おふざけかと思ったら…本格的な謎解き
──前半のミステリーパートについてはいかがでしたか?
しんちゃん映画だからもっとふざけた感じかなと予想していたら、思ったよりも本格的で(笑)。もちろんオチを含め全体的にはギャグではあるんですけど、ちゃんと納得できるスジと謎解きで、そのバランスがよかったですね。
──人狼ゲームや脱出ゲームがお好きな古市さんから見ても、物足りなくはなかった。
そうですね。人狼ゲームもミステリーも、突き詰めるほど一般の人にはわからない領域に入っていくじゃないですか。そういう意味では、誰もが謎解きを楽しめる範疇にうまく収めていて、バランスのよさを感じました。
──ちなみに古市さんは事件の犯人を当てられましたか?
あくまでも「クレヨンしんちゃん」の映画として観ていたので、犯人を当てようという気持ち自体、あんまりなかったです(笑)。でも風間くんや、(天カス学園のエリート生徒)サスガくんがおバカになってしまった理由については最後までずっと考えていたんですけど、まさかあんなオチとは(笑)。
──確かに。(天カス学園の生徒)チシオ、ろろ、番長など、周りのキャラクターたち全員が怪しい感じでしたよね。
ちゃんとミスリードもしていましたしね。あれだけ多くのキャラクターが登場しているのにみんなしっかりと個性があって、それぞれのドラマを見せられている。さすがだなと思いながら観ていました。
今に至るまでずっと青春してます
──本作では“青春”が重要なキーワードですよね。
象徴として、焼きそばパンがすごくおいしそうに描かれていたのが印象に残っています。僕自身は学食を使った経験がないので全然ピンと来なかったんですけど、あれだけみんなが焼きそばパンに殺到していたら、ちょっと食べたくなります(笑)。
──こういう汗臭い青春もいいものですか?
こうして映画で追体験するくらいがちょうどいいかなって(笑)。実際の青春って、勉強も運動もしないといけないし、かつ恋愛もしなきゃというプレッシャーもあったり。お金も自由も少ない。それこそチシオの「走ると変顔になる」みたいなコンプレックスで悩んでいる人もいると思いますし。
──大人からすれば小さいことでも、当時は本気で悩むんですよね。
だからこそ、そんな中でしんちゃんたちがどこまでも自由に楽しそうに振る舞うのが痛快なんですよね。世界中の児童文学の王道って、“ここではないどこかへ行く物語”なんですが、しんちゃん映画もまさにそうですよね。その自由さ、奔放さは大人になった今でも素敵だなと思います。
──ちなみに古市さんは学生時代、“THE 青春”していましたか?
学生時代というよりも、なんなら今でも青春の最中です(笑)。大人になると自由に使えるお金が増えるので、やれることの幅も広がりますし。こんなご時世になる前までは……例えば平成から令和になるタイミングでは、花火師がいなくてもできる打ち上げ花火をして、みんなでマイクロバスを貸し切って東京を周り、初日の出を(千葉県の)犬吠埼まで見に行ったり。ずっと“THE 青春”みたいなことをしています。
しんちゃんは“歳を取らない同級生”
──今回Blu-rayとDVDが発売されますが、改めて観直したいシーンはありますか?
ミステリー仕立てなので、そこはもう一度じっくり観てみてもいいかなと思います。あと最後のマラソンシーンも。映画館で泣いた人は、きっと何回観ても号泣するんじゃないかと思います。あの号泣していた大学生にプレゼントしたいくらいの気分です。
──最後になりますが、古市さんは「クレヨンしんちゃん」のどんなところが最大の魅力だと感じますか?
やっぱり気楽なところですかね。大人が泣けるエピソードもたくさんありますけど、基本的にはギャグ作品なので、子供から大人まで気負わずに楽しめますし。劇中で起こるどんな問題も持ち前の楽観力でラクラクと突破していくので「人ってこんなに気楽に生きてもいいんだ」と思わせてくれるんです。そこが一番の魅力だと思います。
──元気や勇気をもらえるのは間違いないですね。
あともう1つあって。これは当たり前ですけど、しんちゃんたちがずっと変わらないこと。ひとたび作品世界に入れば、そこには僕が子供の頃から知っている世界がある。それってすごい価値のあることだと思って。まったく歳を取らない同級生に会うような安心感があるし、逆に自分がどれくらい変わったのかもわかる。僕はすでに(しんちゃんの父)ひろしの年齢を追い越してしまっていて、それは感慨深くもあるし寂しくもあります。これから先も、しんちゃんを観ては今の自分の立ち位置を確認していくんでしょうね。「クレヨンしんちゃん」は僕にとって、そういう基準点でもあるんです。
- 古市憲寿(フルイチノリトシ)
- 1985年1月14日生まれ、東京都出身。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。2011年、現代日本における若者たちの世代間格差や就職難をテーマとした著作「絶望の国の幸福な若者たち」が反響を呼ぶ。2014年、日本学術振興会の育志賞を受賞。2018年に自身初の小説「平成くん、さようなら」を発表した。主な著作に「だから日本はズレている」「誰も戦争を教えてくれなかった」「絶対に挫折しない日本史」「楽観論」、小説「アスク・ミー・ホワイ」など。内閣府国家戦略室「フロンティア分科会」部会委員、「経済財政動向等についての集中点検会合」委員、内閣官房行政改革推進本部事務局「国・行政のあり方に関する懇談会」メンバー、内閣官房「クールジャパン推進会議」委員などを歴任する。