十代の若者をめぐるダンスの現状に迫る本連載。盆踊り、EDMフェス、Tik Tokとここ数年の流行を追ってきたが、今回は高校生の部活を起点にして、近年盛り上がりが顕在化したチアダンスの実情を掘り下げていきたい。街中の広告などで華やかなコスチュームを目にするようになり認知度が高まっているが、どういった種目なのかが語られる機会は少ないはずだ。
取材・
福井県の高校での実話が映画&ドラマ化
近年のチアダンスのムーブメントにおける象徴的な出来事は、2017年に映画「チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~」が公開されたことだろう。広瀬すず、新田真剣佑(当時の芸名は真剣佑)、中条あやみといった人気の俳優をそろえた王道的なサクセスストーリーで、健全なスポ根映画。福井県というローカルエリアからチアダンスの本場アメリカへと挑戦して認められる過程が描かれた内容で、脚色を交えながらもチアダンスの魅力を誠実に描いた作品だ。そして映画の熱量は冷めることなく、TBS系ドラマ「チア☆ダン」が今年7月から9月まで放送された。土屋太鳳を主演に、映画の9年後を描いた青春学園ドラマとして、スクリーンだけでなくお茶の間にまで魅力が届いた。
映画のタイトルからお察しが付くと思うが、この作品は実話を元にしている。福井県立福井商業高等学校のチアリーダー部が2009年3月に全米チアダンス選手権大会で優勝した出来事が題材だ。つまり約10年以上前から、チアダンスは日本に浸透していたと言える。しかしチアリーダーたちの迫真のダンスは部活動での日々の修練の積み重ねがあってできるもので、この連載で今までに紹介してきたような誰もが参加しやすい流行とは構造が違っている。
世間での認知度が上がるまで
チアダンスはフィギュアスケートやアーティスティックスイミング(旧称:シンクロナイズドスイミング)などのように表現を競い合うスポーツ。チアリーダーたちによる華やかで活発な集団ダンスは野球やバスケットボールなどの応援活動として始まったが、現在ではチームによる演技を競い合うスポーツとして国内外で大会が行われている。「ワールドスポーツコミュニティ」の2013年のレポートによると、チアダンスの競技人口は30万人以上とも言われ、卓球の競技人口に匹敵するほどに人気を博している。ただ、“学校の部活動”からの広がりを見せているので実情に触れにくい。
その実情を知るべく、チアダンスの技術向上と普及を目的に設立された団体、日本チアダンス協会(JCDA)の代表理事である前田千代さんに話を伺った。前田さんは、映画「チア☆ダン」のダンス振り付けや指導を行ったダンスインストラクター兼ダンサーでもある。8月31日に行われた協会と映画のコラボレーションイベント「It's Cheer Dance Show! feat.映画『チア☆ダン』」の準備に忙しい中、終始笑顔で対応してくださった。
大学時代に活躍していた先輩選手が立ち上げた協会を手伝い始め現在で16年目となる前田さんは、チアダンス界を牽引する活躍を見せる中で、映画のプロデューサーがそのニュースを偶然見かけたことが上映に結び付いたきっかけだと言う。
「私は実際に福井商業高校のチームを教えていました。映画にも出てくる、東京から来たコーチ役のモデルとなりました。天海祐希さんが演じていた顧問の五十嵐裕子先生から手紙をもらい、そこから福井で7年間教えて3回全米大会で優勝しました」
前田さんはこれまで、チアダンスに20年以上関わってきた。現在のブームから遡ること約10年前から、すでにブームと言える状況は起きていた。
「福井商業高校の前に、私が教えていた神奈川県立厚木高校が初めて全米大会で優勝しました。それがきっかけで、福井商業高校の五十嵐先生から連絡をいただいたんです。ですので、チアダンスのブームの1回目は厚木高校が優勝したことがメディアを通して知ってもらえたことがきっかけですかね。さまざまなニュースで取り上げられて、私が初めて選手として参加した頃は国内大会に出場するのは40チームほどでしたが、今は全国で約500チーム。映画化された頃はすでに400チームありました」
チアダンスの定義から魅力について
9月、「第1回世界大学チアリーディング選手権大会」に追手門学院大学の女子学生2人が日本代表として出場するニュースが話題になったが、チアダンスとチアリーディングは別の種目。チアリーディングから派生したダンス部分を独立させた競技がチアダンスとなる。ピラミッドやバスケットトスなどのスタンツ(組み体操)の要素がないのでチアダンスは幼稚園入園前の子供から60代のシニア世代まで世代を越えて親しまれるようになった。
ダンスの技術やチームワーク、ショーマンシップ、そして後述する“チアスピリット”が採点の対象だ。現在さまざまな部門がある中でもチアダンス部門では、ポン、ラインダンス、ジャズ、ヒップホップの4種類を取り入れられる。特にチームの一体感が発揮された瞬間を目撃できると思わず身震いしてしまう。数多くの現場に関わってきた前田さんは、チアダンスの魅力についてこう語る。
「元気で自然と笑顔になれる楽しめるスポーツです。どんな年齢の方でも楽しめますが、スポーツ競技としては見た目以上にハードで奥深いんです。そういう意味で映画は競技としての厳しさを含めた魅力が伝わったかもしれませんね」
