「ルート29」綾瀬はるか×森井勇佑インタビュー|映画で描きたかったのは“心の旅”、個であること・大人になることについて語る

綾瀬はるかが主演を務めた映画「ルート29」が11月8日に東京・TOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開される。

本作は、他者と必要以上のコミュニケーションを取ることのできない“トンボ”ことのり子が、風変わりな女の子ハルと旅に出て絆を深め、さまざまな人と出会うロードムービー。少しずつハルとの絆を深めていく中で、空っぽだったトンボの心に喜びや悲しみの感情が満ちていくさまが描かれる。綾瀬が清掃員のトンボに扮し、彼女と旅をするハルを「こちらあみ子」の大沢一菜が演じた。

映画ナタリーでは、主演の綾瀬と、「こちらあみ子」で第27回新藤兼人賞金賞などに輝いた監督・森井勇佑のインタビューをセッティング。綾瀬が出演しようと思った理由のほか、“個として存在すること”や、大人と子供の境界線について語ってもらった。映画・音楽評論家の村尾泰郎によるレビューとあわせて楽しんでほしい。

取材・文・レビュー / 村尾泰郎撮影 / 間庭裕基

映画「ルート29」予告編公開中

綾瀬はるか×森井勇佑インタビュー

綾瀬さんはいつも“個”であり続けている人なんじゃないかな(森井)

監督デビュー作「こちらあみ子」(2022年)でさまざまな映画賞を受賞して脚光を浴びた森井勇祐。新作「ルート29」は、中尾太一の詩集「ルート29、解放」からインスパイアされた物語だ。鳥取で清掃員の仕事をしていたのり子は、仕事先の病院で出会った女性に頼まれて、兵庫・姫路で暮らしている娘のハルを病院まで連れてくることになる。2人が旅をするのは姫路と鳥取をつなぐ国道29号線。そこでのり子とハルはさまざまな出会いをする。主役ののり子を演じるのは綾瀬はるか。今回、初めての顔合わせとなった森井と綾瀬に話を聞いた。

「ルート29」より、左からのり子役の綾瀬はるか、ハル役の大沢一菜

「ルート29」より、左からのり子役の綾瀬はるか、ハル役の大沢一菜

まず興味深いのは、詩集が映画の出発点になっているということだ。森井監督は国道29号線を1カ月旅しながら構想を練ったというが、詩をどんなふうに物語に昇華させていったのだろう。

森井勇佑 僕は本を読むとき、特に意味や物語で語っていないものを読むとき、イメージで考えることが多いんです。中尾さんの詩を読んだときに、頭の中に浮かんだイメージがあって。1本道があって、その周りを言葉がざわざわしているんです。なぜ、そう感じたかというと詩集が多数の声について書かれているように思えたからなんですよね。だから、詩の持っているポリフォニックな感じ、いろんな宇宙がある感じを、映像に落とし込めたらいいなって思ってました。

森井勇佑

森井勇佑

綾瀬はるか 「ルート29」の脚本を初めて読ませてもらったとき、そこに流れている優しい時間に触れて、気が付いたら涙が流れていました。「ルート29」の話をいただくまで、1年くらい映画やドラマの仕事を休んでいたんです。次にやる作品は何か縁を感じたものにしたいと思っていたんですけど、この作品だったら、すっと入っていけそうだなって思いました。のり子の生き方とか、毎日ノートに書き込んでいる感じとかも面白かったし、のり子以外のキャラクターも気になる人たちばかりでした。

綾瀬はるか

綾瀬はるか

そんなユニークなキャラクターたちの中に、綾瀬が自然に溶け込んでいることに驚かされる。主役でありながら必要以上に存在感を押し出さず、時には風景の一部になっている。これまで彼女が演じたことがなかったようなキャラクターだが、森井はなぜ彼女に声を掛けたのだろう。

森井 これがうまく言葉にするのが難しくて。その質問を聞かれるたびに考えて、何度も言ったことを撤回したりしているんですけど(苦笑)。

綾瀬 寂しそうに見えたとか。遠くを見ている感じがしたとか、おっしゃっていましたよね(笑)。

森井勇佑

森井勇佑

森井 とにかく、綾瀬さんは何か特別な存在なんですよ。いつも1人な感じがある。それは孤独というのではなく。どこにも属していないというか。

綾瀬 友達少ないですしね(笑)。

森井 そうなんですか。僕も少ない(笑)。

綾瀬 同じだ! けっこう、女優さん同士って仲が良くて。でも、そういうところにすっと入っていけないんですよ。

森井 きっと、綾瀬さんはいつも“個”であり続けている人なんじゃないかな。

個であること。それは「ルート29」の物語に通じるところがある。のり子は清掃会社で働きながら同僚とは交流していない。いつも1人でいる。一方、ハルは友達と遊ばず、自分だけの秘密基地を持っている。タイプは違うけれど、のり子とハルはどちらも個として生きている。ハルを演じるのは森井監督の前作「こちらあみ子」でヒロインのあみ子を演じた大沢一菜。のり子とハルが初めて出会うシーンが印象的だ。茂みの中で見つめあう2人のカットバック。2つの個がそこで出会う。

森井 一菜も綾瀬さんと同じで個でいられるやつなんですよ。ずっと自分自身でい続けることができる。一方、綾瀬さんがすごいのは、一菜と対峙したときに、のり子でしかない存在としてそこにいれることなんです。だから、一菜と綾瀬さんは個と個として向き合っていた。綾瀬さんは“個の人”なんじゃないかな、と思って声を掛けたんですけど、自分の予感は当たっていたなと思いましたね。どうやっても個になりきれない人ってけっこういる気がして。

