“ネット史上最大の事件”を描いた「Winny」撮影の裏側を東出昌大、三浦貴大、吹越満が語る

ファイル共有ソフト・Winnyにまつわる実話をもとにした「Winny」が、3月10日に全国で公開される。誰でも簡単にファイルを共有できる優秀なソフトであったが、違法アップロードが相次いだことで社会問題となったWinny。アップロードした人間だけでなく、ソフト開発者の金子勇が逮捕されたことは国内外で物議を醸し、「ネット史上最大の事件」とも言われた。映画では金子が逮捕された経緯と、彼の弁護団が逮捕に対する不当性を訴えて警察・検察側と全⾯対決した裁判の⾏⽅を描いている。金子を東出昌大、サイバー犯罪に詳しい弁護士の壇俊光を三浦貴大、主任弁護士の秋⽥真志を吹越満が演じ、監督・脚本は「Noise ノイズ」「ぜんぶ、ボクのせい」の松本優作が担当した。

映画ナタリーでは東出、三浦、吹越にインタビューを実施。実在の人物を演じるにあたっての役作りや、映画でも大きな見どころとなる裁判シーン撮影前に実施したという模擬裁判について語ってもらった。

取材・文 / 松本真一撮影 / 笹井タカマサ

役作りで大事にしたのは、金子さんのプログラミング愛(東出)

──そもそもWinnyというソフトや事件について皆さんは知ってましたか?

東出昌大 存じ上げなかったです。

吹越満 僕も知らなかったです。パソコン自体いまだに持ってないんですよ。だからそういう世界は疎くて。

三浦貴大 僕は昔からインターネットを利用することが多くて、2ちゃんねるも見ていましたし、Winnyというソフトウェアがあるのも知ってはいました。使い方がよくわからなかったし、ネット回線が貧弱だったのこともあって使おうとも思いませんでしたけど。事件についても詳しく追っていたわけではないですが、ソフトを作った人が逮捕されたとか、裁判が最終的にどうなったかということは知っていました。

吹越 実話をもとにしてるっていうのを知ったのも、オファー受けたあとか、前だったかなぐらいの感じでした。事件についても、違法アップロードをした人じゃなくて、なんでソフト作った人が逮捕されるんだろうっていうぐらいの認識でしたね。

Winny事件とは?

2002年、ユーザー同士がファイルを共有できるソフト「Winny」が2ちゃんねるで公開された。無料なうえに簡単に使うことが可能で、匿名性も高かったためにWinnyは瞬く間にユーザーに広まるが、大量の映画やゲーム、音楽のデータが違法アップロードされてしまう。さらにはその特性を悪用したウイルスも流行。感染すると意図しないデータが流出してしまい、警察や自衛隊の内部資料などが漏えいする事件も起きたことで、大きな社会問題となった。2003年、Winnyの利用者が初の逮捕。2004年にはソフトを開発した金子勇が著作権侵害行為を幇助した共犯容疑を問われ、京都府警察に逮捕された。

サイバー犯罪に詳しい弁護⼠の壇俊光はWinnyの技術を評価しており、また「誰かがナイフで⼈を刺した場合にナイフを作った⼈間を罪に問うことができないのと同じく、Winnyの開発者を裁くことはできない」と考えていたため、金子を弁護し、裁判で警察の逮捕の不当性を主張した。しかし2006年、一審の京都地方裁判所は、金子はWinnyが違法に使われていることを知りながらソフトの開発・公開を続けたとして有罪判決を下す。これに対して二審の大阪高等裁判所は、一審の京都地裁判決を破棄し、金子に無罪を言い渡す。その理由を「ソフトの提供者が著作権侵害の幇助と認められるためには、悪用される可能性を認識しているだけでは幇助罪の条件として足りない」と述べた。そして2011年、最高裁判所は「Winnyは適法にも違法にも利用できる中立価値のソフト」と判断したことで検察側の上告を棄却し、金子の無罪が確定した。

──金子さんは著作権法違反を幇助したという容疑で逮捕されてしまうんですが、それが本当に正しいことなのかというのがこの事件、そして映画のポイントです。東出さんは事件についてご自身でもかなり調べたと伺いました。

東出 最初は本当に無知蒙昧の代表みたいなところがあって。事件について調べたときに、金子さんが最後は無罪になるとはいえ、逮捕されて有罪になったという情報だけを受け取った僕は、「金子さんっていかがわしい人なのかな」「悪意を持ってWinnyを作ったのかな」という先入観を抱いてしまったんです。

「Winny」場面写真

「Winny」場面写真

──金子さんを有罪にしたい警察側と同じようなことを思ってしまったわけですね。

東出 でも僕は役が悪人であれ善人であれやってみたいと思うので、金子さんについてとにかく調べてみようと思い、その結果として彼は悪人ではないという認識を持ちました。作中でも、なんで金子さんがWinnyを作ったという話で、壇先生に「そこに山があるから登っただけ」と表現されていましたけど、僕もちょっとずつ彼のことを知るうちに「こんな純真無垢なプログラマーがいたんだ」と考えるようになった次第です。

