映画「数分間のエールを」ぽぷりか×花田十輝が語る、最後まで信念を貫き情熱を込めた制作の裏側

オリジナルアニメ映画「数分間のエールを」が6月14日に公開された。石川県を舞台とする本作は、ミュージックビデオの制作に没頭する男子高校生・朝屋彼方と音楽の道をあきらめた女性教師・織重夕が織りなす青春群像劇だ。「ラブライブ!」「宇宙よりも遠い場所」の花田十輝が脚本を手がけ、映像クリエイターチーム・Hurray!(フレイ)のぽぷりかが監督、おはじきが副監督、まごつきがアートディレクターを担当。花江夏樹が彼方、伊瀬茉莉也が夕に声を当てた。

ナタリーでは公開を記念した連載特集を展開中。第3回となる今回は、ぽぷりかと花田にインタビューを実施した。Hurray!にとって初の映画プロジェクトとなった本作の企画成立過程や制作における苦労、「情熱がフィルムに乗っていた」という終盤のシーンについて語ってくれた。さらに、モノづくりにおいて前へ進むために持つべきマインドも。未来のクリエイターに向けてエールを送ってくれた。

取材・文 / 大畑渡瑠

「断ってしまったらきっと後悔する」という思いで引き受けました(ぽぷりか)

──まずは映画が完成した心境や、改めて作品をご覧になった感想をお聞かせください。

ぽぷりか 変な言い方になっちゃうんですけど、本当に完成するとは……という気持ちで。満足のいく形で終われると思えないほどにチャレンジングな企画だったので、今はホッとしていますね。

花田十輝 シナリオ自体はけっこう前に完成しているので、どちらかというと新鮮な気持ちで観させていただきましたね。「こういう形で着地したのか」と、半分は視聴者の気持ちで非常に楽しみました。

──そもそも企画の成立にはどのような経緯があったのでしょうか?

ぽぷりか 自分のところにMVの制作依頼が届いて、一度は「ちょっとスケジュールと予算がハマらないです」とお返事したのですが、「ハマるものを持ってくるので待っていてください」と。数カ月後に、テレビで放映される2分間のアニメ9話分の制作という依頼をいただきました。そこから「やっぱり18話分でもいいですか?」「くっつけて40分の映画にしませんか?」と話が広がって。映画にするには少し尺が足りなかったので、最終的に60分の中編を制作することになりました。

ぽぷりか

ぽぷりか

──どんどんスケールが大きくなっていきましたね。“映画”というメディアで公開することについてはどのように感じましたか?

ぽぷりか 「難しいんじゃないかな」というのはHurray!の3人で話しましたね。今まで評価していただいた作品はすべて音楽を乗せたものだったので、お話を作れるという保証もまったくなかったですし、うまくいくかもわからなかった。物語とMVは全然違うので、単純に尺を伸ばせばいいわけでもないですし、大きなスクリーンで流すのにふさわしいものになるかは不安でした。でも「断ってしまったらきっと後悔するよね」という話になって。精いっぱいやってダメならば仕方ないという気持ちで引き受けましたね。

「数分間のエールを」場面カット

「数分間のエールを」場面カット

「監督の思いを観客にどう伝えるか」を考える作業でした(花田)

──そして原案をHurray!の皆さんと花田さんが手がけられましたが、どのようなやり取りをされたのでしょうか?