綾瀬 個じゃない人ってどういう人なんだろう。

左から綾瀬はるか、森井勇佑

左から綾瀬はるか、森井勇佑

森井 どういう人なんでしょうね。もちろん、人はみんな個なんですけど、綾瀬さんは個の濃さが濃いというか。

綾瀬 “個の濃さが濃い”って早口言葉みたいですね(笑)。

綾瀬が台本に惹かれた理由の1つは、のり子も綾瀬と同じように“個の人”だったからかもしれない。のり子と綾瀬はタイプも社会との関わり方も違うけれど、綾瀬は個の人だからこそ、のり子が抱えている孤独を敏感に感じることができた。

綾瀬 のり子は自分から人と交わらずに淡々と生きている人。そのことを心のどこかで寂しいと思っていたのかもしれない。だからハルとの旅を通じて、いろんな感情が生まれて変わっていったんじゃないでしょうか。台本を読んだときに、のり子はハルと出会えてよかったなって思いました。

綾瀬はるか

綾瀬はるか

大人になるってどういうことなんでしょうね(綾瀬)

綾瀬はのり子を演じるとき、森井監督が掛けた言葉がとても印象に残っているという。

綾瀬 例えば「心に隙間がある感じでお願いします」とか、監督の言葉は忘れないようにメモしていました。撮影ではテストをせずにすぐに本番。「自分で感じたタイミングで演じてください」と言ってくださったので、段取りで演じるのではなく、のり子の気持ちでセリフを言うことができたんです。きっと監督は生々しい感情を大切にされているんでしょうね。

本作では、のり子をはじめ登場人物たちが声を張らずにつぶやくようにしゃべる。まるで彼らの心の声に耳をそばだてているようだ。

綾瀬 撮影を始めた頃、監督に「のり子の中には宇宙があって、それで心が満たされているんです」と言われてからは、いつも家に1人でいるときの感じでセリフをしゃべろうと思っていました。

森井 「あまり演じないでください」とか「こういうふうに立ってください」とか。こっちが具体的に言うと綾瀬さんは、きっとすぐにできる。でも、それだと型になってしまうんですよ。綾瀬さんの内面から出てくる演技にしたかったので、現場ではのり子の内面の話ばかりしていました。それも心理的な話ではなく、イメージを伝える感じでしたね。

森井勇佑

森井勇佑

本作で存在感を発揮しているのが子供たち。ハルをはじめ生き生きした子供たちのセリフが面白くて、それがハルの魅力にもつながっている。監督が子供の感性を持ち続けているからこそ、本作や「こちらあみ子」で不思議な世界を描くことができたのではないだろうか。

森井 大人のセリフと子供のセリフの違いは、子供のほうがストレートなことです。大人のセリフは相手の気持ちの探り合いみたいなところがありますが、子供は思ったことをそのまま言ってる。確かに子供を描くのは好きなのかもしれないですね。

綾瀬 一菜ちゃんが、「監督は子供がそのまま大きくなった人」って言ってましたよ。すごく説得力あるな、と思いました(笑)。

綾瀬はるか

綾瀬はるか

森井 それ、最近悩んでることなんですよ。そろそろ40代になるのに、ずっと子供の頃から地続きな感じなんですよね。子供の頃は、もっといろいろあるんじゃないかって思っていたんですけど。

綾瀬 子供の頃の自分が、ずっと自分の中にいるっていうことですか?

森井 そうなんですよ。大人になるってどういうことなんだろうって考えちゃうんですよね。

綾瀬 監督はちゃんとしてますよ。締めるところは締めてるし、自分がやりたいことをしっかり考えて妥協せずに追求している。しかも、丁寧で優しい。子供の頃と変わらないとしても、ちゃんと大人だと思いますよ。

森井 そうなんでしょうか。綾瀬さんは大人になれたと思いますか?

綾瀬 そこは怪しいところです(笑)。すごく子供っぽいと思うんですよ。思ったことをすぐ言ってしまって、あとからもっと別の言い方があったのになって反省するんです。そうかあ、確かに大人になるってどういうことなんでしょうね……。

実際の旅というより、心の旅を描きたかったんです(森井)

森井も綾瀬もマイペースで個性的。そんな2人の話を聞いているうちに、さまざまな個が共鳴して「ルート29」という大きな宇宙を生み出したように思えてきた。のり子とハルを筆頭に、登場人物たちも「個が濃い」。個を選んだ者もいれば、個でしか生きられなかった者もいる。そんな個の声がポリフォニックにざわめいている。できあがった作品を観て綾瀬はどんな感想を持ったのだろう。

左から綾瀬はるか、森井勇佑

左から綾瀬はるか、森井勇佑

綾瀬 生きているのか死んでいるのかわからない、奇妙な人たちがいっぱい出てくるんですけど、みんな愛おしいんですよね。そして、みんながつながっている気がして。だから、死っていうのは怖くないな、と思ったし、生きているっていいなとも思いました。そして、観終わったあとに、人生ってこういうものなのかなって感じました。

森井 めちゃくちゃいい感想。素敵です。この作品はロードムービーではあるけれど、実際の旅というより、心の旅を描きたかったんです。

旅が進むにつれて風景が変化するように、キャラクターの内面も変化する。「ルート29」は登場人物たちを通じて観客が自分の心を旅する映画だ。

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村尾泰郎 レビュー