映像で音楽を奏でる人々 第8回 [バックナンバー]
関和亮は“映像メディアのバブル”の中で何を目指すのか
数々の名作MVを手がけてきた監督が踏み出す、新しいフィールド
2018年12月27日 12:06 4
僕は今「こんなMVを作ってみたいな」と思っています
MVのアイデアに関しては、普段からネタをストックしておくことはないです。技術とか機材の新しい情報についてアンテナを立てて「今はこういうライトがあるんだ」みたいなことを知っておく、というのはありますけど、「こういう映像を撮ったら面白いから今度誰かのMVで使おう」っていうのは今まで一度もないかもしれない。よく「前にボツになったネタでもいいので何かないですか?」って言われるんですが、それはその曲だから思い浮かんだネタなので、曲が変わったら合わないと思うんですよね。MVの場合は楽曲自体がお題みたいなものだから、サウンドに特徴があったりテーマが強かったりしたらそこからどんな映像にするのかを考えてますし、「このアーティストは誰にこの音楽を届けたいんだろう?」みたいなことからアイデアを出すこともあります。なので「何をしてもいいしお金も無制限に使っていい」って言われるよりも、「この小さい部屋の中だけで全部済ませてください」って言われるほうが燃えます。
例えば
MVを作るうえで意識しているのは、観る人がいろんなことを考えられる幅を持たせるというか、余白を残すことですね。MVはいろんな場所でいろんな時間に観られるものなので、どういうシチュエーションやタイミングでもいろんなことを感じてもらえる映像にしたいなと思ってます。
僕が今「こんなのを作ってみたいな」と思ってるのは、例えば、観る回数によって、あるいは観る場所によって別の映像になるMV。普通は1曲に対して1つのMVがあるのが当たり前ですけど、そうじゃなくて「観るたびに映像が違う」みたいなものが作れたら面白いだろうなと思います。ただ、それがいいことなのかどうかはわかんないですよ? 「やっぱりこの曲にはこの映像だよね」みたいに、「曲と映像はしっかり結び付いてないとダメだった」っていう結論になるかもしれないし。新しいことに挑戦しているかどうかと、それが受け入れられて普及するかどうかは別の話です。だからこそ、それを確かめる実験として実際に作ってみたいですね。
MVのように作り方のルールが決まっちゃってるようなものでも、何か新しいことができる余地はいっぱいあるはずなんです。そして、それを可能にしてくれるのがテクノロジーの進歩なんだろうと思うんです。
ある意味、映像メディアは今バブルなんです
気付けばもうこの仕事を20年以上やってるんですけど、僕が20代のときに当時40歳ぐらいだったMV監督さんが何をしていたのかを考えると、MVだけじゃなくて違うフィールドを開拓しようとしていたと思うんですよね。僕がすごくお世話になった永石さんと中野裕之さんがいつも「とにかくコンテンツを作らないといけない」って同じようなことをおっしゃっていて、実際に映画も撮られていたんです。僕も、MVやCMの業界にいる人がほかのコンテンツを作るのが当たり前になったらいいなと思っていて、最近ではそれを自分から率先してやってみようと思い始めたんです。MVもCMもクライアントありきで「自分のものじゃない」という感覚があるから、自分の作品として残るものも作っていきたいなと思って。
それで去年から「下北沢ダイハード~人生最悪の1日~」とか「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」っていうテレビドラマの監督をやらせてもらったんです。2019年1月期にはフジテレビの木曜ドラマ「スキャンダル専門弁護士QUEEN」の演出もさせてもらうことになりました。MVはビジュアルを見せることが重要だけど、ドラマはストーリーや芝居がメインだから、今までやってきたこととまったく勝手が違うのでイチから勉強って感じでしたね。ただ、一般的なドラマの撮り方のセオリーをある程度崩して、カット割りとかを躊躇せず大胆にやれてるのは、これまでMVを撮ってきた経験が生かされてるのかなという気がします。
僕は2017年にトリプル・オーから独立して、株式会社コエを設立しました。ディレクターカンパニーというか、アーティストをいっぱい抱えたマネジメントのように、監督とかが所属する会社にしていきたいと思ってます。会社を作った理由はさっき言った「ドラマのようなコンテンツを手がけていきたい」というのが一番大きいです。今までもできたっちゃできたんですけど、ドラマに携わると3カ月くらい不在になっちゃって会社にかなり迷惑をかけるので、果たしてそれでいいのかなと思って。トリプル・オーは居心地がいいし、何もできない頃からずっと長くお世話になったんでいろいろ考えたんですけど、ドラマとか映画とか新しいフィールドに踏み出すなら環境を変えてみようと思ったんです。
