨーロッパに活動拠点を構えるなど、日本からも世界展開するアーティストやレーベルが増えつつある。しかし、それは必ずしもEXILEやAKB48グループ、坂道シリーズばかりではない。10年代以降、インディーロックバンドやDJたちのあいだでも国をまたいだ草の根のネットワークが形成され、海外のイベントやフェスに日本人アーティストが出演するのも当たり前のことになった。小袋成彬のように活動拠点そのものを海外へ移すアーティストも増えつつあり、“日本の音楽”という定義そのものが揺らぎつつあるとも言えるだろう。
平成の終わりを目前に相次いだ“引退”
始まるものがあれば、終わるものもある。まるで平成の終わりに合わせたかのように、ここ数年、平成を彩ってきたスターたちの引退が相次いでいる。
その象徴が、2018年9月16日で引退した安室奈美恵だ。90年代を通じて「CAN YOU CELEBRATE?」などミリオンヒットを連発してきた彼女だが、00年代に入ってからもアメリカのR&Bを消化吸収しながら独自の道を邁進。活動ペースを緩めることなく、年齢を重ねるごとにエンタテインナーとしての凄みが増していた中での引退発表に、日本中が衝撃を受けた。
【安室奈美恵デビュー25周年で引退を発表。それまでの歴史をまとめた動画】
※動画は現在非公開です。
また小室哲哉は、18年初頭に引退を表明。身体能力の低下と創作能力の限界を理由とした引退だったが、17年には安室を16年ぶりにプロデュースした「How do you feel now?」を発表したほか、近年でもソロアルバムのリリースやライブパフォーマンスなど精力的な活動を続けていただけに、彼の引退もまた大きな驚きをもって受けとめられた。
16年12月にはSMAPが解散。今年に入ってからは西野カナが無期限活動休止を表明するなど、平成の音楽史に残る輝かしい活動を展開してきたアーティストたちが次々にその歩みを止めた。まさに時代の分岐点にあることを象徴する出来事である。
平成から令和へ、編纂されつつある日本の音楽史
平成における日本の音楽史とはいったいどのようなものだったのだろうか? 31年の間に大きく変貌したのは、本連載でここまで取り上げてきたようなマーケットの規模だけではない。レコードやカセットからCDやMD、さらにはデータからストリーミングへとメディアが変化し、機材の進歩によって音楽制作、録音環境も大きく変わった。デジタルレコーディングが一般化したことにより、かつては豪華なスタジオで行っていたような複雑な作業も、安価な機材とソフトによって瞬時のうちに実現できるようになった。インパクトのある音を求めるあまり、音圧をギリギリまで上げていく音作りの傾向(“音圧戦争”とも呼ばれる)も平成以降に加速。ただし、ストリーミング時代に入り、“いい音”の定義も変わりつつある。
サブスクとYouTubeの登場以降、それぞれのジャンル・地域の中で積み上げられてきた音楽は常にシャッフルされ、その歴史は常に編纂されてきた。そこでは50年前のレア音源と30分前に公開されたばかりの音源が並列に並び、アフリカの奥地で作られた自主制作音源とニューヨークの巨大スタジオで作られた音源が共存している。近年になって80年代の日本産シティポップが海外で大きな注目を集めているが、その背景にはサブスクとYouTubeの登場によってあらゆる音楽にアクセスしやすくなり、さまざまな音楽が“発見”されているという現状がある。このように、かつて時代を彩った日本の音楽が突如世界的な脚光を浴びるケースは今後も増えていくだろう。
【84年にリリースされた竹内まりやの「プラスティック・ラブ」は、近年海外で注目されている日本産シティポップの代表格。YouTubeのコメント欄がほぼ英語だ】
バブル絶頂期に始まった平成という時代は、その崩壊を経て、長引く不況と共に終わりを迎えた。時代の分岐点にはさまざまな歌と音楽が残されてきたわけだが、令和という時代はどのような歌、音楽が彩っていくのだろうか。
<終わり>
バックナンバー
- 大石始
-
世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。主な著書・編著書に「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「ニッポン大音頭時代」「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」など。最新刊は2020年末に刊行された「盆踊りの戦後史」(筑摩選書)。サイゾーで「マツリ・フューチャリズム」連載中。
長野ニュース @naganonews
音楽は“場所”と“時代”を超えた - 音楽ナタリー
https://t.co/h3fSujWm0g