何もせずにそこにいるだけですごい
──「最終章」で一番印象に残ったキャラクターを教えていただけますか?
圧倒的に張会長ですね。北野監督に以前インタビューさせていただいた際、「犬がどれだけ吠えてもライオンの一睨みには敵わない」というようなことをおっしゃっていましたが、まさにその「ライオン」が張会長だと思いました。何もせずにそこにいるだけで、何かわからないすごさが伝わってきます。演じている金田時男はプロの役者ではないのですが、あらゆる役者を食ってしまう。座っているだけで圧倒的な迫力があり、「誰だ、この人──」と恐ろしく思えてしまう。そしてその横に白竜が立っていますからね。この絵面の強さには勝てない。それだけで、花菱会をしのぐ最強の組織だということを観る側も理解できます。あと印象に残ったのは名高達男。新境地を開いたなと思います。あのなんとも言えない薄っぺらい感じは、よくここに名高達男を持ってきたと感心しました。この映画は本当に、キャスティングが見事です。市川崑監督は「キャスティングを決めた時点で監督の仕事の7割はできている」と言っていますが、それを改めて感じたのがこの3部作です。意外なキャスティング、なるほどというキャスティング、イレギュラーなキャスティング、それぞれ見事に織り交ぜています。
──「アウトレイジ」シリーズは役者が「出たい」と立候補することの多いシリーズだったようです。
役者は出たくなるでしょう。ベテランの役者さんにインタビューすると、「芝居のわからない監督が多いから、拾い上げてくれない。アイデアを出しても却下される」とおっしゃることが多いんですよ。だから、なかなか力を発揮できない。そこを「アウトレイジ」は存分にやらせてくれますから。それに今の日本映画は1つの芝居をさまざまな角度から何度も撮ってあとで編集でまとめるという演出方法が増えてきましたが、それは役者にとってはやりにくいんですよ。1発目の演技に気合いを入れるので、何度もやるとどうしてもテンションが落ちていく。北野監督は「役者は一発勝負」とおっしゃっていて、撮り直しはしないそうです。そこは北野監督の漫才師としての経験によるものが大きい。「漫才で一番面白いのは初めて客前でやったネタ。同じネタを何度もやっても受けない。役者もそれは同じ」とインタビューでおっしゃっていました。そしてもう1つは、先ほども述べたキャスティングのうまさもあるでしょう。今の日本映画やテレビドラマは「お決まり」の役を「お決まり」の演技でやらされることが多い。でも、「アウトレイジ」では神山繁、石橋蓮司、名高達男らベテランたちが思い思いの躍動した演技をして輝いています。すべてにおいて役者冥利なところのあるシリーズですから、「俺もやりたい!」となるのは当然のことだと思います。
──北野監督は芸人なので1発目に出した演技が一番いいということを知っている、というお話が出ましたけど、北野監督の芸人としての才覚が演出に表れている部分はどこだと思われますか?
これもご本人がおっしゃっていたことですが、芝居が漫才の原理で構成されているんです。お笑いの基本は「振りと落ち」であり「緊張と緩和」と言われています。いきなり突飛なことをするのではなく、最初にシリアスに見せてから落とすことでその落差が笑いを生む、という。「アウトレイジ」シリーズって、実はそうした「振りと落ちの映画」。偉そうにしてるやつ、カッコつけてるやつ、すごんでるやつがみっともなく殺されるという展開は、振りと落ちなんですよ。2作目の加藤がその象徴ですよね。どんどんのし上がっていくけど、周りに裏切られてぽつんとなってしまったときの情けなさ。1作目で椎名桔平が演じた水野は、あれだけカッコいいのに、あんな最期を迎える。石橋蓮司が演じた村瀬もあれだけ偉そうにしていたのに、とんでもない目に遭う。この落差があるから面白いんですよね。この構成を徹底しているところに、北野監督の「芸人ならでは」の矜持を感じます。
一般名詞化した革命的なシリーズ
──それでは「アウトレイジ」シリーズを総括していただけますか?
