怪作怪演、怒涛の159分!宇垣美里が「TAR/ター」の魅力に取りつかれる (2/2)

彼女はもう賞という枠を超えてますよね。ケイトのすごさはみんなわかっていますから

──今作はトッド・フィールド監督の16年ぶりの作品になりますが、監督のほかの2作はご覧になっていますか?

アカデミー賞の前に、前作を勉強しておこうと思って「リトル・チルドレン」(2006年)を観ました。タイトルにあるように大人になりきれない大人たちの話で、もちろん内容はまったく違いますが、おそらくこの監督は人間の感情の機微というか、正しい正しくないでは論じきれない、ある種人間のずるさや、そこから来るかわいさみたいなものを、あの冷静な目で切り取るのが持ち味なのかなと思いながら観ていました。

──確かに、監督の長編デビュー作「イン・ザ・ベッドルーム」(2001年)も含め、正義とは、幸せとは何かを変化球で考えさせるあたりも「TAR/ター」に通ずるものがある気がします。ただ、前2作は原作がありましたが、今回は完全オリジナルということで、これまでよりも少しユーモアを感じました。笑うシーンではないけど、おかしく思えてしまうところはありましたか?

後半、すべてが空回りするリディアが哀れに思えてきて笑ってしまったシーンがありました。一方で、彼女が必死になるとあるシーンでは、絶対に笑いに転ばせないケイト・ブランシェットの緊張感というのも伝わってきました。

「TAR/ター」場面写真

「TAR/ター」場面写真

──アクションだったり、マインドだったり、タフな女性を物語の中心に据えた映画が増えていますが、その中でお気に入りはありますか?

間違いなく「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015年)です。あとはマーベル作品では、「キャプテン・マーベル」もものすごく勇気付けられますし、スカッとして気持ちがいいので好きです。仕事柄というのもありますが、映画に関しては相当雑食なので、正直「こういうジャンルばかり観ています」というのはないんです。気になったらすぐ観るので。でも、強い女性が出てくる映画は大好物です。女性版「ゴーストバスターズ」(2016年)を観たときもとてもうれしかった。それは、自分と同じ属性の人が映画の中で活躍しているのを見ると、自分がこの世界にいることを実感できるからだと思います。

宇垣美里

宇垣美里

──となると「オーシャンズ8」(2018年)なんかもどんぴしゃでしょうか。

最高ですね。あの作品のケイト・ブランシェットもめちゃくちゃかっこよくて、緑のスーツ姿が素敵でした。初めてケイトをスクリーンで観たのは「ロード・オブ・ザ・リング」だったので、私の中でケイト・ブランシェットと言えば、エルフの女王ガラドリエルのイメージが強いんですけど、「エリザベス」(1998年)、「ブルージャスミン」(2013年)、「キャロル」(2015年)……。枚挙にいとまがないですよね。

──それらの作品を経て「TAR/ター」ですから、そろそろケイトの演じる役がなくなるのではないかと心配になってしまうくらいです。

でも「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」(2022年)では猿の声をやっているし、「ナイトメア・アリー」(2021年)の怪しい精神科医役ができるのも彼女だけのような気がするので、大丈夫ですよ(笑)。そう言えば今年のアカデミー賞のパーティで、彼女がキー・ホイ・クァンにかけた言葉が素敵だったんです。今後の仕事について「次作は決まっていないけど、自分を支えてくれた人たちを失望させたくないから、いい仕事をしなくてはと責任を感じている」と悩むキー・ホイ・クァンに、ケイトは「心のままに、無責任に行けばいい。他人の目を気にせずに、自分が信じ、愛するものを選べば、物事はうまくいくはず」と答えたんです。私もケイト・ブランシェットのこの言葉を胸にがんばって生きていこうと思いました。

ニューヨーク映画批評家協会賞授賞式にて、左からケイト・ブランシェット、キー・ホイ・クァン。(写真提供:Marion Curtis / StarPix for NYFCCA / Startraksphoto / Cover Images / Newscom / ゼータ イメージ)

