平成の音楽シーンの遍歴を追うこの連載。5回目となる今回は2011~14年の動向について振り返っていく。10年頃からスマホが爆発的に普及し、ライフスタイルの個人化が一層進む中で、11年3月11日の東日本大震災は人と人との結び付きについて改めて考える契機となった。それが影響したのか、音楽ではライブやダンス、そしてストーリーがより重視されるようになっていく。
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東日本大震災という分岐点
平成という時代にいくつかの分岐点があったとすれば、2011年3月11日の東日本大震災は間違いなくその1つだろう。被災地を中心とした広いエリアがいまだ立ち直ることのできない大きなダメージを負っただけでなく、震災をきっかけに日本が抱えていたさまざまな歪みが可視化された。
アーティストや音楽関係者には“今、音楽に何ができるのか”という問いが投げかけられた。その結果、各所でチャリティライブが開催され、COMPLEXやプリンセス プリンセスらは復興支援を目的の1つに掲げて再結成することになった。大友良英や遠藤ミチロウらによる「プロジェクトFUKUSHIMA!」、坂本龍一と小林武史の呼びかけで集まった「JAPAN UNITED with MUSIC」、桑田佳祐が発起人の「チーム・アミューズ!!」などのプロジェクトが立ち上がる一方で、音楽の無力さに打ちひしがれ、活動休止を余儀なくされたアーティストも少なくなかった。
またこの年の“今年の漢字”に「絆」が選ばれたことが象徴しているように、東日本大震災直後の日本では“絆の大切さ”が盛んに訴えられた。一方で、斉藤和義は自身の楽曲「ずっと好きだった」をセルフカバーした「ずっとウソだった」をYouTubeに公開。東日本大震災以降の混乱の中で、さまざまな歌が歌われ、さまざまなアクションが試みられたことを生々しく記憶している方も多いことだろう。
見つめ直される“絆”とEXILE TRIBE
2011年のチャートアクションを振り返ってみると、オリコン年間シングルランキング上位10位のうち、上位5位はAKB48が独占(「フライングゲット」「Everyday、カチューシャ」「風は吹いている」「上からマリコ」「桜の木になろう」の5曲)。続いて嵐の「Lotus」(6位)と「迷宮ラブソング」(7位)がランクインしており、以降も48グループとジャニーズ所属アーティストがほぼ独占している。特定アーティストがチャートを占めるこうした傾向は、AKB48が躍進を遂げた10年頃から顕著になり、11年には揺るぎないものとなった。
そんな48グループ(および乃木坂46から始まる坂道シリーズ)とジャニーズの牙城を切り崩しにかかったのが、EXILEとその派生グループから構成されるEXILE TRIBEだ。
三代目 J SOUL BROTHERSに始まり、GENERATIONS from EXILE TRIBE(11年結成)、現在は“EXILE THE SECOND”に改名したTHE SECOND from EXILE(12年結成)、その後もTHE RAMPAGE from EXILE TRIBE(14年結成)、FANTASTICS from EXILE TRIBE(16年結成)、BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE(18年結成)と新グループが次々に結成され、巨大な“EXILE TRIBE王国”が構築された(EXILE TRIBEには属さないが、11年にはLDH JAPAN所属のE-girlsが始動している)。
LDH JAPANの創業者であるHIROは自著「ビビリ」の中で、メンバーが脱退するたびに起こる新陳代謝について、このように持論を述べている。
「人が入れ替わってもEXILEがしっかり輝き続けられるようにしなきゃいけない。そのためには、無形化とでも言えばいいか、EXILEの形をなくし、もっと柔軟にして、必要に応じて変化できるようにすればいいんじゃないか。(中略)
ただし、ただ単にメンバーが替わっていくだけだったら、名前がEXILEなだけで、いつの間にかまったく違うチームになってしまうだろう。だから僕らは、ストーリーを大切にする。メンバーそれぞれの夢や想い、生きざまを大切にして、EXILEの魂を仲間から仲間へと、リレーのバトンのように受け継いでいくのだ。そうすれば、EXILEは永遠に輝き続けることができる」
EXILE TRIBEの根底にあるのは、礼儀と恩返しの大切さを説き、仲間との絆を重要視する、“仲間・家族主義”的とも言える精神性だ。そして、それは東日本大震災以降、盛んに謳われてきたものと一致する。EXILE TRIBEもまた、震災以降の社会的ムードの中で急速に勢力を拡大していったわけだが、そうした精神性はHIROの言う“ストーリー”によってファンと共有される。
【11年9月に震災復興チャリティーソングとして発表したEXILE「Rising Sun」】
実際にLDH JAPANは震災後、“日本を元気に”というテーマを掲げて復興支援活動を行い、12年には被災地の中学生を対象に復興チャリティーソング「Rising Sun」の振り付けをダンスレッスンする「ダンスで日本を元気に! 夢の課外授業 中学生Rising Sun Project」を発足。18~19年に開催したEXILEのドームツアーでは、そのプロジェクトに参加した中学生たちと共に「Rising Sun」を披露した。
ジャーナリストの津田大介も著書「Tweet&Shout ニュー・インディペンデントの時代が始まる」において、「メンバー1人1人が固有の『物語』を持っている」ことをEXILE成功の要因の1つとして挙げる一方で、アパレル販売やダンススクール経営、出版など多方面に事業展開し、ファンの心を離さないことも要因としている。
