日々創作と向き合い、音楽を生み出し、世の中に感動やムーブメントをもたらすアーティストたち。この企画は、そんなアーティストたちに、自身の創作や生き方に影響を与え、心を揺さぶった本について紹介してもらうものだ。今回は
01. 「江戸川乱歩傑作選」(新潮文庫)
著者:江戸川乱歩
バンド名“人間椅子”の由来
バンド名を決めるきっかけともなった、「人間椅子」が収録されている短編集。バンド結成当時、僕とベースの鈴木(研一)君は乱歩の愛読者であった。猟奇的な内容もさることながら、乱歩の作中人物の性格が、今ひとつ世の中に馴染めないでいる我々の共感を呼んだのだろう。Black Sabbathみたいな音楽に日本語を乗せてオリジナルをやろうとなったとき、乱歩作品がバンド名になるのは自然の流れであった。
この短編集には、乱歩の初期作品がバランスよく収められている。異論もあろうが、僕は乱歩の真骨頂は、破綻も少なく冗長すぎない短編にあると思っている。さて、その作品全体を通じて、乱歩の登場人物はつい魔が差して犯罪に手を染めてしまった、といういわゆる普通の人種ではない。はなから猟奇的傾向のある人物が、確信犯的に、あるいはやむにやまれず異常な事件を引き起こしていく場合がほとんどである。したがって常に絵空事のような雰囲気が付きまとうが、それこそ乱歩のやりたかったことだろう。宇野浩二調の絶妙な語り口で、乱歩は自身の夢を、犯罪の形を借りつつ紙面に描き続けたのだ。氏の座右の銘がよくそれを物語っている。「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」
02. 「谷崎潤一郎フェティシズム小説集」(集英社文庫)
著者:谷崎潤一郎
谷崎ほど文章が完璧な人間を知らない
学生の頃友達に、「和嶋君は谷崎潤一郎を笑いながら読んでいる!」と気持ち悪がられたことがある。そのくらい僕にとって谷崎とは、ワクワクするものだった。僕は谷崎ほど文章が完璧な人間を知らない。なんというか、非常に吟味して作った料理のような趣きがある。厳選された材料、香辛料の塩梅、調理の手際、頃合い、とにかく超一流である。
「悪魔」という短編がある。神経衰弱になった主人公が、居候先の従妹に劣情し、その鼻水を舐めたりする話で……これだけ書くと身もふたもないが、いかに従妹が蠱惑的か、いかに周りが翻弄されていくか、その表現が素晴らしい。例えば、同じく従妹に恋慕する居候仲間を揶揄した表現。「それに相手が愚鈍な脳髄を遺憾なく発揮するのを多少痛快にも感じている」直訳調の日本語を適度に混ぜ、また意外な言葉の組み合わせ方をしている。谷崎は、常套表現になりそうなところで、ハッとする言葉を持ってくるのが実にうまい。谷崎の域には達せずとも、自身の詞を書くうえで大いに参考にさせてもらっているのだった。
ここでは、「悪魔」が収録されている上記の本を選んだ。谷崎を未読の方には、新潮社から出ている「刺青・秘密」をオススメしておく。
03. 「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)
著者:ロマン・ロラン
「悩みをつき抜けて歓喜に到れ!」
バンドが売れない時期が長く続いた。食うために、アルバイトを10年以上もやった。レコーディングなどで長期休みが必要な場合は職種を変えたりしていたが、年齢を重ねるごとに業種が限られてくる。どんどんキツい仕事になった。クタクタになって帰宅し、酒しか心の慰めがない。いったいなんのために生きているのだろうと思った。初めて真剣に、哲学や思想の本を読み出した。(ルキウス・アンナエウス・)セネカ、ショーペンハウエル(アルトゥル・ショーペンハウアー)、(フリードリヒ・ヴィルヘルム・)ニーチェがお気に入りだったが、そんな中、ロマン・ロランの「ベートーヴェンの生涯」と出会った。何度も繰り返して読み、そのたびに泣いた。不屈の人、ベートーヴェン。貧乏、肉体的障壁、立ちはだかる試練に決してくじけることなく、まるで獅子の如くはね返し、数々の名作を物していく。それは芸術における英雄の姿そのものである。ベートーヴェンの言葉、「悩みをつき抜けて歓喜に到れ! Durch Leiden Freude.」を紙に書いて壁に貼り、日々それを眺めながら心を奮い立たせた。
今僕は、ようやくバンドで飯が食えている。
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