文 / 渡邉ひかる
人間らしく“悩んでいる”新教皇
ナンニ・モレッティの「ローマ法王の休日」では新教皇に選ばれた枢機卿がプレッシャーに耐え切れず、ローマの街に逃亡。フェルナンド・メイレレスの「2人のローマ教皇」では現教皇とその座を受け継ぐ新教皇が人知れず会合し、思想や信念を超えて互いを理解しようと努めていた。かたやフィクション、かたや実話から着想を得た物語だが、共通していたのは漂うユーモアと人間味。なかなか知ることのできないバチカン内部にも人がいて、人のドラマがあるのだと教えてくれた作品たちだった。
「ヤング・ポープ 美しき異端児」のその後を描く「ニュー・ポープ 悩める新教皇」にも、ユーモアと人間味は確実にある。何せ邦題からも分かるように、主人公の新教皇は人間らしく“悩んでいる”のだから。ジョン・マルコヴィッチ演じる新教皇ヨハネ・パウロ3世は、前作のラストで昏睡状態に陥った教皇ピウス13世(ジュード・ロウ)からのバトンを巡り巡って受け取る事態に。イギリスの名家の出身で中道派のヨハネ・パウロ3世は、バチカンの権力抗争に晒されながら、教皇としての自分に向き合わざるを得なくなる。しかも、かつての教皇ピウス13世は美しくカリスマ性に溢れていて、いまだ昏睡状態にある悲劇性も手伝ってもはや大衆にとっての“生ける神”に。控えめで内向的ですらあるヨハネ・パウロ3世の苦悩は、気ままで移ろいやすい世論とも無縁ではなくなっていく。
中毒性のある“ちょっとヘン”な連続ドラマ
そもそも、「磁器のように脆い」と言われるほど繊細で、実は過去や家族関係にも問題を抱える人物が新教皇となる展開からして皮肉めいていてスリリングだが、この危うさにもパオロ・ソレンティーノらしさが。「グレート・ビューティー/追憶のローマ」などで知られ、本作では全話の監督と脚本を手掛けるイタリアの名匠が荘厳かつ幻想的な美しさ漂う作品世界で、辛辣に、赤裸々に、ブラックユーモアと挑発的な描写、そして過度の想像力を嬉々として交え、ポップミュージックの高揚感で煽りながら独特のセンスを炸裂させる。言ってしまえば“ちょっとヘン”で、連続ドラマの作風としては恐ろしく挑戦的なのだが、中毒性があるうえに、バチカンの狂乱とも妙に相性がいい。大衆の心をつかむために模索するヨハネ・パウロ3世、彼と運命をともにするマーケティング部長、新教皇体制下での地盤固めに精を出す国務長官などなど、個性だらけの登場人物たちが人間らしさを突きつけてくる。
“眠れるカリスマ”の影
一方、前作から引き続き登場するピウス13世のことも忘れてはいけない。複雑で、難解で、曲者で、自らの美しさと色気を自覚しながら猛威を振るい、感動すら生んできたピウス13世は目を覚ますのか否か…? 狂乱に満ちた作品世界の申し子とも言うべき彼には、ベッドに横たわっているだけでも物語をかき乱すほどのパワーがある。そのピウス13世が白いブリーフ姿で海辺に現れ、美女たちの間を不敵に練り歩く衝撃の予告映像は日本でもすでに公開済み。
現実と妄想の境界線を平然と取り払ってきた作品だけに本シーンの用いられ方にも一癖あるが、ジュード・ロウが前作同様、セクシーに魅せてくれるのは確かだ。となると、ヨハネ・パウロ3世が前教皇の影にどう対抗するかも問題になってくるところ。予想の斜め上を行く展開を優雅に、人を食った調子で織りなしてきたシリーズの着地点まで、しっかりと堪能してほしい。