2017年に直木賞・本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」が、「愚行録」で知られる石川慶の手で実写映画化。10月4日に封切られる。
国際ピアノコンクールを舞台に、世界を目指す若き4人のピアニストたちの挑戦と成長を描く本作。母の死をきっかけに表舞台から姿を消した元天才少女で、このコンクールに再起を懸ける栄伝亜夜を松岡茉優、年齢制限ギリギリのため最後のチャンスと決意してエントリーした妻子持ちのサラリーマン・高島明石を松坂桃李、“ジュリアード王子”と呼ばれコンクールの最有力優勝候補となるマサル・カルロス・レヴィ・アナトールを森崎ウィン、今は亡き世界最高峰のピアニストが遺した謎の少年・風間塵を新人の鈴鹿央士が演じた。
映画ナタリーでは、クラシック音楽をテーマにしておりドラマや映画、アニメ化もされた人気マンガ「のだめカンタービレ」の作者・二ノ宮知子に本作をひと足先に鑑賞してもらった。映画を観終えた直後、「思い切り引き込まれた」「『のだめカンタービレ』の作者としても心からオススメしたい」と語った二ノ宮。彼女が紐解くその魅力とは? また、特集には二ノ宮の描き下ろしイラストも掲載する。
取材・文 / 大谷隆之
“自分の音”を見つけようとする物語
──まずご覧になった率直な感想から教えていただけますか?
とても面白かったです! これは恩田陸さんの原作にも言えることですが、物語の舞台を「芳ヶ江国際ピアノコンクール」という架空の大会に絞っているところが、まず新鮮でした。クラシック系のコンクールって、本当に独特なんですよね。普通のコンサートと違って、会場の緊張感もすごいし。
──3年に1度開催される若手ピアニストの登竜門で、国際的な注目度も高いという設定ですね。
はい。オーディションを勝ち抜いた若き演奏家たちが、文字通り人生を懸けて集まってくる。恩田さんの小説版「蜜蜂と遠雷」では、そこに参加したピアニストたちの心理とステージで披露される音楽が、濃密な言葉でびっしり描写されていて。それはそれで、びっくりしたんですけれど……。
──文庫本だと、上下巻で1000ページ近くあります。
ホント、とんでもない筆力だなと思いました。言葉が苦手な私にはとても信じられない(笑)。でも今回の映画は、そのエッセンスを2時間で完璧に描いているでしょう。ダイナミックな演奏はもちろん、ピリピリした舞台裏の雰囲気から審査員同士のゴタゴタまで。ハイレベルな国際コンクールにまるごと立ち会ったような感覚が味わえる。クラシック音楽をテーマにした映画はたくさんありますけど、こういう作品は、実は観たことがなかった気がします。
──引き込まれました?
引き込まれましたねえ、思いきり。私、途中で何回か、リアルに拍手しそうになりましたもん(笑)。つい生演奏を観ている気持ちになっちゃって。「あ、いかん、今は映画を観てるんだった」って。物語を引っ張っていく4人の登場人物たちが、またいいんですよ。
──母親の死をきっかけに表舞台から消えたかつての天才少女・栄伝亜夜、20歳。子供の頃は亜夜と一緒にピアノを習っていて、今はニューヨークを拠点に活躍するマサル・カルロス・レヴィ・アナトール、19歳。楽器店勤務のサラリーマンで、年齢制限ギリギリでコンクールに出場した高島明石、28歳。世界中を旅する養蜂家の息子で、正規の音楽教育は受けていないけれど恐るべき才能を秘めた風間塵、16歳。
それぞれタイプは違っても、みんな本当に魅力的に描かれている。しかも感動したのは、コンクールが舞台のお話なのに、勝ち負けがテーマになっていないんですね。普通なら盛り上がりを考えて、つい「主人公が戦って勝ち取る」式の展開にしちゃいがちなんですけど。要は「蜜蜂と遠雷」って、登場人物たちがなんとかして“自分の音”を見つけようとする物語じゃないですか。
──確かに。そうですね。
だから、ありがちなドラマみたいにライバルの邪魔とかもしないし。もちろん全員、優勝したいという強い気持ちは持っているんだけど、現場ではむしろお互いを認め合って。コンペティター(競争相手)が全力を出し切れるよう協力したりもするでしょう。それって結局、4人が心から音楽を愛してるからだと思うんです。もしかしたら審査員や聴衆よりも、お互いの本当の音を聴きたいと願ってるんじゃないかなって。観ていて、そんな感じがしてくる。
──勝敗の行方ではなく、それが物語の推進力になっている?
うん。少なくとも私はそう感じました。どのジャンルでも同じだけど、“自分の音”を探して奏でる作業って本当に苦しい。だから「蜜蜂と遠雷」を観ていると、コンクールで競う4人が実は、その大変さを心から共有している仲間のように見えてきて。迷ったり挫折したりしながら、若い子たちが短期間で驚くほど成長して、影響し合い一皮むけるでしょう。
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成長物語も凝縮された音楽ドラマ