映像業界の人材育成を目的とした新たな教育サービス“Production Camp”が2024年4月11日に開講した。
これまでに映画プロデュース、美術、演出、衣装、制作などで映像業界に幅広く携わってきた会社dexiが運営・監修する同スクール。dexiならではのノウハウをもとに、現場の実態を効果的に学べるカリキュラムが開発され、現役で活躍するプロフェッショナルたちが講師を務めている。
映画ナタリーでは、Production Campで学べる内容を全3回の特集で紹介する。第1回では、同スクールを立ち上げたdexiの代表・伊藤正美と、映画プロデューサーとして「私立探偵 濱マイク」シリーズなどを手がけ、2025年4月には「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」の公開を控える古賀俊輔の対談をセッティング。詳しい講座内容のほか、“現場主義”なProduction Campに込めた思い、映像制作に携わるための心構えを語ってもらった。これから映像業界を目指したい人や、すでに現場で活躍しながらほかの職種にも関心がある人は要チェックだ。
文 / 脇菜々香撮影 / 清水純一
映画やドラマといった映像制作者を育てるための養成スクール。オンライン講座とオフライン研修を組み合わせ、知識の習得だけでなく現場での動き方やルール、立ち振る舞いを身に付けることに主眼を置いたカリキュラムで構成されている。
講座内容は、映像制作におけるプロセスや役割分担を学べる基礎講座のほか、制作・演出・美術の専門知識に特化した専門講座、そしてプロと一緒に短編映画制作に参加できる研修を用意。講座は好きなタイミングから受講が可能で、短編映画制作研修はオンライン講座を修了した人を対象に年4回実施される予定だ。
プロフィール
古賀俊輔(コガシュンスケ)
1960年生まれ、兵庫県出身。映画プロデューサー。テレビ番組の制作、ビデオの販売・流通、レコード会社を経て、2007年に映像作品の企画・制作を手がける会社ザフールを設立する。主なプロデュース作品に「私立探偵 濱マイク」シリーズ、Netflixシリーズ「火花」、「遠くの空に消えた」「円卓 こっこ、ひと夏のイマジン」「多十郎殉愛記」「PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~」「ラストターン 福山健二71歳、二度目の青春」などがある。2025年4月には萩原利久と河合優実の共演作「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」の公開を控えている。
伊藤正美(イトウマサミ)
Yohji Yamamotoでのアパレル経験ののち、2006年にスタイリスト・映像制作事務所dexiを立ち上げ、代表取締役を務める。年間50本以上の映画・ドラマ制作に携わり、齊藤なぎさ・鈴木伸之・飯豊まりえ・市原隼人が主演したオムニバス映画「夏の夜空と秋の夕日と冬の朝と春の風」では映画の幹事プロデューサーを担った。また数々の舞台衣装・CM衣装の製作・デザインを手がけ、企業プロモーションでは企画からクリエイティブ制作まで一貫して担当。広告からエンタテインメントまで、あらゆる媒体の企画、プロデュース、クリエイションに携わっている。日本映画・テレビ美術監督協会の会員で、日本映画装飾協会では理事、DEXIスタイリストスクールでは代表を務めている。
Production Campは、“こういうのを知りたかった”っていう僕の生の声(伊藤)
──まずはお二人それぞれの現在の仕事と、映像業界に入ったきっかけを教えていただきたいです。
古賀俊輔 現在は株式会社ザフールという映像の企画・制作の会社で映画のプロデューサーとして仕事をしています。制作の依頼を受けたものを予算通りに成立させる以外に、自分たちがやりたい企画を持ち込むこともあります。全体の比率でいうと、6~7割は受注した仕事をやっていますね。
──どんなお仕事でキャリアをスタートさせたのでしょうか?
古賀 広い範囲で映像って考えると、最初はテレビの制作会社にアルバイトで入って、ビデオやテレビ番組の制作、海外から作品の権利を買ってくる仕事をしていました。ビデオの会社を作って独立した上司に付いて行ったあと、流通の販売会社に移って働いていたら、レコード会社から「映像部で売り上げが上がるように新しいことやりたい。君の評価は1年後にする。このレコード会社に何があったら面白いか考えてくれ」と声を掛けてもらったんです。映画の企画を考えて、実写とアニメ両方やりたいって言ったら「どっちかにしろ」と怒られ、悩んだ末に実写にしたんですよね。31歳のときに初めて映画プロデューサーとして仕事をしました。ヒットしなかったらもう映画はやっていなかったと思います。
──伊藤さんの今のお仕事と、Production Campを立ち上げたきっかけを教えていただけますか?