ニューヨーク映画批評家協会賞授賞式にて、左からケイト・ブランシェット、キー・ホイ・クァン。(写真提供:Marion Curtis / StarPix for NYFCCA / Startraksphoto / Cover Images / Newscom / ゼータ イメージ)

──ケイトも主演女優賞をミシェル・ヨーと競う形になっていたのに、余裕を感じますね。これだけの演技を披露して受賞できないとなると、本来ものすごく悔しいはずですし。

メディア的にはケイトとミシェルの争いという対決を煽る感じでしたが、2人は互いにリスペクトしているのが伝わってきて、そこも含めて彼女の懐の深さは別格だなと感じました。ケイトはこれまでも、この作品でもたくさん受賞してきていますし、彼女はもう賞という枠を超えてますよね。ケイトがすごいことはみんなわかっていますから。私はアカデミー賞というのは、授与することによってどういうメッセージを発信したいかを示す賞だと考えているので、同じように優れた俳優だったら、今年はこれまで存在を無視され続けてきたアジア人俳優たちに、という部分があったのではと勝手に思ったりしています。

宇垣美里

宇垣美里

受け止め方によって価値観があぶり出される

──では最後に、多くは語れませんが「TAR/ター」のラストシーンはいかがでしたか? ハッピーエンドだと捉える人もいれば、ブラックなオチだと取る人もいますよね。

あのラストをどう捉えるかは本当に人それぞれだと思うんですけど、正直なところ私は初めて観たときは完全には理解できなかったんです。2回目はラストの情報を入れてから観たら、まったく印象が変わりました。観る人によってさまざまな解釈ができるところが面白いので、早く誰かと結末について語り合いたいです。

「TAR/ター」場面写真

「TAR/ター」場面写真

──本当に「あのシーンでこうだったから、たぶんこうじゃないか?」という感じで、ほかの人の見解も気になります。

ただ、この映画をどう感じるかで当人の価値観があぶり出されてくるように思うので、「あ、この人はこう思っているんだ」と透けて見えてしまう。そういう意味では、話をするのにちょっとドキドキするかもしれません。

──確かに!(笑) いろいろな仕掛けも用意されているので、そこを紐解いていくのも謎解き感があって面白いですよね。

そうですね、謎のシンボルみたいなのが登場したり。あとクラシックに詳しい人の話だと、リディア・ターは架空の人物ですが、劇中で彼女たちが口にする名前やメール相手はほぼ実在の音楽家だったりするとか。そういうところを掘る楽しみもある。この作品のすごさは、ほかのエンタメで摂取できるものではないので、ぜひ映画館で体感すべきですし、私はリディア・ターが感じている音をよりいい音響で聴きたくなったので、IMAX®でもう一度観たいです。

宇垣美里

宇垣美里

プロフィール

宇垣美里(ウガキミサト)

1991年4月16日生まれ、兵庫県出身。2014年4月にTBSに入社。アナウンサーとして数々の番組に出演し、2019年3月に同社を退社した。現在はフリーアナウンサー・女優としてテレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか執筆業も行うなど幅広く活躍している。ドラマ出演作に「明日、私は誰かのカノジョ」「チェイサーゲーム」「あなたは私におとされたい」「自由な女神 ―バックステージ・イン・ニューヨーク―」など。WOWOWのアカデミー賞授賞式生中継では2021年より3年連続で案内役を務めている。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」にレギュラー出演中。

ヘアメイク / 千葉万理子スタイリング / 滝沢真奈

<衣装協力>
ジレ 68200円(オットデザイン [ルーム エイト ブラック])
イヤリング 3800円(ロードス [ミスタードットアール])
リング 12400円、バングル 14900円(ロードス [miyu nakamura])
※すべて税込価格

<問い合わせ先>
オットデザイン / 03-6824-4059
ロードス / 03-6416-1995

2023年5月15日更新