ぬまがさワタリが語る「ドライブ・マイ・カー」鑑賞は2回目以降が真骨頂 (2/2)

感覚として近いのは「マッドマックス 怒りのデス・ロード」

──SNSでは家福(西島秀俊)とみさき(三浦透子)のバディものでもある、と評していらっしゃいましたね。

初見で特に素晴らしいと思ったのは、みさきのキャラクターなんです。無口で何を考えているかわからない若い女性で、圧倒的な運転スキルを持っている。実はこういう人って現実にはけっこういると思うのですが、日本映画でメインキャラクターとして出てくることはすごく少ない。邦画における女性キャラとしても、非常にフレッシュだと感じました。

三浦透子演じるみさき。

三浦透子演じるみさき。

かつ、みさきは映画的なキャラクターでもあると思います。2回目を観るとよくわかるのですが、みさきのちょっとした表情の変化や動作で「こういうことを考えているんだろうな」が伝わってくる。実に映画的な手法によって、雄弁に語っているんですよね。

例えば家福とみさきがユンス(ジン・デヨン)の家でごはんを食べるシーンで、家福がみさきをベタ褒めする。そのときの彼女のリアクションが、喜んでいるのかなんなのか表情からはよくわからないけど、直後に犬とじゃれ始める姿を見せることで「照れ隠しなのかな……」という真相がじんわり見えてくる。

凡庸な作品であれば、セリフで心情を語らせたり、情緒的な音楽を付けるなど直接的な方法で語りがちなのですが、それを一切していない点に感銘を受けました。映画ならではの間接的な語り口が、むしろ鮮烈に人の情動を浮かび上がらせるというアプローチがすごく面白かったです。

──Twitterで書かれていた「実写もアニメも近年とにかくウェットで情緒的な方に流れる作品が多い中で、このクールさとドライさが凄く心地よい」という部分ですね。

はい。特に近年、日本の映画を観ていると、ひたすら観客の情緒に訴えかけようとするあまり、ウェットになりすぎじゃない?と感じる場面が多くて。それは「ここまでわかりやすくしないと観客には伝わらない」という作り手の危機感の表れかなとも思うのですが、それが行き過ぎると胸焼けしてきますし、何より「観客を信じていないのかな」という印象をどうしても受けてしまう。

そんな中、日本映画全体の傾向と正反対を突っ走るような濱口監督のドライさ、クールさは本当にさわやかですし、もはや痛快です。無味乾燥やニヒルということではなく、むしろ「信じている」からこそなのだろうと思います。脚本や演出のクオリティへの確固たる自信もあるのでしょうが、濱口監督ご自身が俳優や観客を信じていることが伝わってくるんですよね。自分も含めた日本の作り手がまず学ぶべきは、そこなんじゃないかと感じます。

西島秀俊演じる家福。

西島秀俊演じる家福。

そういったクールでドライな作り方をしているからこそ、バディムービーとして加熱していく終盤の「熱さ」が際立ちます。作品全体がうねり出し、まさに“ドライブ”し始めるんですよね。友情にも似た不思議な関係を少しずつ築いてきた家福とみさきが、2人の人生を象徴する“車”を「ドライブ」させて、最大の危機やトラウマに向き合おうとする展開には、ほとんど少年マンガ的な熱さを感じます。このクールさと熱さの振れ幅は「濱口監督の映画で初めて観たかも……」という驚きがありました。もはや「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の感動に近いかもしれません。車を走らせる以外に共通点ないだろ!と思う人が多いかもしれませんが(笑)、意外と通じ合う部分も多い2作なんですよ。

──なるほど。マックス(トム・ハーディ)とフュリオサ(シャーリーズ・セロン)の関係性ですね。

そうです。「ドライブ・マイ・カー」の“車”は、明らかに家福の心を象徴していると思います。自分の心を誰にも明け渡したくないから、車を他人に運転させない。唯一の例外が妻の音(霧島れいか)だったけど、不倫されたことで「結局は彼女も他者だった」と突きつけられる。