応援団が時代と共に変化
チアリーディングは、1890年代にアメリカの大学でフットボールチームを応援することを起源に始まった。日本では応援団から派生したバトン部が時代と共にチアダンス部に変わっていった場合が多い。
「日本は世界大会でアメリカと1、2位を争っている状況です。アメリカは発祥の地で、各学校にダンスチームがあります。日本はチームワークが得意な人種だから、個々のダンスではアメリカが強くてもダンスをシンクロさせることに突き抜けています。日本は早く輸入されたこともあって、ほかのアジアの国よりも秀でていると思いますね」
小さい頃からバレエを学び、ダンスが好きだった前田さんの玉川大学時代の部活は、当時できたばかりのチアダンス部だった。
「バトントワリングで活躍されていた三田智子さんが大学の先輩で、ダンスをしている子に声をかけて部活を立ち上げたのが、玉川大学の初代のチームになります。最近では高校にチアダンス部があるから始めるというケースが入り口として大きいですね。名門のチアダンス部を目当てに学校を選ぶ子もいます」
チアダンスの面白いところは、野球やサッカーのような定着した種目とは違って新興のスポーツゆえ、生徒や学生が自分たちで部を立ち上げる場合が多い点だ。前田さんも「私も人に言われるまで気付かなかったんですが、チアの世界ではそれが当たり前なんです」「まずは同好会から始まって、顧問が付いて部活になるまでは、廊下や中庭で練習するんですよ。また名前はバトン部なんだけれど、内容はチアダンスだったり」と続ける。
「先生に交渉して、同級生を誘って……という労力を惜しまない姿勢は現在も昔と変わらない。3年間一緒に部活をすることで最終的に絆が深まる。そういった自主性がチアリーダーとしては大事」だと言う。それが映画の中でもキーワードとなっていた“チアスピリット”へと結び付いていく。
チアスピリットによって植え付けられる自主性
チアダンスには、日本チアダンス協会が柱とする3つのスピリットがある。チアスピリット(常に笑顔で人を応援し元気付ける)、ポジティブスピリット(何事にも前向きな気持ちで取り組む)、ボランティアスピリット(思いやりの心を持ち社会に貢献する)。これらが圧倒されるくらいの笑顔や、迫真の演技へとつながっていく。
「チアリーダーの役割は、人を引っ張っていくことです。リーダーシップのある子に育てることが重要で、部活で学んだことをほかの学校や社会に移ってもチアリーダーの精神を持って臨んで貢献していく。経験した子が率先してプロジェクトをまとめているとうれしいですし、実際多いです。もちろん内気だった子が人前で笑顔を出せるようになって、性格が変わったりすることもあります。大抵のみんなは華やかさに惹かれて始めますが、チームワークの中でスピリットを学んでかけがえのない仲間が得られることで続けていきます。ダンス競技の中でもチームワークが優先されるので、各チーム、トラブルはあると思うのですがそれを解決する能力が必要で、そこで得られることや学べることに魅力を感じているんだと思います」
ほかの競技に比べるとチームダンスとしての人数は多い。それゆえにチームによって必要なことがなんなのかを“チアノート”に書き出していくチームも多い。そしてチーム内で話し合い解決していく。ほかのスポーツと比較すると、このように社会的な規範が学べることが現代に生まれたスポーツならではと言える。
歴史が積み重なっていく過程を歩む
前田さんによると、チアダンスは一般に普及したとは言っても、課題はまだまだあるそうだ。
「現状、世界大会ではルールが統一されていますが、まだすべての団体に浸透していません。今後は日本国内でもルールを統一していけるとより一般の方にも分かりやすくさらに認知度が上がると思います」。
協会では全国的なチアダンスの普及に加え、学校への普及活動にも力を入れている。チアダンスはまだ歴史の浅い競技。それゆえに普及しきった種目と違って、自分たちで模索する余白がいろいろあることが、高校生に部活動を立ち上げさせるモチベーションにつながっているのだろう。自主性のある選手たちが開拓していくことによって、チアダンスは今後も新しい広がりを見せていくはずだ。
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- 高岡謙太郎
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ライター、編集者。雑誌やWebサイトで音楽やカルチャー関連の記事を多数執筆している。「Designing Tumblr」(ビー・エヌ・エヌ新社)、「ダブステップ・ディスクガイド」(国書刊行会)、「ベース・ミュージック ディスクガイド」(DU BOOKS)など共著も多数。
J @kaihouku
「現状、世界大会ではルールが統一されていますが、まだすべての団体に浸透していません。今後は日本国内でもルールを統一していけるとより一般の方にも分かりやすくさらに認知度が上がると思います」って2018年に記載していた。
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