「ステップ」重松清×劔樹人|主夫の「MeToo」があってもいいよね 2人の父が考える子育ての今と未来

山田孝之が主演、「虹色デイズ」の飯塚健が監督を務めた「ステップ」。新型コロナウイルスの影響で4月3日の公開が延期となっていた同作が7月17日に封切られる。「今回は演じていません。100%素です」とイベントで語った山田が扮したのは、妻を病気で亡くし、男手ひとつで娘の美紀を育てる会社員・健一。劇中では健一と美紀がともに歩んでいく10年間が描かれる。

映画ナタリーでは20代の娘が2人いる原作者・重松清と、ミュージシャンやマンガ家として活動しながら3歳の娘を育てている“兼業主夫”劔樹人の対談をセッティング。重松が保育園に娘の送り迎えをしていた時代や、劔が誘拐犯と間違えられた“新幹線事件”などを軸にトークは展開していった。また劔は「ステップ」を鑑賞し、主夫として「MeToo」的感覚を抱いたという。

「育児は母親のもの」という価値観がいまだに消え去ってはいない現代。重松と劔は、そんな現状に何を感じているのだろうか。

取材・文 / 小澤康平 撮影 / ツダヒロキ

普段着でふらっと保育園に来る父親は僕だけ(劔)

(席に着くや否や、重松が劔の著書3冊をテーブルに置く)

劔樹人 うわ!

重松清 実は僕、この対談が決まる前から劔さんのことが気になっていて。(劔の著書は)ディテールに凝っていて最高。「わかるわかる!」と思いながら読みました。高校3年生の3学期のバラバラ感とか、エロ本を中学生のために放置しておくとか、うんこでいつまで笑えるかとか……。

 ありがとうございます(笑)。

左から重松清、劔樹人。

──(笑)。「ステップ」では山田孝之さん演じる健一が、妻を亡くした悲しみを抱えながら娘の美紀とともに歩んでいく10年間が描かれます。原作者である重松さんから見て、映画はいかがでしたか?

重松 面白かった! 恥ずかしくて昔の自分の小説は読み返さないから、新鮮な気持ちで楽しめた。でも映画を観て「いいセリフだなあ」と思った言葉が、実は原作に書かれているものだったりして。劔さんは自分の著作を読んだりする?

 僕も恥ずかしいので読まないですね。今日持ってきていただいた3冊の中には、自宅にないものもあるかもしれない……(笑)。

──映画では子育てがテーマになっていることから、20代の娘さんが2人いる原作者の重松さんと、3歳の娘さんを育てている劔さんの対談をセッティングしました。重松さんは育児をしていたとき、劔さんや劇中の健一と同じように保育園の送り迎えを担当していたと伺いました。

「ステップ」

重松 かみさんが学校の先生で、当時売れないフリーライターだった僕はよく家にいたので。下の子が5歳のときに直木賞をもらって「情熱大陸」に出演したんですけど、オープニングとエンディングは僕が保育園に娘を送っていく場面だった。男が送り迎えをするのが、それだけ珍しいものだったということだよね。当時(2001年)は、娘と同じクラスで父親が送り迎えをしているのは僕だけだったと記憶してるんだけど、最近は増えたのかな?

 背広を着たお父さんが送り迎えしてるのは見ますね。1つ下のクラスには1人だけ僕と同じ感じの方がいました。髪の毛が長くて、明らかに堅気じゃない。すごく親近感を持っていたんですけど転園してしまって、現状、普段着でふらっと来る父親は僕だけですね。しかも僕の場合仕事が家でできたりするので、会社に行かないといけないお父さんよりも時間に余裕がある。だから子供がぐずったりすると、その状態で預けるのが申し訳なくて保育園を出られないんですよ。

重松 そうそう! 申し訳ないよね。

 なんとかコンディションをよくして預けたい。保育園のお散歩まで付いて行って、そこで遊び出したのを見てから帰ることもあります。

重松 逆に時間に追われてるサラリーマンって颯爽感があるんだよね。自由業の俺たちって歩き方から違う。

 (笑)。今日は子供が探検をしたいと言い出して。一番近いルートで保育園に行こうとすると「こっちは行きたくない」って言うから、街をぐるぐるしてから向かいました。

重松 やっぱり子供は家のほうがいいのかな?

 僕にはいくらでもわがままを言えるとわかってるんですかね。0歳4カ月から保育園に行ってるのでもうベテランなんですけど、いまだにそういうのはあります。うちの妻はパパと一緒にいる時間がもっと欲しいんじゃないかって言うんですけど、ただ家でYouTubeを観てたいだけなのかもしれない。

重松 うちの子は歩いてる途中でフリーズしてたなあ。道の真ん中でパタッと止まって、動かなくなってしまう。あれが一番怖かった。何が怒りを買ったのかなんてわからないしさ。「情熱大陸」の撮影中はいい子だったんだけどな……。

たまたま映っているものに思い出が宿る(重松)

重松 今は歩いて保育園まで行ってる?