その家福がみさきと出会い、彼女に運転を任せる過程を通して、もう一度「他者」に心を開いていく流れって、孤独で一匹狼のマックスがフュリオサと協力し、互いの傷を癒やしていったことに重なるんです。安易に男女の恋愛関係に落とし込まず、2人の抱える傷に真摯に向き合い、最後に主人公の男性が何かを女性に託して別れる、というエンディングも共通します。どちらも「車での旅」を通じた、2人の人間の再生の物語なんですよね。車のスピードこそ違いますが(笑)。

2回目以降の鑑賞が真骨頂

──「ドライブ・マイ・カー」でいうと、男女がフラットに描かれる部分は村上春樹さんの原作からさらにアップデートされたところではないでしょうか。

そうですね。先ほどお話しした、みさきという秀逸なキャラクターの大元を作った点で、村上春樹はやはりすごいなと思います。一方「ハッピーアワー」などで、現実を生きる等身大の女性の姿を捉え続けた濱口監督ならではの、女性描写のアップデートも強く感じました。

──そこに「ワーニャ伯父さん」や「ゴドーを待ちながら」の要素も入り……。

「ワーニャ伯父さん」のセリフは劇中で何度も引用されていますね。そのセリフが家福の内面にリンクしていたり、戯曲の登場人物の関係性がそのまま家福たちにスライドさせられたりもするので、むしろ原作小説よりも副読本としての重要度は上かもしれません。1回目は劇場で観た皆さんも、2回目に配信などで観る前に「ワーニャ伯父さん」を読んでみると、より作品を深く理解できると思います。それほど長い戯曲でもないので、ぜひ!

未見の方で「3時間もあるのか……」と気後れしている方もいるかもしれませんが、そこは濱口監督の真骨頂である、時間を忘れさせる魔法のような演出に加えて、サスペンス要素や驚きの展開も織り交ぜることで、作品世界にグイグイ引き込んでくれるので、終わってみれば「あれ、もう3時間も経っちゃったのか」と感じる方も多いと思います。

それに、自宅で鑑賞するなら自分で勝手に休憩時間を作ってもいいと思うんです。例えば音が亡くなるところだったり、物語が切り替わるところでいったん止めたりして、自分のペースでゆっくり観られることも、それはそれで配信の強みです。確かに「ドライブ・マイ・カー」をはじめ濱口作品は、映画館で集中して観賞するのがベストではありますが、誰もが映画館に気軽に足を運べるとは限らないですからね。配信のようにより広く、多くの方が気軽に作品を楽しめる文化もまた大切だと、劇場に通い詰めている1人の映画ファンとしても実感する次第です。

「ドライブ・マイ・カー」

「ドライブ・マイ・カー」

──ぬまがささんが思う、再鑑賞時の注目ポイントはありますか?

私としては、この映画はむしろ2回目以降の鑑賞が真骨頂だと思っています。先ほどお話ししたみさきの細やかな心情を読み取る部分もそうですが、物語の内容を知った2回目以降に細部まで観ることで、より本作の底知れない深みが見えてくる。例えば音が録音したカセットテープのセリフが、家福たちの内面を暗示しているだとか、そういった要素に注目することで、理解度や感動が増してくるのではないでしょうか。

私自身も行っているのですが、部屋を暗くして、周囲の音をシャットアウトしてなるべく映画館の環境に近いものを再現したうえで観賞すると、より没入できると思います!

プロフィール

ぬまがさワタリ

主にWebでイラストやマンガを執筆するイラストレーター。Twitterを中心に発表していた「生きもの図解」シリーズをまとめた「図解 なんかへんな生きもの」を2017年12月に刊行した。そのほか著作に「ぬまがさワタリの ゆかいないきもの㊙図鑑」「絶滅どうぶつ図鑑」「超図解ぬまがさワタリのふしぎな昆虫大研究」など。2022年3月には新刊「ぬまがさワタリのゆかいないきもの超図鑑」が発売された。

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