映画ナタリー Power Push - イマジカBS開局20周年記念 ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」
アートアニメ界の巨匠が語る、妻・スマホ・日常
ロシア語通訳・翻訳の第一人者として知られる児島宏子。ロシア文化に興味のある人なら、彼女の名を幾度も目にしているのでは。アレクサンドル・ソクーロフ監督作や人形アニメーション「チェブラーシカ」などの日本語訳を手がけ、ノルシュテインとは公私にわたって交流を深めてきた。10月のノルシュテイン来日時にも、彼を隣でサポート。そんな彼女が、“アニメーションの神様”の素顔や、作品の注目ポイントを教えてくれた。
Q1. 尊敬すべき点は?
自分に妥協を許さず、自己顕示を戒め、公正を期し、決してぶれることがない。甘い言葉や提案を常に疑い、透徹した眼差しで周囲を一瞬のうちに把握する驚くべき眼力。絶えず読書に勤しみ考察し続ける姿は、高邁な哲学者を思わせる。厳しさに裏打ちされた優しさにあふれる稀有な芸術家だ。彼の前で自分を取り繕ったり、顕示したりすることは、どれだけ恥ずかしいことか。欺瞞は許されない……。
Q2. ロシアでの日常生活は?
モスクワ市内にある自分のスタジオ・アルテで仕事をしている。それは普通の団地の中の一角にあり、近くには池のある公園も。ノルシュテインは毎朝、犬のクージャを散歩に連れていく。彼の奥さんであるフランチェスカは、モスクワ郊外のセカンドハウスのようなかわいらしい家で暮らしている。昆虫、動物、植物などに詳しい彼女は、近所の人々から獣医だと思われているらしい。ノルシュテインは常に彼女に新しい面を見出し続け、絶えることなく新鮮な思いを抱かされている。また彼女以外に自身の頭や心の中を的確に表現できる人はいない、とノルシュテインは断言する。つまり彼にとってなくてはならない人こそが、妻・フランチェスカなのだ。彼は毎週末、可能な限り妻のもとに戻り、英気を養って新たな気持ちでスタジオに向かう。
Q3. 好きなことは?
尊敬し、認め合い、愛し合っている仲間と強い酒を飲むことが大好き。楽しい冗談に大笑いすることも、おいしいものを食べることも大好き。ちなみにフランチェスカのほかに、スタジオのスタッフであるターニャさん、スタッフで亡き親友ジュコフスキーの妻であるラリーサさんも料理の名人だ。優れた芸術家は“本物”を食すらしい!
Q4. 来日のたびに楽しみにしていることは?
開催されている展覧会を必ず調べる。かつて江戸東京博物館で開催された北斎展には、ハードな日程をものともせず2度も出かけた。京都市美術館で開催されていた「フェルメールとレンブラント展」を知ったときは、新幹線から飛び降りて駆け付けた。レンブラント・ファン・レイによる、結核で若くして亡くなった1人息子の肖像画に向かって立ちすくんでいた姿が忘れられない……。ちなみに今回の来日では、日本でしか買えないと言って、大好きなワサビとふりかけをどっさり買い込んでいた。モスクワでパスタにもポテトにもふりかけては喜んで食している……。
Q5. 日本のアニメーションについて語ることは?
仲間たちのことや作品について触れるが、“日本のアニメーション”というくくりで話を聞いたことはない。そう、そう、「君の名は。」をとても観たがっていたが、時間がなく断念し悔しがっていた。世界文化を愛し、日本文化も敬愛している。ことに浮世絵や日本画を絶賛する。ロシア語翻訳のものだが、俳句や短歌も大好きだ。
アートアニメーション界の巨匠ユーリー・ノルシュテインの生誕75周年とIMAGICA TVが運営する映画チャンネル・イマジカBSの開局20周年を記念し、彼の監督作6本を2Kスキャンにて修復。画質・音質ともに鮮明によみがえった作品を世界初上映!
東京 シアター・イメージフォーラムで公開中、全国順次開催
上映作品
- 「25日・最初の日」
- 「ケルジェネツの戦い」
- 「キツネとウサギ」
- 「アオサギとツル」
- 「霧の中のハリネズミ」
- 「話の話」
- ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」公式サイト
- 映画チャンネル・イマジカBS公式サイト
- ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」作品情報
©2016 F.S.U.E C&P SMF
「どの作品も映像が美しく、楽しく鑑賞できる。何度観ても飽きない。歳月を重ねるたびに新しい発見が生まれる驚くべき作品たちだ」とノルシュテイン作品を評する児島が、特集上映の6タイトルを解説。
アヴァンギャルドの画家たちのめくるめく絵画作品を動かし、映像言語に変容させ、ウラジーミル・マヤコフスキーの詩のイメージを立ち上げつつ、新しい世界を切り開いてくれる。舞台は1917年のロシア10月革命。誰もが平等に人間らしく暮らせる新しい社会を求めた若き芸術家たち、労働者、農民など、多くの人々のエネルギーが満ちている。列強諸国の圧力や封鎖などを跳ね返し、できあがった社会が、また再び権力の本質をむき出し崩壊して20年以上たった今、こもごもの思いを喚起するまれなる作品だ。芸術を目指す人々にもお薦めしたい。どこにもない、大好きな作品。
清らかな色彩に満たされたロシアのイコン・聖像画をモチーフにして作られたこの作品は、私たちを別世界に誘ってくれる。ロシア国民楽派・5人組の1人であるニコライ・リムスキー=コルサコフのオペラ「見えざる町キーテジと聖女フェヴォローニャの物語」の音楽が豊かな彩りを添えた。アニメーションの動きにも目を奪われる。戦が終わり、日々の仕事に勤しむ人々、木造りの仔馬に乗って野原を翔ける子供たち……誰もが平和の尊さを語りかけてくる。抱きしめたくなる作品。
ウラジーミル・ダーリによる民話をロシアの民衆美術を参考に展開。画面フレームの上下左右を使って紙芝居を思わせ、人々が抱く根源とも言える懐かしさが漂ってくる。悪に勝利するのは必ずしも強そうに見える者ではない。とは言え、作品に登場するすべてが素敵で愛おしい。子供も大人も一緒に楽しめる作品。
アントン・チェーホフの短編を思わせるロシア民話。いつまでも行き違いの2人(2羽)のお話。葛飾北斎の浮世絵に学んだ自然描写、2羽の気持ちに寄り添う音楽……相手を決めかねている恋人たちに贈りたい、おしゃれな1篇。
アントン・チェーホフ作品「曠野」を思わせるアニメーション。ノルシュテイン監督は「これは動物アニメではない」と断言する。霧とはどんなものかと、初めて霧の中に入っていくハリネズミ。コグマ君と仲良しで、目で知り合った白馬さんのことも心配するハリネズミが愛おしくなる……。私たちも生まれてこの方、常に新しいことに挑戦していないでしょうか? 行ったことのない場所に行く、やったことのない何かを始める、食べたことのないお菓子を試しに作ってみるなど……。新しもの好きの私たちは、誰もが「ハリネズミは私だ!」と心の中で思うことでしょう。無限の解釈を与えてくれる完璧な作品。日本中に「ハリネズミは私だ!」が広がりますように!
トルコの詩人ナジム・ヒクメットによる詩「話の話」、チリの詩人パブロ・ネルーダによる詩「テーブル・クロス」が響いてくる、詩を映像にしたような作品。幼いときの切れ切れの思い出、記憶、想像、幻想などが映像を紡ぐ。時間の流れも戯れて。あらゆる時代、あらゆる民族を超えた作品と称賛され続けている、世にも不思議で永遠なる作品。