 ベビーカーを使ってます。だからまさに映画に出てくる健一と美紀と同じ。健一が伊藤沙莉さん演じる保育士の“ケロ先生”から、美紀をずっとベビーカーに乗せるのではなく少し歩かせたほうがいいとアドバイスされる場面など、他人事とは思えないシーンもありました。

「ステップ」

重松 娘と一緒に歩くようになってからの思い出があるんだけど、2歳のときは僕の指1本を握っていたのね。3歳になったら手が大きくなって指2本、それから3本になっていった。もっと大きくなったら普通に手をつなげるなと思っていたら、「恥ずかしいからパパとは手をつながない」って。

 ああ……。

重松 子供の成長は速くて。でも指1本から始まって増えていったのは身体的な成長として心に残っていて、娘が思春期になったときも思い出していた。記録よりもそういう思い出が支えになっていたなあ。

──写真や動画はあまり撮らなかったんですか?

重松 僕は90年代前半に育児をしていて、8mmビデオの時代だったからたくさん撮ったよ。でも今にして思うとあまり見返さないなって。センスがないからすぐズームしちゃって、ひたすら娘の顔しか映ってないというのもあると思うけど。もっと引いて、周りの友達とか風景を映し込んでおけばよかった。若いお父さんやお母さんに伝えるとしたら、たまたま映っているもののほうに思い出が宿るということ。

 それは僕も娘が1歳くらいのときの動画を見返して思います。後ろに映ってるテレビ画面とか観て「この頃そうだったな」って。

重松清

重松 ズームは多用しないほうがいいというのが僕の実感(笑)。あとは記憶って薄れていったりすり替わったりするじゃない? それも含めていいなと思うんです。リアルタイムできつかったこともなんとなくいい思い出になっていったりする。

 なるほど。ただ僕は記憶力がないから、いい思い出が何もなくなっちゃうかもしれない(笑)。

──ではわりと記録に残しているタイプですか?

 と言いつつあまり残してないです。残したいとは思うんですけど。

重松 劔さんはイラストエッセイを描いているし、それも1つの記録の手段なんじゃないかな。僕も文章で残していると言えるかもしれない。アーカイブス作りの方法はたくさんある。

 今はSNSをそうやって使っている人も多いですしね。

重松 一方でセピア色になっていくというか、薄れていくものも捨てがたい。記録と記憶がハイブリッドされたものが思い出なんだろうな。(劔の著書である)「高校生のブルース」が好きなのは、いい感じで僕自身の高校時代の記憶が薄れてるから。50代後半になった今、18歳の頃を思い返しながら読むと、「俺ここにいたわ!」という錯覚に陥ってくる。

 ははははは。ありがとうございます。

“中景”の存在には優しくならないと(重松)

重松 新幹線の件は災難でしたね(※編集部注:劔は2019年8月18日、娘と一緒に新幹線に乗っていたところ、誘拐犯と間違えられて警察に通報された)。

 いえいえ。実は僕はまったく気にしていなくて、思ったよりも話題になったなという。娘ももう忘れてるかもしれないです。

重松 あ、ほんと。僕は子供が小さかった頃に一緒に電車に乗っていると、途中で絶対泣くから何度も降りて。かみさんは子供が泣いてても気にしないんだけど、僕は周りのプレッシャーに負けていたたまれなくなっていた。

 おいくつのときですか?

重松 1、2歳かな。イヤイヤ期で、何が嫌かをうまく言語化できないからパニックになるんだよね。

劔樹人

 そうなんですよね。僕も理不尽に怒られてます。新幹線事件のときも、何が子供の火をつけたかと言えば僕が自分の額の汗をぬぐったことだったんですよ。ぐずぐずはしてたけどギャーッと騒いではいなくて、なだめてるときにじわっとかいた汗をぬぐったのが気に食わなかったみたいで。

重松 2歳児の逆鱗ってどこにあるかわからないよね。日替わりというか。

──重松さんがほかのインタビューで、劇作家・別役実さんの「中景の喪失」という言葉を引用して現代を表現しているのを拝見しました。近景は大事にしている自分の身内、遠景はテレビやネットで、中景という目に見える範囲の人間関係がすっぽり抜けていると。泣きわめく娘をなだめる劔さんが同乗者に「うるさい!」と言われたり、警察に通報されたこの事件からも「中景の喪失」が感じられます。

重松 友達の子供だったり、画面の中の赤ちゃんだったら、泣いていても気にならないと思うんだよね。でもたまたま乗り合わせた中景の存在に対しては不寛容になっている。周りの人が存在しないかのように歩きスマホをする人がいれば、その人にわざとぶつかっていくような人もいる。劔さんの新幹線事件で一番嫌だったのは、「うるさい! デッキ行けよ!」と言った人がいたこと。

 そうおっしゃる方は多いです。

重松 通報に関してはコミュニケーションを取っていれば防げたかもしれないけれど、その人が正しいと思ってやったことだからね。

 そうですね。誘拐を疑うことは必要だと僕も思います。

重松 警察も自分たちの仕事をしていた。そんな中で唯一イラッとしたのが、怒鳴ったおやじ。赤ちゃんや小さな子供を連れているときって不安が大きいし、中景に対してものすごく気を使っているんだから、そんな人たちに対しては優しくならないと。