おなじみの“関ヶ原”とはひと味違う!戦国時代を描いたマンガ「センゴク」の宮下英樹がドラマ「SHOGUN 将軍」を読解&イラスト描き下ろし (2/2)

あきらめを知っている鞠子は、ほかの人たちと違う

──本作ではさまざまな人間の思惑が交錯しますが、シリーズ全体の軸は虎永と敵対する、石田三成に着想を得たキャラクター・石堂和成(演:平岳大)との頭脳戦です。

僕が虎永を見て、日本人らしいなと思ったのは“待つ”ところです。任侠映画なんかもそうですが、弱いやつほどすぐ手を出しちゃって、精神的に強い人は相手の出方をずっと待つ。それこそ、戦国時代には敵に手を出させて自陣営が戦う大義を得て、士気を上げる「請け太刀」って言葉があります。仕掛けるのではなく、相手が油断したり、何か失敗するのを待つ。横綱相撲もそうですよね。相手を受け止めてからどう返すのかっていう戦い方をするけれど、それと同じものを虎永に感じます。その“待つ強さ”を欧米の人は不思議に思うかもしれないし、“虎永は何を考えているのかわからない”という感じで理解に苦しむかもしれない。でも、彼のそのあたりの思考がわかるようになったら本作がより面白くなるんじゃないですかね。

宮下英樹

宮下英樹

──今回の虎永の言動は、これまでの映画やドラマで描かれてきた徳川家康のそれと比べても特殊なものではないわけですか?

ただ、映画やドラマの家康って敵に描かれることが多いから、今お話しした請け太刀をする姿はあまり描かれていない。だから僕が今マンガで描いているんですけど、虎永の場合は、勝利のために強い敵に立ち向かっていく数多ある戦国ものの主人公たちとキャラクター的にも少し違っていて。勝つことだけが目的ではなく、この地獄のような国をまとめるにはどうしたらいいのか? そういう国を治める王とはどんな人物なのか?といったところまで考えているような気がしましたね。

──そこが、石堂と決定的に違うところなんですね。

日本をひとつにまとめたいという思いは一緒なんですよ。ただ、石堂は若いこともあって、虎永のことがとにかく怖い。虎永ほど精神的に強くないので、相手を排除するという方法しか取れないわけですね。

平岳大演じる石堂和成(左)。

平岳大演じる石堂和成(左)。

──ほかに気になったところは?

鞠子の“宿命(さだめ)”という考え方ですね。その状況を受け入れる。あきらめる。そこは日本人の国民性だと思うし、常に希望を持って解決していこうとする欧米の人たちの思考とは異なるところです。でも、自然災害などの不条理な出来事を前にしたら、解決しようという気持ちではなく、受け入れざるを得なくなる。ただ、外国の人の多くが悪い印象を持つかもしれない“あきらめる”という行為を、僕は必ずしも否定的な意味では捉えてなくて。今の状況に対してはあきらめているんだけど、実はそれは地獄のような現状を打破する処世術のような気がするんです。自分たちがあきらめているということを知っている鞠子は、ほかの人たちと違います。戦国時代がどんな問題を抱えているのか客観的にわかっている彼女は、本作の鍵を握る人物だと思いましたね。

アンナ・サワイ演じる戸田鞠子。

アンナ・サワイ演じる戸田鞠子。

──セットや美術、世界観についてはどんな印象を持たれました?

大坂城などの建築物や大広間、鎧などがどこかおどろおどろしい悪魔的な姿形に僕には見えました。大名が大坂城に入っていく、第1話の序盤のシーンから強烈でしたね。映像的な迫力ももちろんありますが、そこには禍々しい美しさが感じられて、イギリスから来た按針が日本という煉獄に迷い込んだ話ということを画で印象付けていたような気がします。

人間たちの思惑だけではなく、もっと大きな歯車で物語が動いている

──按針のプロテスタント側と、イエズス会のカトリック側が敵対する流れの中で、按針を狙った女の殺し屋が虎永を間違えて襲うシーンもありました。

そういう文化の違いも楽しめますよね。自分の意見を主張する欧米の人たちに対して、さっきもお話ししたように日本人は秘密主義。希望を持って戦う彼らと違い、戦わずして待つ道を選ぶスタンスの違いもそうですけど、すべての事象が対比で描かれています。でも、それだけではないもっと特徴的な視点を本作では感じることができます。

第3話で虎永と按針が海で一緒に泳ぐシーンが出てきますよね。ほかにも虎永が按針を助けたり、逆に按針が虎永の命を救うシーンもありますけど、それらは単に友情によるものだけではなくて。第1話の冒頭のシーンを注意深く観ていればわかります。異国の人間である按針が日本に入ってくるあの一連で、もっと大きな“神の視点”が入っていることに気付くと思うんです。人間たちの思惑だけではなく、もっと大きな歯車で物語が動いているということを感じながら観てほしいですね。

