「ザ・ロストシティ」|脳科学者・中野信子 タレント・SHELLY 映画館で笑いをシェア!つらい記憶を美しく上書きする最新ロマンティックコメディ

つらい記憶を美しく上書きする物語(中野)

SHELLY あとね、フェミニズムについてもいい表現してた。ロレッタが「マンスプレイニング(※)するな」って言われるんですよね。女だからできないはずなんだけど(笑)。そこでも「男ができることで女ができないことはない」みたいにちゃんと言い返してる。

※編集部注:「man(男性)」と「explaining(説明する)」を掛け合わせた言葉。男性が主に相手の女性を無知と決めつけ、上から目線な態度で何かを解説したり知識をひけらかしたりする行為を指す。

中野 すっごい論理的なことを一撃で返すの、学者あるある!(笑)

SHELLY 2人のやりとりは全部面白かったなあ。テンポがめっちゃ速かったんで、もう1回ちゃんと聞きたいなと思いました。

──そもそも冒険物語の主人公が、ド派手なスパンコールのジャンプスーツのままというのも、お笑いの「振り」ですよね。

SHELLY そうですね。(レプリカのジャンプスーツを見ながら)あんな長い時間、ジャングルでこのスーツってのは想像付かなかった。どういう展開のどういうタイミングで着替えるかなってみんな期待してるのに、全然着替えない(笑)。

中野 スパンコールをちょいちょい落として、跡を残してるしね。

SHELLY あれのせいでまた物語が転がるのもいいですよね。

左から中野信子、SHELLY。

──ロレッタのトラウマについてはどうでしたか? 実は同じ学問を究めようとしていた夫と死別している、というくだりです。

SHELLY パートナーと若いうちに死別することってめったにないつらい経験ですし、その気持ちは本人にしかわからないものですよね。周りもどうしたらいいかわかんない、本人もどうしたらいいかわかんないこと。それをゆっくりひらいてったのがうまいですよね。詳しくは言えないけど、最後の最後で冒険のストーリーと彼女の過去の恋愛がめちゃめちゃ上手に重なって、ロレッタが自分の足で踏み出していくところが、私はすごく好き。

中野 そうそう、私もそこ好き。

SHELLY 周りから「ダメだよ、ちゃんと生きなきゃ」って無理強いさせられるんじゃなくて、自分で選んで一歩一歩進んでたのがすごくきれい。ちょっと無理やりではあったけど(笑)。信子さんはどう?

中野 うーん……難しいな。発言が学者っぽくなっちゃうから難しい(笑)。

SHELLY 学者っぽく言って言って!(笑)

中野 では……(笑)。記憶のストラクチャーを考えると、都合のいいことだけを覚えていさせるほうが難しいんですよ。そんな機能を機械に実装するのは大変で、例えばハードディスクなどに保存されたデータで考えると、アクセス頻度に応じてデータを残す、しかも同時に記録された感情や一緒にいた人との人間関係によって重率を変えて、さらにそれも経時的に変化して、なんて機能を作ることはほぼ無理なんですよ。すべてを覚えているほうが簡単なんです。ということは、人間はわざわざ忘れる機能を身に着けてるってこと。忘れる機能を使いなさいよ、と他人が言うことは難しいですが、忘れる努力をすることは可能です。忘れるといっても、記憶そのものをすべて思い出さないようにするのではなく、逆に何度も思い出すことによって、記憶を思い出に変えるということをするんですね。嫌な記憶をいい思い出にする。ロレッタは「書く」作業の中でそれをしたんだろうと思う。この作品はそういう旅路であり物語だと思うんです。

SHELLY なるほど!

中野 つらい記憶って上書きをしないとつらいまま残るから、美しくしないといけないんだよね。ロレッタの側はそういう物語。

SHELLY その点、アランもロレッタに対してすごくいいこと言ってたよ。「未来を思い描いて一緒に歩んでいた人を亡くすなんて、そんな不安ないよね」って。その通りだし、彼女が受けてるショックって「夫が死んだことが悲しい」じゃなくて、これからずっと一緒に歩むはずだった人生が思ってた未来じゃなくなるっていうショック。それを一番語彙力がないはずのアランが言葉にして、ロレッタを受け止めていた。

「ザ・ロストシティ」

中野 この2人の人生のあり方って、ロレッタが学者でアカデミズムの知性だとしたら、アランはいわゆるストリートスマートみたいな存在。アカデミックとは全然関係ないんだけども、人間として持っていなきゃいけない優しさとか共感とかを代表しているんですよね。そういう対比した存在が歩み寄っていくのはすごくよかったです。

SHELLY それが不可抗力でさせられているものの、「旅」という舞台で進んでいくのがいいよね。

──「これを観て旅する気分を味わってほしい」と、サンドラ・ブロックも言ってます。

中野 なる、なる!