伊藤 スタイリスト事業や映像の制作・演出・プロデュース事業を行う株式会社dexiの代表取締役をしています。今は東京ゲームショウの衣装を作ったり、映像作品の制作をしていますが、そもそも僕は30歳までアパレル業界にいたんです。Yohji Yamamotoで10年間働いたあと、スチルカメラマンの友達とワンルームを借りて、広告のことは何もわからないけどとにかく「写真撮れますよ」「スタイリストいますよ」と言ってこの会社を始めました。最初は業界用語すら知らなくて……。宣材撮影の依頼をいただいたんですけど、僕は「アタック(洗剤)の依頼が来たぞ」って言って(笑)。
古賀 ははは(笑)。
伊藤 広告代理店の経験もないし制作会社にもいたことがないからわからなくて、「こんな撮影がしたいんです」って言われても、カメラマン以外に僕しかいないから「じゃあ場所探さなきゃ」「人探さなきゃ」って動いて。やるしかないからやっていたことですが、今思えばいつの間にか制作の仕事をしていた感じです。3、4年経って、小学生の頃からずっと好きだった映画の仕事もやりたいと思い、ある会社の依頼で初めて衣装で映画の制作現場に入りました。映画業界では衣装・持ち道具などセクションが分かれていると知らなかったから、広告の世界と同じように装備品まで含めた全身分を用意したら喜ばれたりして。異業種・未経験だった30歳の私がスタイリストや制作、プロデュースのさまざまな仕事を“経験”する中で徐々にいろんなことを学んでいったのですが、やっぱりたくさん苦戦しました。どのセクションも自分の部署のことでいっぱいいっぱいだからほかの部署のことなど知らないまま仕事をしてるのでトラブルも起きやすい。作品作りをするうえで部分的にだけ参加するよりも全体像がわかってたほうが絶対に楽しいし、やりがいがあります! “見て学ぶ”しかないから、ルールを知らないまま仕事をしている人がほとんどなので、これは学べる環境を作らないと!と思いました。Production Campは、“こういうのを知りたかった”っていう僕の生の声なんですよ。
──そんなお二人の出会いは?
伊藤 古賀さんと最初にご一緒したのはCM撮影の仕事で、会社としては映画の衣装部として発注をいただいたのが最初です。
──この業界ではスタッフ同士が一度きりの出会いも多い中で、何度も仕事をともにされていますよね。お互いのどんなところを信頼していますか?
古賀 僕の立場で言うと、伊藤さんはスタイリストっぽくないですね。物事を俯瞰で見ていらっしゃるので、プロデューサーに近い感じがします。人によっては「自分はこれしかやらないです」みたいなスタンスだったり、演出に文句を言う人もいるのですが、伊藤さんは全体を見て、大変そうな場面は「こっちでやっちゃいましょうか?」って自ら引き取ってくれる。ただのスタイリストじゃないですよ。
伊藤 僕はドキュメンタリーや映画のメイキングも好きだから、いろんな監督とかプロデューサーの話も知っているけど、古賀さんは「美しいPVのような映画にしたい」「ドキュメンタリーっぽく生々しく」といったイメージに合わせて、今回はこの会社にお願いしよう、この技術さんを入れよう、とたくさんある手札から選んで作られているから、いい作品になるんですよ。スタッフのレイアウトがすごくうまい。打ち合わせのときの立ち振る舞いから本物のプロデューサーだなと思い、憧れです。
“現場に出たときにはもうあなたはスタッフの一員ですよ”という教え方(古賀)
──古賀さんも特別講座の1つを担当していらっしゃいますが、このProduction Campの内容についてどう感じられましたか?
古賀 考え方を聞いて、「それは絶対にやったほうがいい」と言いました。今、日本映画製作者協会の副理事をやっているんですが、理事会でもそういうテーマが出るんです。映像制作について学べる大学や専門学校はたくさんあるけど、いざ現場に来ても多くの人が辞めていってしまう。理由はいろいろあると思うんですけど、知識だけでは映画は成立しないし、昔のように“映画とは”と語ること自体に意味がない時代。結局教えなきゃいけないのは、具体的な動き方と考え方、そして人間力を高めることなんです。それがProduction Campでは体現されているなと思います。
──これまでの専門学校や大学などと比べてより現場主義ですよね。
伊藤 根本的なことなんですけど、スタイリストで言うと、独り立ちする前にアシスタント時代がありますよね。でも専門学校では、アシスタント時代のアイロンがけや品番の書き方など雑多な仕事について教える機会が少ない。映画の学校でも、映画の撮り方や歴史、機材の使い方などは教えると思うんですけど、実際の現場に落とし込んで細分化したセクションの“末端”のすべてに触れるのはなかなか難しいじゃないですか。それを全部教えるんです。僕ができなかったこと、苦労したこと、“みんなにこうなってほしいな”が全部入っています。知識がないだけで現場の雰囲気を悪くしてしまうこともあるので必死に教えます。
──オンライン授業を見せていただいたんですが、制作部や演出部など部署ごとに何を意識して台本を読まないといけないかなど、細分化されたカリキュラムに驚きましたし、スタイリストさんの話では「そうか、登場人物が着ている衣装だけじゃなくて、ハンガーで干されている服やたんすに入っている服まで画面に映る衣類はすべて用意しないといけないんだ」とはっとしました。たくさん映画を観ていても、スタイリストの勉強をしていてもなかなか気付けないですよね。現場に入ってから教えてもらうのもハードルが高いと思います。
古賀 映画業界って徒弟制度みたいなところがあるけど、現場で少しずつ教えてもらって経験し、昇進していくというやり方だと時間が掛かるんです。Production Campでは“現場に出たときにはもうあなたはスタッフの一員ですよ”という教え方をしている。会社でいうと入社前に自分の部下を育てている感じ。
──それは目指す人にとっても業界にとってもいいことですよね。
古賀 そう思います。
1つの職種が合わなくてもこの業界をあきらめてほしくない(伊藤)
伊藤 ただ僕は悔しかったんです。映画が大好きで映画業界で仕事をしたいと思って飛び込んだけど、衣装部ってあまり打ち合わせ(プリプロ)に参加させてもらえないんですよね。
古賀 役割分担が明確になってるからね。
伊藤 僕は服を選ぶならロケーションを見たほうがよりシチュエーションに合ったコーディネートを組めると思うし、何時に撮るのか、夕景なのか、朝なのかで変わってくるだろうって思うんだけど、そういったことはなかなか気にしてくれない。だから、どんどん守備範囲を広げないと自分の存在意義がないと思ったんです。
──その経験が、講座の専門コースにかかわらず各部署の基礎を学べることにつながっているのでしょうか?