実際に独立してみて、自分のことだけ考えていればよくなったので、ちょっと気が楽になりましたね。今まではチームや組織の中でやってきたので、自分のことだけでなくいろんなことを考えなきゃいけなかったんです。今は仕事の数をそんなに詰め込まないようにしてるのもありますが、ほかのことを考えずに集中してじっくりできるようになったのは大きな変化です。
今後、自分の映像制作の軸足をドラマなどに移していく可能性はあると思います。やっぱり「残るものを作っていきたい」っていう気持ちがあるので。それに今はドラマを流せるメディアがいっぱいあって、テレビじゃなくてもスマホやPCで観れたりしますからね。NetflixもあるしAmazonプライムビデオもあるし、そういう意味では映像メディアは今バブルなんです。MVだってそのうち「スマホで観る人しかいないもの」になるでしょうね。メディアが増えるっていうのはそういうことだと思うので。
機会を待ってるだけじゃ、誰もやらせてくれない
「どうやったら監督になれるんですか?」みたいなことはわりと聞かれるんですけど、今の時代は機材やツールはたくさん転がってるから、まず作りたいものを作ればいいんじゃないですかね。機会を待ってるだけじゃ、誰もやらせてくれないと思うので。勝手に作って「僕、監督です」って名乗っちゃえばいいんですよ。僕も最初にPerfumeのCDジャケットを作ったとき、それまでCDジャケットを作ったことは1回もなかった。でも「できるんすか?」って聞かれて「できますよ」って答えたから今があるわけで。もちろん嘘をつくのはよくないと思うんですけど(笑)、今は昔と比べたらスキルを身に付けやすいし、作ったものをネットにアップしたりとか発表の場もあるし、「どうしたらできるんだろう」って悩んでる暇があったらやり始めたほうがいいです。
そのうえで、MV監督としてやっていくのに必要なのは「1曲に対してどれだけ集中できるか」ということだと思います。MV制作は仕事のスパンが短いので、「一気に作って一気に帰る」みたいなイメージがあります。それができる集中力があるとか、スイッチが切り替えられる人は向いてる気がしますね。時代的にスピード感が求められてる部分はすごくあるので、面白いと思ったことをフットワーク軽くすぐ形にできる人は強いと思います。
関和亮が影響を受けたMV
ゆらゆら帝国「夜行性の生き物3匹」(2003年)
超名作だと思います。ひょっとこのお面をした人たちが阿波踊りをしているところを正面から撮ってるだけのMVなんですけど、1つのことを1つのシチュエーションでやってる映像の中で、これが一番面白いんじゃないですかね。「白ホリをバックに踊ってる」っていう意味では、例えばCOMPLEXの「BE MY BABY」もそうですけど、このMVには何か違ったよさがある。影響を受けたっていうか、度肝を抜かれたって感じですね。
これを作った山口保幸さんは以前よくお手伝いをしていたんですけど、MV監督としてレジェンドのような方で。フリッパーズ・ギターの「Cool Spy on a Hot Car / クールなスパイでぶっとばせ」を信藤三雄さんと一緒に監督してたりするんです。山口さんはすごい。この連載で山口さんに取材してくださいよ。「レジェンド監督から見た今のMVの状況」とか、僕も聞いてみたいですもん。
マイケル・ジャクソン「Black Or White」(1991年)
曲名は「黒人か白人か」っていう意味なんですけど、マイケルがダンスしながらシームレスに世界中を渡っていくことで、国や人種には壁がないってことを表現してるんです。ラストシーンではいろんな国の男女の顔をモーフィングしてて、当時としてはすごい技術を使ってます。たぶんモーフィングをやりたかっただけなんだろうなって気はするけど、「みんな同じ人類」みたいなメッセージに落とし込んで、その技術を使う必然性を持たせてるのがいいですよね。マコーレー・カルキンを出演させたりとか、そういう遊び心があるところもいいと思います。
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"Perfumeが売れ始めて僕のこともいろんな人から認知してもらえるようになったので、あの子たちに出会ったことは僕の中で一番の転機ですね。"