擬似家族でもシスターフッドでもない、綾瀬はるかと大沢一菜の親和性
“ルート29”こと国道29号線は、兵庫県の姫路市を起点にして、鳥取市まで日本列島を輪切りにするように縦に伸びる道。その全長118kmの道のりを、のり子とハルは一緒に旅をする。目的はハルを心を病んで病院に入院している母親に会わせるため。のり子を演じるのは綾瀬はるか。ハル役は森井勇佑監督の前作「こちらあみ子」であみ子を演じた大沢一菜。この作品で共演するのは運命だったに違いないと思うほど、2人は親和性を発揮してスクリーンの中で共存している。
映画の冒頭、修学旅行中の中学生3人が、こっそりタバコを吸うために路地に入ると風が吹く。そこでタバコの火をつけるために風除けにしたのが、看板のように突っ立っているのり子。他人から気づかれない存在感のなさが彼女のキャラクターを伝えている。一方、いつもローラースケートで街を走り抜けているハルも、のり子と同じように人々の視線にはとまらない存在だ。ハルは山の中に自分の世界=秘密基地をもっていて、シャケ師匠という謎の仲間がいる。ハルに「トンボ」と命名されたのり子はハルの世界の住人になり、一緒に旅をする。そして、2人を乗せた車が山中に入る頃には陽が暮れて、次第に妖しい気配が映画に漂い始める。
2人が食事をするために入った不気味なドライヴインに現れる、犬を連れた不気味な赤い服の婦人、ひっくり返った車の中にいたじいじ、人間嫌いで山中をさまよう父子など、奇妙なキャラクターが次々と登場。彼らは幽霊や異界の住人のようにも思えて、まるでハルの世界が国道29号線沿いに拡張されていくようだ。ひとつひとつのエピソードは、原作である中尾太一の詩集「ルート29、解放」に触発されて森井監督が映像で綴った“詩”であり、撮影を担当した飯岡幸子が撮る風景は生き物のようにざわざわとうごめいている。
異界のようになった山の中では、死者も生者も、動物も人間も平等だ。だから、のり子はフクロウと会話することができたのだろう。映画を観ながら「鏡の国のアリス」に出てくる“名無しの森”を思い出した。名無しの森に入ったものは自分の名前を(自分が誰かを)忘れてしまい、森でアリスは仔鹿と仲良くなる。でも、森を抜けると仔鹿はアリスが人間なのを思い出して逃げてしまう。「ルート29」も山を抜けてからは寓話めいた物語にシリアスさが加わっていく。
Bialystocksの音楽とともに、森井勇佑が描く死との向き合い方
考えすぎて自分のことがわからなくなっていくのり子の姉の長い独白は、ハルの母親に通じる心の闇を感じさせる。そして、街中でハルとはぐれたのり子は、これまで見せたことがないほど強い感情に突き動かされてハルを探して走り回る。姉から「人のことをなんとも思っていない」と言われたのり子に、旅を通じて大きな変化が生まれたようだが、そこでのり子は子供の事故現場を目撃して凍りつく。夜の商店街のひんやりした空気感。人々が見上げる赤い月。そういったものから伝わる死の気配。街の喫茶店では老人たちが「生きてる」「死んだ」と話しながら写真を分けるゲームをしているが、旅のゴールに近づくにつれて物語に漂っていた死の気配が濃くなっていく。
本作の音楽と主題歌の「Mirror」をBialystocksが担当しているが、メンバーの甫木元空が監督した映画「はだかのゆめ」(2022年)も、生と死の境界を行き来する幻想的な物語だった。森井監督は「はだかのゆめ」を観てBialystocksに音楽を依頼しようと思ったそうだが、映画のテーマや描写に触発されたところがあったに違いない。生と死の境界を旅するのり子とハルの冒険を通じて、森井監督は自分なりの死との向き合い方を描いた。病院で「私はもう死んでいます」と呟く母親に、ハルが語りかける言葉が監督の想いを伝えている。
また、興味深いのはのり子とハルの関係だ。のり子とハルは擬似家族でもシスターフッドでもない不思議な関係だが、映画を観ているうちに次第にハルとのり子が似ているような気がしてきた。のり子はひとりで生きているけれど、ハルと同じように自分の世界を持っている。彼女が日記のように身の回りに起こったことを書き込んでいるメモ帳は、自分の世界にアクセスする端末だ。のり子は子供の頃はハルみたいに自分の世界で遊ぶ子供だったのが、いつの間にか周囲にシンクロできなくなって(大人になれなくて)、孤立してしまったのかもしれない。
ハルとのり子が夢で見た砂漠に浮かぶ魚。本来、いるはずがない場所にいる魚は、社会からはみ出してしまったハルとのり子を表しているようにも思える。森井監督の前作「こちらあみ子」のあみ子も“砂漠の魚”だった。そういう人々は世の中にたくさんいるはず。映画のラストでハルの前に不思議な光景が現れるが、「ルート29」は砂漠で泳ぎ続ける魚のような人々をイマジネーションの海に解き放つ物語だ。
プロフィール
綾瀬はるか(アヤセハルカ)
1985年3月24日生まれ、広島県出身。2000年デビュー。2004年放送のドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」で注目を浴び、2007年に「ホタルノヒカリ」で連続ドラマ単独初主演を飾る。2013年には大河ドラマ「八重の桜」で主演を務めた。主な出演作としてドラマ「白夜行」「JIN -仁-」「きょうは会社休みます。」「奥様は、取り扱い注意」「義母と娘のブルース」「天国と地獄 ~サイコな2人~」、映画「僕の彼女はサイボーグ」「ハッピーフライト」「おっぱいバレー」「海街diary」「今夜、ロマンス劇場で」「はい、泳げません」「レジェンド&バタフライ」「リボルバー・リリー」がある。
ニット 税込3万8500円 / テラ(ティースクエア プレスルーム)
パンツ 税込4万700円 / テラ(ティースクエア プレスルーム)
ベルト 税込2万900円 / テラ(ティースクエア プレスルーム)
シューズ 税込17万4900円 / ジャンヴィト ロッシ(ジャンヴィト ロッシ ジャパン)
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〈協力〉
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ジャンヴィト ロッシ ジャパン(03-3403-5564)
エルディスト(03-4361-7243)
森井勇佑(モリイユウスケ)
1985年生まれ、兵庫県出身。日本映画大学映像学科を卒業後、映画学校の講師であった長崎俊一による「西の魔女が死んだ」に演出部として参加し、映画業界でのキャリアをスタートさせる。以降、大森立嗣をはじめとする監督たちの現場で助監督として経験を積んだ。監督デビュー作となった「こちらあみ子」(2022年)では、第27回新藤兼人賞の金賞、第32回日本映画プロフェッショナル大賞の作品賞、第14回TAMA映画賞の最優秀新進監督賞に輝いている。