「ブラックパンサー」シリーズのエヴェレット・ロス役でも知られるマーティン・フリーマンが心に闇を抱えた警官を演じた海外ドラマ「レスポンダー 夜に堕ちた警官」が、スターチャンネルEXとPrime Video「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」で全話配信中。劇中では、警察への通報に対応する“レスポンダー”の任務に就く警官クリスが、麻薬の売人から受けた連絡をきっかけに追い込まれていく5日間が描かれる。
映画ナタリーでは、本作の重厚感に魅せられたハリー杉山にインタビューを実施。自身の英国在住時代の経験を踏まえながら、リヴァプールアクセントを巧みに操るフリーマンの輝きを放つ演技、ドラマから浮かび上がるイギリスの“知られざる姿”について語ってくれた。批評サイトRotten Tomatoesの批評家部門で100%フレッシュという驚異の数値をたたき出した「レスポンダー 夜に堕ちた警官」の魅力とは。
取材・文 / 柴﨑里絵子
こういう重厚感を出せる俳優はマーティン・フリーマンのほかにいるのかな
──このドラマに対して、ハリーさんは「今年no.1の重厚感」と公式コメントを寄せられていますが、作品のどこに厚みを感じましたか?
日本だけでなく、アメリカや英国でも刑事・警察ドラマは数多く存在しますが、その中でも一番緊迫感があり、圧倒的な存在を誇っているのがマーティン・フリーマンの本作でのお芝居だと思います。マーティンは最近だと「SHERLOCK/シャーロック」や「ホビット」シリーズ、あるいはマーベル作品のイメージが強いかもしれませんが、僕は英国文化の風刺の象徴であるコメディドラマ「The Office」から入っているので、余計に彼の演技の振り幅に驚かされました。まさしく七変化ですから。「こういう重厚感を出せる俳優はほかにいるのかな?」と思うと同時に、彼のすごさがきちんと世間に伝わっているのか不安になるくらいです。そんなマーティンの演技力がいかんなく発揮されている「レスポンダー 夜に堕ちた警官」という作品は、彼の出演作の中でも唯一無二の存在になったと思います。今、世界では「ゲーム・オブ・スローンズ」の新たなドラマシリーズ「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」や「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」が話題ですが、今作はそういったファンタジーやCGを駆使した世界と対極にありつつ、映像の質は勝るとも劣らない、ハードボイルドな傑作だと思っています。
──もともとハリーさんはレスポンダーという職務・名称をご存知でしたか?
実はまったく知らず、このドラマで初めて知りました。英国人もどれだけ知っているんでしょうか? 作品を観ていけばわかりますが、緊急コールが入った段階で最初に動く捜査員ということなんですよね。今作はリヴァプールでレスポンダーとして勤務していた元警察官のトニー・シューマッハさんという方が脚本を書かれていて、その脚本が素晴らしく、読んだ段階でマーティンが即「やらせてほしい」とプロデューサーさんに連絡したそうなんです。
──リヴァプールの夜を知り尽くした人物が手がける脚本はリアリティに富んでいますが、そんなイングランド北西部のリヴァプールも今作のキーポイントですよね。
まず、マーティンがリヴァプールという街の姿を、自分の言葉(訛り)を通して投影しなくてはいけないというのは、かなりハードルが高いんです。というのも、そもそも英国人の共通認識として、地元出身でない人がリヴァプールアクセントを完璧に操りながら演技をするというのは、極めて難しいことだと思われているんです。それを見事に演じているマーティン・フリーマンには、改めて役者としての輝きを感じずにはいられません。
──ちなみにその脚本家の方が、「強烈なキャラクターは不思議と夜に現れる」とインタビューで語っていました。
残念ながら僕自身はリヴァプールに行ったことはないのですが、ロンドンの夜に対してはいろいろな思い出があります。僕は基本的に歩くスピードがめちゃくちゃ速いんですけど、それはロンドンのおかげだと思います。ロンドンの夜がどれほどリヴァプールと違うかはわかりませんが、冬だと夕方4時半頃から暗くなるので、家に帰ったら外出することはまずありませんでした。僕はロンドンのチェルシーという比較的平和でちょっとキラキラしている地域に住んでいたのですが、それでも昼間でも1本横道に入ると完全に違う空気が流れていました。チェルシー地区内には団地もあって、そこは基本的に経済的に苦しい状況にある家族が住む場所でした。その近辺を歩いて帰ると、辺りで唯一のアジア系ということもあってめちゃくちゃ絡まれましたよ。反論すると面倒くさいことになるのでいつも素早く逃げていましたけど、不思議なもので団地の前の公園でサッカーを一緒にやることで仲良くなったりもした。ただ、僕の家がどこにあるのかは絶対バレないように、いつも違うルートで帰っていました。あの空気と近いものがあるのかなと想像します。
マーティン・フリーマンのリヴァプールアクセントは“本物”
──マーティンのリヴァプールアクセントは、本国でも大絶賛されていますが、ハリーさんの耳からしても本物に近いですか?
本物に近いというよりも、本物。「本物」だっていうのも語弊があるぐらい完璧ですね。リヴァプールアクセントというのはものすごく癖があって、一歩踏み外すとマンチェスターアクセントになってしまう。例えば関西弁といっても大阪、兵庫など地域によって違いますよね。マーティンは本当に山を越えてちょっとイントネーションが変わるくらいのニュアンスを、喜怒哀楽──どちらかというと哀が強いですが、その波の中で見事にコントロールしていると思います。むしろマーティン・フリーマン以外誰ができたのかなって思うくらい。
──英国ではグラスゴーやリヴァプールといった特定のアクセントは、俳優として絶対に失敗できないというプレッシャーがありますよね。
そうなんです。そのあたりが英国人にしか伝わらないところかと思うんですが、役者としてそういった地域のしゃべりが自然に聞こえず、「下手」というレッテルを貼られた瞬間、急に仕事の幅が狭くなってしまうんです。今作はおそらくマーベル作品のような超大作と比較したら、低予算じゃないですか? もちろんそれなりのギャランティはいただいているとは思いますが、こういった役者としてのリスクも高いハードボイルド作品にオッケーを出すのはすごいことですよね。どのようにキャラクターを作り上げたのかわかりかねますが、まあ本当にお見事としか言いようがない。確かコロナ禍で撮影を行っていたと思うのですが。
──まさにその通りで、マーティンは「リヴァプールの夜は怖いと思っていたけど、コロナ禍で誰も街にいなかった」ということを話していました。
もし2020年から2021年の頭のほうで撮っていたのであれば、まだ英国も絶望の淵にいましたからね。日本でもコロナ禍の2020年は相当しんどかったですが、英国の場合は全面ロックダウンで愛する人と会えない状態でみんな旅立っていった……。今作でも介護の話が出てきますが、病院が完全にパンク状態となり、介護施設では介護者がコロナに感染して誰も高齢の方のケアをできず、置き去りにされた高齢者の方々が次々と亡くなるというあまりにも残酷な状況があった。そういった社会背景がある中で撮られたというのは、ドラマの本質的な部分にも何がしかの影響があったと思いますね。
──マーティンの容姿もこれまでに見たことのない次元でしたね。目の下にクマがあったり。
そう、ヘアスタイルもバズカットと呼ばれる、軍人に多い坊主ヘアスタイルに無精ひげ。英国人にとってはかっこよくてモテるスタイルなんです。もちろん本人はモテなんか意識していませんが。警察官としてなめられないスタイルなんですよね。
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日本人にとって知られざるイギリスの姿を投影している