なおストーリーによってファンを巻き込んでいくという方法論は、決して今に始まったものではない。かつての演歌歌手たちが苦難に満ちた自身の半生を歌うことによって広く共感を集めていた時代とさほど変わらないわけで、やはり日本人はストーリーに弱いことを実証しているとも言える。
ダンスでバズった“フォーチュンクッキー”
2010年代初頭から中盤以降、“ダンス”がキーワードの1つになったこともこの時期のトピックだ。その象徴が、無数のダンス動画が作られて世代を超えたヒット曲となったAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」(13年8月)。ダンスと楽曲がセットになって広まっていったケースで言えば、この後の星野源「恋」(16年)やピコ太郎「ペンパイナッポーアッポーペン」(16年)、DA PUMP「U.S.A.」(18年)もその一例とすることができる。
【13年8月にリリースされた、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」】
こうした楽曲は日本版バイラルヒットとも言えるが、YouTubeのトレンド・カルチャー部門の責任者であるケヴィン・アロッカは著書「YouTubeの時代 動画は世界をどう変えるか」において、バイラルヒットの典型であるサイレント「Watch Me (Whip / Nae Nae)」とバウアー「Harlem Shake」を例に挙げながら、このように分析している。
「奇妙な言い方をすれば、音楽としての『Watch Me (Whip / Nae Nae)』や『Harlem Shake』それ自体は、あまり重要ではない。この二曲が重要なのは、それがファンを刺激して生み出した、より大きな現象との関係にある。『Watch Me (Whip / Nae Nae)』と『Harlem Shake』は、音楽という以上に、ファンがより大きなムーヴメントに創造的に参加するためのプラットフォームだったのだ」
【13年2月、バウアー「Harlem Shake」を踊る全身タイツの男たち。この動画をきっかけにアメリカ海兵隊やテキサス大学、BuzzFeedなど、ダンス動画を次々にアップするグループが世界中から次々に現れた】
ケヴィン・アロッカはこの分析に続き、「音楽に合わせて歌ったり踊ったりするような小さな行為が、単に体験を保管したり、受け身的に行われたりするものではなく、その音楽を体験することの中核に位置するものになる」としている。音楽は“所有するもの”から“体験するもの”へ――そう謳われて久しい。従来のパッケージ販売型ビジネスから野外フェスやコンサートの収益へとメジャーアーティストも軸足を変える中、特定の楽曲に合わせて仲間たちと踊るダンスという行為は、そうした体験型の音楽の楽しみ方をもっともわかりやすい形で表したものとも言えるだろう。
5~6年周期で巻き起こる韓流ブーム
2010年代初頭は“第2次韓流ブーム”の時期にあたる。04年前後に巻き起こった“第1次韓流ブーム”は「冬のソナタ」などのドラマや映画によって引き起こされたものだったが、この時期の人気を牽引したのは少女時代やKARAなどK-POPグループたち。長い練習生期間で磨かれたダンスパフォーマンスと、欧米のアーバンミュージックのトレンドも採り入れたサウンドにより、日本の音楽界に新しい風を吹き込んだ。また、少女時代やKARAは日本デビューに際し日本語曲を発表し、テレビ番組では日本語を話すなどしてお茶の間にも果敢にアピール。その結果、11年末の「第62回NHK紅白歌合戦」に少女時代、KARA、東方神起の3組がそろって出演を果たすなど、広い支持を獲得することになった。
【日本語と韓国語を織り交ぜながら歌う、少女時代「Gee」。日本語版は10年10月にリリースされた(YouTube)】
そうした“第2次韓流ブーム”も12年頃から沈静化。そして再び5~6年を経て、17年前後からはTWICEやBTS(防弾少年団)、BLACK PINKらによる“第3次韓流ブーム”が巻き起こる。その牽引者となったのは、ゼロ年代以降に生まれた10代の女子たちだ。最終回となる次回では、“第3次韓流ブーム”についても交えつつ、15年から平成最後の年となったこの19年までの状況を振り返ってみよう。
<つづく>
(参考文献)
EXILE HIRO「ビビリ」(幻冬舎)
原田曜平「ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体」(幻冬舎)
津田大介「Tweet&Shout ニュー・インディペンデントの時代が始まる」(スペースシャワーネットワーク)
ケヴィン・アロッカ「YouTubeの時代 動画は世界をどう変えるか」(NTT出版)
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- 大石始
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世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。主な著書・編著書に「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「ニッポン大音頭時代」「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」など。最新刊は2020年末に刊行された「盆踊りの戦後史」(筑摩選書)。サイゾーで「マツリ・フューチャリズム」連載中。
hideaki @hideaki1978
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