──金子さんを知る人は、彼のことを悪く言わないという話も伝わってきています。金子さんは一般の方ということでそこまで資料が多く残っているわけではないですよね。遺族の方とお話をして役作りをしていったんでしょうか。

東出 そうですね、少しだけ残っていた映像と、壇先生のお話を聞いたのと、あとは遺族の方のお話ですね。栃木にある金子さんの生家跡を訪ねたことがあるんです。そのあとお昼ごはんを食べるために移動したときに、30分ぐらい車を走らせたところで金子さんのお姉様に「ここが弟の通っていた電気屋さんです」と言われたんですよ。

東出昌大

東出昌大

──映画でも、金子さんが小学生の頃に電気屋の店頭にあるマイコンを使ってプログラミングをしていたシーンがありましたね。

東出 その電気屋さんまで自宅から車で30分ぐらいかかったのに、子供の自転車だとどれぐらいの時間がかかったんだろうと思って。でも金子少年は暑い日も寒い日も、そこでマイコンを触りたくて通っていた。このプログラミング愛でずっとやってきた方だったんだと。役作りにおいてこれだけは忘れちゃいけないというか、一番大事だなと思いました。

秋田弁護士の本は役作りにも日常にも役立つ(吹越)

──壇先生役の三浦さんも、ご本人といろいろお話をされたそうですね。事前に見せていただいた資料に壇さんのインタビューがあったんですが、三浦さんについて「私本⼈よりも、ずっと素直な⽅」「私を⾒てあんまり私に寄せたら映画を⾒てる⼈の共感を得られないと思ったんでしょうか」と言われていました。そこは多少のアレンジはされたんでしょうか。

三浦 壇先生は本当に弁の立つ方で。いろんな裁判を闘ってきている歴戦の猛者で、本当に手練手管を使っている方なので、そういう面で比べたら僕のほうが素直ってことなのかもしれないです(笑)。

「Winny」場面写真

「Winny」場面写真

──吹越さんが演じた秋田さんは、刑事事件で無罪を10回以上勝ち取った伝説の弁護士という人物です。秋田さんの著書「実践!刑事証人尋問技術 part2」を事前に読まれたとか。

吹越 うん。今まで検事、弁護士、被告、傍聴人の役は経験あって、裁判官以外はだいたいやったことがあるし、普段だったらそんなことしないんですけど。でも今まで関わってきた裁判はそれは架空の事件だし、大どんでん返しがあったりとか、証人が言ってくれるはずのことを言わないとか、ドラマチックになってるじゃない? この映画の裁判は実際にあったことだから、弁護士の先生がどんなことをやってるのかと思って、その本を読んだんです。「証人尋問でこういう流れになった、なぜこれはダメなのか」っていうことを教えてくれる文章なんだけど。例えば映画の中で「わざと嘘をつかせてピン止めして、そこに矛盾を突きつける」ってセリフがあるんです。あれは例えばこういうことなのかなと思って。旦那が外から帰ってきたときに、風呂に入ろうと思ってズボン脱いだときにパンツが裏返しになってるっていうことがあったとして。

「Winny」場面写真

「Winny」場面写真

──裏返しになっているということは、外出時にどこかでパンツを脱ぐようなことをしたのか……と。

吹越 奥さんってきっと「あんた、なんでパンツが裏返しになってるの?」って言っちゃうと思うんですよ。それを言わないことが、相手に嘘をつかせる手順になるっていうテクニックが紹介されていて、勉強になりました。

──秋田さんの戦術として「相手に『なぜ』と聞いてはいけない」というのがあるそうですね。

吹越 そう。「なんで裏返しになってるの?」って聞くと、絶対「知らなかった、ウンコするときにズボンとパンツ脱ぐクセがあってさ」みたいにごまかされる可能性がある。だから奥さんは「今日どこかでズボン脱いだ?」と聞くことで、「何言ってんだ、脱いでねえよ」と言わせる。

──「脱いでない」と嘘をつかせることができる。

吹越 そこで「パンツが裏返しになってた」という事実を見せれば、「裁判長、こちらからは以上です」となるわけですよ。

東出 なるほどね(笑)。

三浦貴大

三浦貴大

吹越満

吹越満

吹越 そういうのが説明されている本だから、読むと秋田先生のキャラクターがなんとなくわかるというかね。

東出 にじみ出てくるものがあったんですね。

吹越 だから映画で秋田先生を演じるのにも役立ったし、それにプラスして日常で他人とのトラブルに役立つなと思ってさ。秋田先生って、裁判官と証人と傍聴人と検察を相手に1人芝居してるみたいな弁護士で、非常に魅力的な人なんですよ。それはそれでプレッシャーがかかったけど。今日、映画の舞台挨拶に秋田先生が来てくれて、初めてお会いしたんですけど、撮影前に会ってたら逆に作りすぎちゃってたかもしれない。そういう意味ではラッキーだった。

東出 僕も秋田先生と初めてお会いしたんですけど、醸す雰囲気がすごく似てらっしゃいましたね。