第72回カンヌ国際映画祭ある視点部門に正式出品され、フランスの第45回セザール賞でムニア・メドゥールが新人監督賞、リナ・クードリが有望若手女優賞を獲得した映画「パピチャ 未来へのランウェイ」が10月30日に公開される。
1991年に始まったアルジェリア内戦下の“暗黒の10年”を背景にした本作は、ファッションデザイナーを夢見る大学生ネジュマを主人公に据えた物語。過激派のイスラム主義勢力の弾圧に屈することなく、自由と未来をつかみ取ろうと命懸けで奮闘する彼女の姿が映し出される人間ドラマだ。
映画ナタリーではファッションを深く愛する女優の橋本愛にインタビューを実施。“自分らしく闘おう”とするネジュマの姿勢や生き方、また橋本が考える社会への声の上げ方を語ってくれた。
取材・文 / 折田千鶴子 撮影 / 入江達也
ヘアメイク / ナライユミ
闘うことは、目的ではなく手段
──本作をご覧になられて、まず何を感じたか教えてください。
本当にいい映画で、いろんなものを受け取りすぎてしまって……。まず印象に残っているのが、ずっと揺れているカメラです。アルジェリアという国で、女性として闘う気持ちを持ちながら生きる感覚、常に命や尊厳を脅かされている感覚が、そのカメラによってずっと体感させられました。しかも登場人物が皆、歩いたり走ったりずっと動いているんです。その画の切り取り方や編集も、非常に巧みで面白かったです。例えば「車から降りた」瞬間に、次の場面に切り替わっている。降りてドアを閉め、どこかの建物に入って、ドアを開け部屋に入る、というような誰もがわかる行動は極力省略されているように思えました。それによってスピード感が出て、常に物語が走っているような感覚を覚えました。
──作り手の目線ですね。物語としては、どうご覧になられましたか?
日本というこの国の、この年齢の私でさえ、女性として生きることの難しさや抑制、変わってほしいことや変えなければいけないこと、そして闘わなければいけないことなど、たくさん感じることがあります。それよりはるか手前のこんな状況の国があったという、それを知るだけでも衝撃だと思います。生まれたときから脅かされている理不尽さと、それに対する主人公ネジュマの闘志。また、かつて闘志を持っていたけれどあきらめてしまった寮母さんや、闘志より臆病さが勝ってしまう周りの女の子たち、そういういろんな人がいることもリアルに感じられました。ネジュマの確固たる闘志に周りの女の子たちがみんな付いて行くわけですが、観ている私たちにも、何か日常生活から変えなければいけない闘志を宿してくれる映画だなと思いました。
──映画の冒頭、ネジュマが寮から抜け出してクラブに出かけるという、一見チャラい女の子かと思いきや、ふたを開けてみたら……という展開が衝撃的です。
ネジュマはクラブに行って自分で作った服を売っているのですが、それは生活にも、またデザイナーになりたいという彼女の夢にも直結することなんです。やっていることはとても誠実で清らかなはずなのに、ある見方をする人からは「クラブのトイレに一生いろ!」みたいに言われたりもする。こんな清らかな魂が言い方次第でこんなに汚染されるのか、まさに社会だなあ、と怖かったです。よっぽど強くないと、ネジュマのようには生きられないと思います。
──すさまじい圧力をかけられて、こちらまで恐怖を感じるような状況下でも、ネジュマはまったく揺るがないですよね。
彼女の強さの根源というか、すごく印象的だったのが、「私はこの国に満足している」というセリフです。同じ状況に置かれたら、私ならきっと逃げる。逃げて別の居場所を見つけ、そこで夢を叶えようとしたり、好きなことをするだろうなと。逃げることで「勝った!」と思うかもしれない。でも彼女は、「家族と友人がいるこの国に満足している。ただ生きるには、闘う必要があるだけ」と言うんです。彼女にとって闘うことは、目的ではなく(生きる)手段でしかない、というのも印象的でした。こんなに壮絶なのに……と、その言葉には本当にハッとさせられましたね。また、彼女たちがつらい目に遭うと、次には必ずいいシーンがやってくるんですよ。海で遊んだり、サッカーをしたり。だから、逆にいいシーンを観ると、また次につらいことが起こるんじゃないかとハラハラし、翻弄されてしまいました。そういう作りもうまいなと思いました。
歴史を受け入れ、向かい合って改革するパワーがすごい
──街の至る所にヒジャブ(※)着用を強要するポスターが貼り出される中、ネジュマは無謀にも大学構内でファッションショーを開こうとします。
※イスラム教徒の女性が身体を覆うために被る布。ここでは目以外の頭から全身をすっぽり被るタイプを指す
ネジュマはヒジャブ強要に対して、真っ当な怒りを持っていますよね。それに反対するなら、例えば全然違うジャンルの、露出度の高い服を作ってもよかったわけです。そこで彼女があえてハイク(※特にアルジェリアでヒジャブとして用いられる伝統的な衣服布)を使って服を作ったことに、感銘を受けました。単に否定するわけではなく、それをもってして新しいものを生み出すのは、もっとエネルギーが要ることだと思うんです。無視したほうがずっと楽なのに、歴史を受け入れ、ちゃんと向かい合って改革するパワーがすごい。しかもまったく別物を作り出すのかと思ったら、ヒジャブを連想させるようなデザイン──頭の部分がフードになっているなど、ヒジャブに真っ向勝負を挑んでいるのが、もう度肝を抜かれました。そこにも感動しました!