──それが、2人が泳ぐシーンにも象徴的に表れているわけですね。

映画やドラマの物語ってどうしても人間の思惑で物事が動いているように見えますけど、歴史の視点で見ると、それ以外のものも作用している気がして。気候や経済の変動だったり、そのときの社会の状況によっても左右されると思うんですけど、この作品の場合はそれが異国の神の力。虎永は按針が大きな歯車のような存在で、彼がどうにもし難い地獄のような日本を動かすに違いないと察知したから親交を深めていったような気がするんです。なので、あの一緒に泳ぐシーンも、単純な友情だけではない、もっと大きな視点で観ていただきたいですね。

──作品全体に感じられる、それぞれの登場人物の死生観についてはどう思われましたか? 虎永の「死ぬとは、生きた証だ」といったセリフも出てきますが……。

それぞれのレイヤーがありますよね。単純に死にたくないっていう人もいれば、お家(主君)のために自分の命を懸ける虎永の親友・戸田広松(演:西岡德馬)もいる。虎永の息子の吉井長門(演:倉悠貴)からは戦国時代の地獄に耐えきれないんじゃないかな?という印象を受けましたし、虎永の場合は今おっしゃられたセリフの通りです。

西岡德馬演じる戸田広松。

西岡德馬演じる戸田広松。

倉悠貴演じる吉井長門。

倉悠貴演じる吉井長門。

下っ端の頃は死にたくない、どこまでも生きて出世したいという欲望だけで突き進むと思うんですけど、ある程度の地位に就くと、それが自分の生きざまをどう見せるのか?という、さらに上の思考に変わってくる。虎永の場合はまさにそういったレベルですから、戦に勝つことを目的にしているわけではないんです。

ダンテの「神曲」のような“地獄巡り”のエンタメ

──本作はノンフィクションではなく、史実にインスパイアされたフィクションです。宮下先生もそうした作品をマンガで描かれていますけど、史実をベースにフィクションのドラマを描くときの楽しさと難しさはどんなところにありますか?

歴史と、物語で魅せるマンガは、そもそもあり方が真逆なんですよね。歴史ってもともと目的を持っていないじゃないですか? 人も目的通りに動いていない。時代がこれを求めたから、これに向かって突き進んでいったという流れではないですよね。例えば、日本が開国したのも、開国を求めていたわけではなく、黒船が来たりして、ごちゃごちゃしているうちに開国しちゃったというのが本当のところ。でも、マンガや映画、ドラマなどのフィクションではそれだとわかりづらいので、主人公たちが何を求めて突き進んでいくのか? どういった流れでその戦いになったのか?といったことを明確にしていかなければいけない。ちゃんと理由付けをしていくわけですけど、そこが楽しくもあり、難しいところです。

宮下英樹

宮下英樹

──歴史の結果はわかっているので、そこから逆算して、どうしてそうなったのかを分析しながら物語を紡いでいくわけですね。

歴史上の人物は自分の意思通りに動いているわけではなくて、ただ、歴史に翻弄されているだけだし、起きたことに対処しているだけですからね。しかも、戦国時代の人たちはみんな嘘つきで、本心を語らない。そんな彼らを便宜的に動かしながら、どうやってエンタテインメントにするのか? そこを面白くなるように工夫するのが大変なところです。

──歴史を無視して、主人公を自分の意思で動く圧倒的に強いキャラクターにしたらいけないんですか?

それをやると、主人公がどんどん暴走するし、そうなると敵もどんどん強くなっちゃうわけです(笑)。歴史という枠組みで作品を構築するには、もう少し大きなものでストーリーを動かさなければいけないんですよ。

──「SHOGUN 将軍」の場合、それが神の視点だったというわけですね。

そうです。先ほど触れた2人が一緒に泳ぐシーンも、日本の神と西洋の神が和解する……いや、とりあえず探り合って、1つの光明が見えたシーンという受け取り方をするのがいいのかもしれません。

──地獄のような世界観で描かれた本作に、「救い」や「希望」を感じるようなシーンもありましたか?

先ほどもお話ししたことですが、鞠子はこの国に問題があることを客観的に気付いていて、それを按針に話しますよね。虎永も虎永で、時が来るのをひっそり待ちながら、なんとかしようと考えている。そんな彼らの歯車が噛み合ったときに、時代が、この国がどう動くのか? 鞠子と按針、虎永はそれを期待させてくれます。本作を欧米では当たり前の、例えばダンテの「神曲」のような“地獄巡り”のエンタメという視点で捉えたら、イギリス人の按針が戦国時代の地獄にさまよい込み、鞠子と出会ったことで大きな歯車が動き出すといった、本作のストレートな構成がわかるかもしれません。

宮下英樹

宮下英樹

プロフィール

宮下英樹(ミヤシタヒデキ)

1976年生まれ、石川県出身。2001年に週刊ヤングマガジンにて「春の手紙」でデビューし、第44回ちばてつや賞大賞を受賞した。著作に「ヤマト猛る!」のほか、戦国武将・仙石権兵衛秀久を描いた「センゴク」シリーズ4部作、番外編となる「センゴク外伝 桶狭間戦記」がある。現在、“関ヶ原の戦い”をテーマにした「大乱 関ヶ原」、ヨーロッパで勃発した“三十年戦争”を追う「神聖ローマ帝国 三十年戦争」を連載中。