「ダークナイト」「インセプション」「ダンケルク」などで熱狂的ファンを持つクリストファー・ノーラン。最新作「TENET テネット」は、アメリカをはじめ全世界で興行収入260億円を突破し、ついに公開を迎えた日本でも大きな話題となっている。“時間の逆行”を描くその革新的な映像表現と膨大な情報量に、圧倒された観客も多いだろう。
映画ナタリーの特集第3弾では、映画評論家の町山智浩が、本作を理解するためのポイントをネタバレありで解説。時間の逆行に関するルールや、タイトルに込められた意味を解き明かす。そして後半には、劇中のキーワードや、映画を見直す際に注目してほしい伏線の紹介も。
なおこの特集第3弾は映画後半の展開にも一部言及しているため、本編鑑賞後に読むことを強くお勧めする。
文 / 町山智浩(P1)、浅見みなほ(P2)
1これは007である。
クリストファー・ノーラン監督は007ジェームズ・ボンド・シリーズの大ファンで、「インセプション」でも「女王陛下の007」のスキーチェイスを再現したが、「TENET テネット」では、007のパターンを丸ごとなぞっている。つまり、世界を救うミッションを受け、リッチで残虐な敵に招待されてリゾートで遊び、秘密兵器を駆使して闘い、クライマックスは特殊部隊を総動員しての大合戦という展開である。
2回転ドアはタイムマシンではない。
「TENET テネット」の秘密兵器は「回転ドア」。これを通ると「時間反転」し、未来から過去に向かって進む。これは単に時間をUターンするだけなので、10日前に戻るには10日間かかる。
クライマックスのシベリアでの大決戦は、物語のオープニングと同日の出来事なので、主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)たちは未来から過去に時間を逆行しながら船でシベリアに向かう。
3時間を逆に進むのはその人だけ。
1人が時間反転しても、周りの物質はすべて普通に過去から未来に進んでいる。空気を吸って酸素を吸収して二酸化炭素を吐き出すことができないので、酸素マスクが必要になる。マスクをつけているかどうかで、逆行しているかどうか見分けられる。同じように、炎も水素や炭素と酸素が結合して熱エネルギーに変わるのではなく、その逆になり、対象の熱エネルギーを奪い冷却する。
4過去も未来も変えられない。
「TENET テネット」のニール(ロバート・パティンソン)は「What happened is what happened(起こったことは起こったことだ)」という。つまり、過去を変えることはできない。いや、未来もだ。時間線は1つだけで、それ以外の可能性、分岐はない。本人が自分の意志で出来事を変更したように思っても、その変更は最初から時間線の中に取り込まれている。既に決まっているシナリオを信じて従うしかない。
5パラドックスはない。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、主人公マーティが1985年から1955年にタイムトラベルして、チャック・ベリーの名曲「ジョニー・B・グッド」を演奏すると、それを電話で聴いたチャック・ベリーが「ジョニー・B・グッド」をレコーディングする。つまり、ぐるぐるループして、「ジョニー・B・グッド」を最初に作った者は存在しないことになる。これはパラドックス(矛盾)だが、「TENET テネット」でも、それは気にしないことになっている。
6主人公は「主役」である。
クリストファー・ノーランの「インセプション」は夢を捏造して人の心に忍び込む産業スパイたちの話だが、夢作りの作業は映画作りをモデルにしていた。
「TENET テネット」もそうだ。主人公のオーディションで始まり、既に起こった時間線というシナリオ通りになるように、ニールが監督する。だからニールは「ジャンボジェット使ったほうがドラマチックだろ?」と演出のアイデアを語るし、主人公は自ら「私が主役だ」と名乗るのだ。
7考えるな、感じるんだ。
それにしても「TENET テネット」にはおかしなところがある。回転ドアに入るには、出口から後ろ向きに入っていく(実際にはドアから出ていく)未来の自分を確認しなければならない。もし、未来の自分を確認しないで回転ドアに入ったらどうなるのか? わからない。それに、炎や呼吸は正方向にしか進まないのに、内燃機関である自動車や船はなぜか運転できる。いったいどうして? そのへんはあまり深く考えると「TENET テネット」は楽しめない。劇中で科学者が言うように、「理解しようとしないで。感じるのよ!」
8なぜTENETなのか?
「不条理ゆえに我信ず」という言葉がある。哲学者キルケゴールは、キリスト教は矛盾だらけで理性では理解できないが、それをあえて信じて信仰に身を投じようと言った。それをLeap of faith(リープ・オブ・フェイス、信仰への飛躍)と呼んだ。リープ・オブ・フェイスはクリストファー・ノーランの「インセプション」にも、彼が製作した「マン・オブ・スティール」にも登場するセリフだ。「TENET テネット」で主人公たちは、既に起こったと言われる歴史を信じて戦いに身を投じ、死から逃げない。だからTENET(主義・信念)なのだ。
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2020年9月25日更新