花田 僕のほうに話が来た時点で、すでに彼方と夕の設定は決まっていた状態でした。

ぽぷりか おそらく最後のチャンスになるだろうから自分が本当に言いたいことを言おうと思って、自分たちのように“モノづくり”をしている人たちの行いを肯定することをテーマに設定しました。そこでどのような主人公にするか悩みましたが、例えば小説を書く人に取材して……というよりも、自分自身が思っていることをそのまま具現化したいと思ったので、「MVを作っている少年」という設定にたどり着いたんです。

「数分間のエールを」より、朝屋彼方。

「数分間のエールを」より、朝屋彼方。

──なるほど。

ぽぷりか また、“子供から見たモノづくり”と“大人から見たモノづくり”という両輪を描きたいとも思っていて。自分の技術やスキルが未来を切り開くカギになるかもしれないという希望を持った状態のモノづくりと、大人になって世の中のいろいろなことがわかってきて、ちょっと描けたからといってもこれで生きていくことはできないよね、という現実がわかった状態のモノづくりを表現したいと思っていました。MVは必ず音楽がないとできあがらないものですから、大人は音楽をやっている人という設定に、主人公は高校生にしたいと思っていたので、関わりがありそうな先生というポジションがちょうどいいかなと。バッドエンドや悲劇的な形で終わらせたくはなくて、モノづくりを続けてきた人が「観てよかった」とか「これからも続けていこう」と思えるような終わり方にしたいというところまでを花田さんにお伝えして、そこから先を考えてもらいましたね。

「数分間のエールを」より、織重夕。

「数分間のエールを」より、織重夕。

──花田さんは実際に物語にするにあたって、どのような思いがありましたか?

花田 やりたいことや芯の部分は監督の思いから伝わりましたので、あとはその気持ちを観客にどう伝えるかを考える作業でした。物語にどう肉付けしていくかを考えたときに、外崎大輔や中川萠美など脇にいるキャラクターを別視点として作ったほうがいいのではないかという点を僕のほうから提案させていただいて。2人を物語に絡めることで、よりテーマがはっきりしていくという方向に組み立てていきました。

──外崎と萠美については花田さんのアイデアから生まれたキャラクターだったのですね。どの段階で提案されましたか?

ぽぷりか 制作の序盤でしたよね。

花田 彼方と夕だけだと話が進まないと思ったんです。彼方に情報を入れる存在として友人を置いたほうが話は作りやすいので、外崎と萠美というキャラクターを提案しました。

ぽぷりか 萠美は今とは全然違うキャラ設定で、彼方にとってよくないモノづくりの携わり方をしている存在として配置していました。当初、彼方は萠美からMV制作を依頼されたけど、彼女の音楽はよくないと思っていた。そんなときに夕の楽曲に出会ったことで、そちらのほうに惹かれていってしまうという物語でした。

花田 でも、受けた仕事を投げ出すのはあまりよくないと思ったので、萠美の存在にもちゃんと意味を付けようとして今の形に寄っていきました。

「数分間のエールを」より、外崎大輔。

「数分間のエールを」より、外崎大輔。

「数分間のエールを」より、中川萠美。

「数分間のエールを」より、中川萠美。

──そして制作に進んでいくわけですが、ぽぷりかさんにとって初の長編アニメーションということで、特にこれは大変だったというエピソードはありますか?

ぽぷりか ただただ量をこなすのが大変で、やってもやっても1時間という尺を完成させる作業は終わらないということを痛感しました。誰かの力を借りなければいけない部分も多かったです。映像にセリフを付けることや、曲が流れていない部分の画を紡いでいく作業は初めてでしたが、そこはまったく違和感がないように制作できてよかったですね。

花田さんが「先にMVを作ってみませんか?」と提案してくださったんです(ぽぷりか)

──劇中のMVを作る場面で、彼方の脳内にあるモチーフを具現化していくシーンが非常に興味深かったのですが、ここの演出意図についてお伺いできますか?