SHELLY わかる! 自由な移動が制限されるなんてこと、誰も経験していなかったからこそ、今こういう作品は必要なのかも。

中野 確かに。そうか、なんか私は深読みしすぎたかも(笑)。アカデミシャンとストリートスマートの対立って、アメリカを象徴しているようにも見えてしまうんですよね。でも、実は双方が違うからアメリカは支えられているみたいなところもあるじゃないですか。みんな一枚岩じゃなくて違う考えがあるからこそ成り立っている。それらが対立せずに手を携えることも大事っていうメッセージも感じてしまったんですよ。

SHELLY その通りだと思いますよ。不満を言うなら、主人公が全員白人ってのは……ね(笑)。ただ、チャニングが王子様的だけど実戦では役立たずっていうのもジェンダーロールがひっくり返っていていいと思います。そもそもサンドラ・ブロックって「デンジャラス・ビューティー」とかを代表格に、ステレオタイプなジェンダーロールの映画には出ないから、ファンとしては彼女が出ている映画で古い価値観は入っていないと期待しているところもありますよね。おまけに、強引にでもチャニングのダンスシーンも入ってたから、チャニングのファンにとっても満足。めちゃめちゃ強引に入れ込んでますけどね(笑)。

映画館で笑いをシェアしながら観たい(SHELLY)

──スランプに陥っている作家ロレッタ、そして表紙モデルのような男になりたいけどそうなれなくて困ってるアラン。2人は理想と現実のギャップに苦しんでいるキャラクターですが、お二人にとって理想と現実に苦しんだことは?

左から中野信子、SHELLY。

中野 理想がない(笑)。

SHELLY 私も(笑)。めちゃめちゃ現実女ですから、私たち。

中野 逆に理想持ってる人うらやましいなってこともあるんですよ。

SHELLY わかる!

中野 理想が破れて落ち込んでる人を見るとすごい素敵と思う。この人は戦ってるんだって。

SHELLY そうだよね。私たちは現実的な目標を立てて、着実にそれを達成していくんですよ。いわば持続可能性のある範囲で生きる。

中野 確かに。あんまり無理しないタイプです。

SHELLY 役割分担だから。だからこそ、私ができない何かをできる人に対してめちゃくちゃリスペクト。信子さんに対してもしてる。

中野 それはこっちのセリフ! でも役割分担って他者に対する信頼がないとできないんだよね。私たちとは逆に、自分だけで何かいっぱいいろんなことをやらなきゃならない、と思っているタイプの人って、他者を信頼してない人かもしれない。

SHELLY 人に任せることがちょっと不安な人?

中野 そうだね。もっと信頼してもいいんじゃないかなって。

SHELLY あ、でもちょっとわかる……(笑)。人を頼る、依存することって難しくて、依存の分散もすごい必要だなって思います。例えばパートナーにすべてを求めないとか、仕事の仲間もそうですし、SNSも全部の感情を受け止めてほしいって思ったらよくない。だけど、友達や恋愛できる相手やいい仕事仲間もいて、「この気持ちはここで処理する」って分散できるといいんじゃないかな。

中野 そもそも依存し合うようにできてるんですよ、哺乳類って。

SHELLY きた! 脳科学者!

中野 哺乳類は子供から大人になるまでけっこうな年数がかかるし、特に人間は一番長いですよね。20歳になっても脳にはまだ未成熟な部分が残っているみたいな。極端なことを言えば、ずっと不完全なまま生きるんです。不完全なままなぜ生きられるのか。それは、個体同士が助け合う機能を発達させたから。言い方を変えれば、頼り合わないと生き残っていけないということでもある。人間では、この機能をかなり使わなきゃならないので、脳がこんなに大きいんです。これを維持するために、実は脳の半分くらいを使ってる、といってもいいんですよ。その結果、何か起きたか。現在、地球上に生きている哺乳類の9割は人間と家畜になっています。ほかのワイルドアニマルは1割だけ。人間は頼り合う機能を発達させたことでめちゃくちゃ成功したんですよ。そう考えると、この戦略も間違いではなかったということはわかります。

SHELLY すごい……。そうか、頼るにはコミュニケーションが必要で、人間は言語を持っているっていうのも強みなんですよね。

──最後に本作をビッグスクリーンで観る際の見どころを。

中野 巨大な爆破もそうですけど、美術がすごいですよね。滝のシーンとか、あのダイナミックな景色はビッグスクリーンで観るべきだな、と思いました。

SHELLY コメディって最近は配信がメインになっちゃったけど、これは映画館で観直したいんですよね。家で1人で観るのもいいんですが、これは映画館で笑いをシェアしながら観たい。英語の掛け合いで笑う外国人が多そうな六本木ヒルズの劇場に行きます!(笑)

SHELLY(シェリー)
1984年5月11日生まれ、神奈川県出身。タレント。日本テレビ「ヒルナンデス!」に金曜レギュラーとして出演中。2020年12月には性教育について語るYouTubeチャンネル「SHELLYのお風呂場」をスタートさせた。2022年4月からはフジテレビ「サスティな!~こんなとこにもSDGs~」でMCを務める。7月に始まるAmazon Prime Video「バチェロレッテ・ジャパン」シーズン2にはスタジオMCとして出演。

ヘアメイク / 高橋純子 スタイリング / 佐々田加奈子 ブラウス / マノン(エムケースクエア)税込1万7600円 パンツ / ヴィーエル・バイ・ウィー(ススプレス)税込2万8600円

中野信子(ナカノノブコ)
1975年生まれ、東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。脳や心理学をテーマに研究や執筆活動を精力的に行う。日本テレビ「真相報道 バンキシャ!」、テレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」などに出演。“ダンス×脳科学のプレゼンテーション”をテーマにしたパフォーマンス公演「FORMULA」では森山未來、エラ・ホチルドとともに共同で構成・演出・振付を手がける。