──ファッションの持つ力も感じさせますよね。
ファッションには常に社会が投映されるとも思いますし、社会的な事象やメッセージから生まれるコレクションが私は好きです。私は社会と闘う気概のあるデザイナーさんが好きですし、そういう方が作られるデザインが好き。私が好きなデザイナーさんには、世界を変える力があると思っています。だからずっと追いかけ、見てきました。私たちが今こうして自由な服を着たり、帯で体を締め付けずにいられたり、個々に選択肢があるというのは、切り拓いてくれた人たちのおかげですよね。そう考えると、変化のスピードは遅いけれど、日本もゆっくり変わってきているなとは思います。
──一方で、黒のヒジャブで全身を覆った集団が街や校内を見回っていたりして、敵は男性だけではなく女性の中にもいるということにも衝撃を感じます。
敵はほとんど男性たちですが……。女性の中にも思想の違う人がいて、そこにも対立があるということに、問題の根深さを思い知らされました。ただ寮母さんはじめ、最初はファッションショーに反対する人もいましたが、望んでいることは皆同じで、結局は喜んでネジュマに協力しますよね。
──そんな状況の中で、ネジュマの友人が子供を授かるという出来事も起こりますね。
私自身、子供を産むことに慎重というか臆病になっている部分があるんです。ごめんね、という気持ちになってしまいそうで……。でも彼女たちは、あれだけ生命を脅かされながら、新しい命の誕生を喜べる。そこに人間の本能的な強さを感じ、それが社会と闘うエネルギーにもなっている円環が見えて、見習わなきゃと思いました。
──ネジュマと親友のワシラは、クラブで出会った男性2人とそれぞれ恋に落ちます。でもワシラの彼氏はだんだんとクズっぷりを発揮し始めますよね。
あの彼は本当に胸糞が悪かったです!(笑) でも“女はこうあるべき”という考えを押し付ける人って、今の日本にもまだ大勢いますよね。特にネットの出現以来、人の暗部が露呈され、無自覚に人間の尊厳を迫害している人を見ることがあります。自覚がないというのが、また怖い。実は本人の思想でも持論でもなんでもないのに、他人や歴史から盗んだ思想や言葉を高らかに語る人ほど怖くて。そういう人たちが、時代を止めている。そこをまず変えていかなければならないと思います。女性に対する社会制度や思想を変えようとがんばっている人がたくさんいるし、実際に変わってきているとも思います。でも私はそういった行動や起こす人を“フェミニズム”や“フェミニスト”という言葉に収斂するのはあまり好きではありません。そういう言葉を使うことで問題が矮小化される気がして。その表現に留まって語られる時代のレベルも感じますが、本作を観て、そういうことに対する怒りも改めて感じました。
──世界中で#MeToo運動のほか、いろんな運動が起こっています。どうしたら少しでも速く前へ進めると思いますか?
結局、女性が叫んでいるだけでは遅い。男性も叫ばないと変化の速度は変わらないと思います。女性は気付いているけれどあきらめているか、気付いて闘っているかのどちらかの人がほとんどだと思うのですが、男性の中には、本当に気付いていない人がたくさんいると思うんです。そこから変えていかないとならないのかなと。また日本は協調性が第一の国なので、その国民性に迎合しないと、声を上げても消されてしまう。日本は外から声を上げ、たたこうとしてもビクともしない。内側に入って、中心でバーンとやらないと大きな効果がない。すでに水面下での変革は、日本でも同時多発的に進められていると思います。加えてもう1つ、日本はエンタテインメントでないと通用しないのも特徴的かもしれません。芸術的な作品でもエンタメで装わないと、爆発的な改革にはならない。芸術をエンタメに仕上げることで、知らず知らずのうちに正しい、美しい価値観を根付かせていくのが、誰も傷付かずにできる一番賢いやり方なのかなと思います。
──それも、男性が声を上げてくれることが重要ですよね。
大河ドラマ「いだてん( ~東京オリムピック噺~)」で、昔の体育の教育で女性が足を出すのが破廉恥だ、というような描写があったんです。その場面で宮藤官九郎さんが書かれたセリフがすごく女性に寄り添っていて、とても心強いなと思ったのを覚えています。やっぱり女性同士だけではなく、男性が「変えていこう」と言ってくれないとダメだし、そこを宮藤さんが丁寧に描いてくださっていたことが、うれしかったんです。
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プチ・ネジュマを心に飼いましょう!(笑)