ぽぷりか 実際の映像制作画面を流してもめちゃくちゃ地味なんですよね。でも操作している自分にはちゃんと世界を作っているみたいな感覚があります。触れはしないけれど、画面の向こうのキャラクターや小物、風景をちゃんと作っている。「すごいことをやっているな」と思ってほしいし、自分で「今すごいことをしている」と思うことも大事。自分たちはPCの前でカチカチ地味なことをしているのではなくて、世界を作っているというのを表現したかったです。

「数分間のエールを」より、魔法のようにMVを生み出していく朝屋彼方。

「数分間のエールを」より、魔法のようにMVを生み出していく朝屋彼方。

「数分間のエールを」より、PCに向かいMVを制作する朝屋彼方。

「数分間のエールを」より、PCに向かいMVを制作する朝屋彼方。

花田 脚本には、もうセリフを含めて自由にやってほしいと書きましたよね。「楽しそうにモノづくりをしている」ということが伝わればよいと。Hurray!の皆さんの思いが反映された作品であると理解していましたから、そこが一番盛り上がるポイントに見えるように、いかにバトンを渡すかを考えました。

──終盤には夕の楽曲「未明」のMVをフル尺で映し出していく演出もありました。

ぽぷりか 当初は「MVを見せないほうがいいのでは」と花田さんに相談していました。想像力に勝てる映像はないと思っているので、観客の「彼方はこんな映像を作ったのだろう」という想像よりもいい映像にはできない。だからずっと悩んでいました。

花田 でも「やっぱり観客はどういうMVになったのか気になると思いますよ」と言わせていただきました。最後、こういうふうに思いが結実したんだと思えればいいなと。

ぽぷりか 僕だけが「本当にMVを流すべきなんでしょうか……」と言っていた気がします(笑)。実は途中まで脚本がなかなか進まない時期がありました。夕のキャラクターと僕のやりたい結末が合わないと花田さんがずっと言ってくださっていたのですが、僕にはその意味が途中まで全然わからなくて。僕が理解できないせいで脚本が進まないということが長い間続いてしまったときに、花田さんが「先にMVを作ってみませんか?」と提案してくださいました。そこで急遽、楽曲が必要になったことで知り合いのVIVIに楽曲制作をお願いすることになって。

「数分間のエールを」より、織重夕の歌唱シーン。

「数分間のエールを」より、織重夕の歌唱シーン。

──脚本よりもMVを先に制作していたのですね。

ぽぷりか VIVIは夕に似ていて、音楽で生きていきたかったけど難しいという思いで社会人になった人だったので、「どういうテーマにするかはもう任せるから、夕が最後に作った曲だと思って楽曲を作ってほしい」とお願いしたんです。結果、今まで音楽をやってきた自分も、音楽以外の道に進む自分のどちらも肯定してあげたいという曲として「未明」が誕生しました。そこから僕がVコンテを描きましたが、当初は完成版と結末が違っていたんです。

──「未明」のMVは、キャンバスに向かう膨大な数の人々が登場し、そのうちの1人である髪の赤い女性が創作に苦悩しながら、何度も絵を描き続ける内容となっていました。

ぽぷりか 完成版ではMVの最後で周りのキャンパスが全部倒れて、自分以外がみんなやめていく。そして1人残った中で、それでも泣きながら描き続けるということを選ぶラストですが、当初の結末は描くのをやめた世界線と、描き続けた世界線の両方が見えるような内容にしていたんですよ。どちらも否定するわけではないように見せていて、そのときはすごくいいものができたと思って花田さんにお見せしたのですが「この結末のMVだったら、きっと夕は音楽をやめるんだと思ってしまいます。最後にたどり着いたMVと、物語の結末とで意見がズレるのはよくないのでは」とおっしゃって、その通りだなと。僕のエゴではありますが、やっぱり最後は2人とも、モノづくりの道に進んでほしかった。だから最終的に今のラストになったんです。

花田 監督の思いは不変でしたね。試写で観たときに、ちゃんと彼方にその思いが乗っているように感じた。行動や表情、セリフ、作ったMVでも全部表現されていて、実は最後のMVを観たときに泣いたんです。最後の最後まで信念を貫き通していたので安堵したというか、理屈ではなく情熱がフィルムに乗っかって、キャラクターとして動いていたので非常に感動しましたし、この仕事をやらせていただいてよかったと思った瞬間でしたね。

ぽぷりか めちゃくちゃうれしいです。ありがとうございます。