カリキュラム例
業界・職種基礎講座
プロデューサー、演出部、制作部、照明部、持ち道具、ヘアメイクなど、それぞれの職種についての基礎知識を学ぶ。
共通講座・制作コース(専門講座)
基本的な業界用語の解説、衣装・美術打ち合わせでの立ち振る舞い、現場でのNG行動など、映像制作に関わるすべての人が“知っておかなければならないこと”を学ぶ。
伊藤 そうですね。僕は、ジョブチェンジはありだと思っています。1つの職種が合わなくてもこの業界をあきらめてほしくないから、現場で隣の芝生が青く見えたならやったらいいと思う。でも助監督の徒弟制度、制作部の徒弟制度って縦で割られちゃうと、別の部署のことがわからないからジョブチェンジしづらい……。だったら、全部の要素を1回教えてしまって、今興味があることをやってみよう、やってみてなんか違ったら次は別のセクションをやってみよう!と。そうやって変わっていっていいと思うんです。
古賀 映画ってチームで作るけど、規模が大きくなればなるほどほかのセクションは知らない、となってしまいがちだもんね。全部できないといけないというわけではなく、ほかのセクションがどんなことを考えて動いているのかわかることが大事な気がします。それで言うと、助監督を経験してきた監督と経験していない監督ではまったく違うんですよ。助監督を経験した監督は、例えば美術部が何をやっていてどれくらい大変かわかっているけど、経験していない監督は自分のことで精いっぱいになってしまいがちです。
──講義でも、各部門のプロフェッショナルがほかの職種を志している人に対して「こういう大変さに気を使ってほしい」と伝えているのが印象的で、当たり前ですが大事なことだなと思いました。また、オンライン講座だけじゃなくて、実地研修もあるんですよね。
伊藤 うちでは、1クールごとに10分ぐらいの短編映画を作ります。生徒たちだけでなくプロも呼んで、約2週間掛けて自分が経験したい部署で映画制作ができる。実際の現場だと「今何をやってるんですか?」「あの人誰ですか?」ってなかなか聞けないじゃないですか(笑)。それでもいいよっていう現場を用意するんです。
──いきなり現場に入るのは不安もあるので、この研修があるのはうれしいです。
伊藤 手を動かしてみないとわからないことがいっぱいあるし、広告と映画でも全然違うんですよね。制作部の仕事、美術の仕事、照明部もそう。どこまでこだわれるかは、CM、映画、ドラマという現場ごとに違うし、時間や予算でも変わってきます。
短編映画制作研修で“現場デビューの予行練習”
約2週間の短編映画制作を通じて、オンライン講座で学んだ知識のおさらいと現場での実際の動き方を学ぶ研修。年4回実施予定。
課程終了後もサポートが充実
・現場デビューまでお手伝い
マナー講習および面談のあとはdexiが案件の紹介、マッチングまで行う。
・「Campers Caravan(キャンパーズ・キャラバン)」
現場デビュー後も卒業生とプロのクリエイターたちがつながるコミュニティ。案件の紹介やワークショップなどを実施。
──ちなみに、これまで映像制作の現場で出会った印象的な人はいますか?
古賀 僕は、去年亡くなった中島貞夫監督です。彼の最後の作品である時代劇「多十郎殉愛記」でご一緒させてもらいました。予算は多くなかったけど、レジェンドなのでうちのスタッフ全員が「やりたい」と手を挙げて、京都撮影所のスタッフも「僕たちがやらないと」と協力し、なんとか最後に監督に映画を撮らせてあげたいっていう、こんな映画作りは経験なかったですね。主演の高良健吾もその1人。「ちゃんばらを学びたい」「伝統を受け継ぎたい」と言っていました。監督も“高良ちゃん、高良ちゃん”ってかわいがっていましたよ。いつも優しい方なのに、スケジュールがハマらないから台本を切りたいと伝えたときは「切るとこはないな」って言われて「くっそー」と思いました。いい思い出です(笑)。
──この業界で続けていたらそんな瞬間も訪れるんですね。
古賀 経験できて、すごくうれしかったですね。
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センスってたぶん執着心から生まれてくる(古賀)