これまでは世間で何かゴタゴタした事件が起きると、「どこどこで『仁義なき戦い』が起きた」と言われてきました。それだけ「仁義なき戦い」という言葉は単なる映画のタイトルを超えて一般名詞化しています。それが「アウトレイジ」シリーズの登場によって、ゴタゴタや錯綜した人間関係の代名詞は、「仁義なき戦い」から「アウトレイジ」に移り変わりつつあるように思えます。つまり、「争いごと」の新たな象徴になっているわけです。それは同時に、「アウトレイジ」がヤクザ映画を象徴する一般名詞になったということでもあります。それだけの革命を起こしたシリーズなのです。最初に「以前以降」という言葉を使いましたけど、「仁義なき戦い」の登場によって「仁義なき戦い」より前のヤクザ映画は一気に古臭く感じられるようになりました。それと同じく、「アウトレイジ」の登場によって「アウトレイジ」より前のヤクザ映画も一気に古臭く感じられるようになった。「アウトレイジ」シリーズはヤクザ映画の歴史を新たに塗り替えたと言えます。
──最後の質問です。「最終章」スペシャルエディションの特典映像では、キャストに加え16名もの北野組のメインスタッフが「アウトレイジ」シリーズと北野映画をそれぞれの視点から語っています。こうした特典映像についてどう思われますか?
それは素晴らしいですね。僕の仕事の原点は、時代劇の撮影現場でスタッフの仕事の素晴らしさに心を打たれたこと。そういったスタッフワークをちゃんと届けたいと思ってこの仕事を始めたんです。映画作りの話って、スタッフが一番スリリングで面白いエピソードを持っているんですよ。例えば監督の功績だと思っていたことが、あるスタッフの功績だったりすることがわかったり。ただ、映画はそうしたスタッフのクリエイティビティによって支えられているのに、日本映画界はそこへの評価があまりに小さい。主要な映画賞でも、日本アカデミー賞以外でスタッフを表彰する部門がほとんど設けられていないということが最たる例です。そこを由々しき問題だと思っています。北野映画もこれだけ多くのスタッフが支えているということを映像として残し、多くの人たちに伝えておくことは重要。ですから、ぜひ特典映像も観てほしいです。スタッフの視点から観るようになると、新しい映画の楽しみ方ができるようになる。あのカメラマンが撮った映画だ、あの照明マンが関わった映画だ、というのがだんだん見えてくるんですよね。そうなると、映画を観るのが一段と楽しくなってきます。
「アウトレイジ 最終章」特集
- 「アウトレイジ 最終章」
- 2018年4月24日(火)発売 / バンダイナムコアーツ
- ストーリー
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元はヤクザの組長だった大友は、日本東西の二大勢力であった山王会と花菱会の巨大抗争のあと韓国に渡り、歓楽街を裏で仕切っていた。日本と韓国を股にかけるフィクサー張のもとで働き、部下の市川らとともに海辺で釣りをするなど、のんびりとした時を過ごしている大友。そんなある日、取引のため韓国に滞在していた花菱会の幹部・花田から、買った女が気に入らないとクレームが舞い込む。女を殴ったことで逆に大友から脅され大金を請求された花田は、事態を軽く見て側近たちに後始末を任せて帰国する。しかし花田の部下は金を払わず、大友が身を寄せる張会長のところの若い衆を殺害。激怒した大友は日本に戻ろうとするが、張の制止もあり、どうするか悩んでいた。一方、日本では過去の抗争で山王会を実質配下に収めた花菱会の中で権力闘争が密かに進行。前会長の娘婿で元証券マンの新会長・野村と、古参の幹部で若頭の西野が敵意を向け合い、それぞれに策略を巡らせていた。西野は張グループを敵に回した花田を利用し、覇権争いは張の襲撃にまで発展していく。危険が及ぶ張の身を案じた大友は、張への恩義に報いるため、そして山王会と花菱会の抗争の余波で殺された弟分・木村の仇を取るため日本に戻ることを決めるが……。
- スタッフ
監督・脚本・編集:北野武
音楽:鈴木慶一- キャスト
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大友:ビートたけし
西野:西田敏行
市川:大森南朋
花田:ピエール瀧
繁田:松重豊
野村:大杉漣
中田:塩見三省
李:白竜 -
白山:名高達男
五味:光石研
丸山:原田泰造
吉岡:池内博之
崔:津田寛治
張:金田時男
平山:中村育二
森島:岸部一徳 ※「アウトレイジ 最終章」はR15+作品
©2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会
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- 春日太一(カスガタイチ)
- 1977年9月9日生まれ、東京都出身。映画史・時代劇研究家。主な著書に「美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道」「あかんやつら 東映京都撮影所血風録」「鬼才 五社英雄の生涯」「役者は一日にしてならず」「ドラマ『鬼平犯科帳』ができるまで」などがある。週刊ポストでベテラン俳優へのインタビュー、週刊文春で旧作邦画のレビューをそれぞれ連載中。