第23回文化庁メディア芸術祭特集 求めているのは“時代(いま)を映し出す新たな表現” ──応募総数3566作品の中から受賞作が決定

1997年に始まり、今回で23回目を迎える文化庁メディア芸術祭。多様化する現代の表現を見据え、国際的なフェスティバルとして成長を続けてきた。アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門で構成され、高い芸術性と創造性を持つ優れた作品を顕彰する。求めているのは“時代(いま)を映し出す新たな表現”だ。

今回は世界107の国と地域から3566点に及ぶ作品が集まり、このたび栄えある受賞作品が決定。映画ナタリーではアニメーション部門にスポットを当て、豊かな物語性や個性的な表現力を持った受賞作品と、その贈賞理由を紹介する。

文 / 金子恭未子

文化庁メディア芸術祭とは

メディア芸術の創造とその発展を目的に実施されるメディア芸術の祭典。1997年に創設されて以来、その年々に生まれてくる優れた作品、変容し続けるメディア芸術の多様な表現を社会に広く紹介してきた。

どんな作品が受賞している?

アニメーション部門の第1回大賞作は、宮崎駿の「もののけ姫」。そのほか、歴代大賞作品には湯浅政明が手がけた「マインド・ゲーム」、原恵一が監督を務めた「河童のクゥと夏休み」、細田守による「サマーウォーズ」、片渕須直監督作「この世界の片隅に」など数々の名作が名を連ねる。また1999年、第3回デジタルアート(インタラクティブ)部門では家庭用エンターテインメントロボットの草分け的存在であるAIBOが大賞を受賞。2005年、第9回ではネットワーク上で展開される作品として初めて「Flipbook!」がエンターテインメント部門の大賞に輝いた。過去の受賞作からメディア芸術と、それを取り巻く社会、文化、テクノロジーの潮流をたどることができるのだ。

あなたの作品も応募できる!?

プロによる作品や商業作品に留まらず、自主制作の作品も応募できる。第23回からは18歳以下の制作者を対象としたU-18賞も新設された。間口の広さも文化庁メディア芸術祭の特徴だ。

受賞すると賞金も

各部門には大賞、優秀賞、新人賞、ソーシャル・インパクト賞、U-18賞が設けられ、受賞者には賞状や副賞が贈られる。また審査委員会の推薦により、メディア芸術分野に貢献のあった人に対して贈呈される功労賞も用意されている。

大賞
  • 賞状
  • トロフィー
  • 副賞100万円
優秀賞
  • 賞状
  • トロフィー
  • 副賞50万円
新人賞
  • 賞状
  • トロフィー
  • 副賞30万円
ソーシャル
・インパクト賞
  • 賞状
  • トロフィー
  • 副賞50万円
U-18賞
  • 賞状
功労賞
  • 賞状
  • トロフィー

受賞、そして飛躍へ

過去の受賞作品展の様子。

文化庁メディア芸術祭では受賞作品が一堂に会する受賞作品展を開催。また文化庁は、国内各地で展示・上映する地方展を行なっている。さらに海外におけるメディア芸術関連のフェスティバル・施設にて、受賞作品の展示、上映、プレゼンテーションを実施し、優れたメディア芸術作品を紹介する海外事業を展開。加えて歴代受賞者や審査委員会推薦作品に選出された若手クリエイターを対象に、創作活動を支援するメディア芸術クリエイター育成支援事業も行なっている。クリエイターが飛躍できるこのチャンスに、あなたも懸けてみては?

第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展
会期:2020年9月19日(土)~27日(日)
会場:日本科学未来館(東京・お台場)を中心に開催

第23回文化庁メディア芸術祭受賞作

アニメーション部門
豊かな物語性や個性的な表現力を持った作品が集結!
大賞

圧巻の画力と演出力! 全員一致で大賞に決定

「海獣の子供」
渡辺歩 / 日本

「海獣の子供」 ©2019 Daisuke Igarashi · Shogakukan / “Children of the Sea” Committee
作品紹介

五十嵐大介のマンガを渡辺歩が映画化した劇場アニメーション。自分の気持ちを言葉にするのが苦手な中学生の琉花が、ジュゴンに育てられた兄弟・空と海に出会い冒険を繰り広げるさまが描かれる。本作は手描き作画と3DCGを組み合わせることで制作された。手描きの線による有機的な動きが登場キャラクターや、雨、波などの自然現象に強い生命力を与えている。一方3DCGは海洋生物を中心に使用。作画監督が描いた線を忠実にトレースするためカットごとにモデルを調整するなど膨大な労力が投入された。3DCGを手描きに限界まで近付ける努力により、原作の生き生きとした線の力を表現している。

冒頭から水のきらめきに目をひかれる。水に加えて光の描写が美しい。原作のソリッドな絵柄を再現しつつ柔らかに動かすアニメートは全編素晴らしい。開放的な夏の描写に対しての主人公の閉塞感に「温かなのに冷たい」という感覚を覚え、それがすなわち「海」の中での体感への導入なのだということに気がつく。振り返ってみるとあらゆる描写が「海」へ導かれている。それゆえに海と空がひとつながりに続いているような、それこそ宇宙を感じる瞬間が度々あった。本作では原作と異なり、主人公視点にしぼったがゆえに2人の少年は謎の存在となり、躍動する彼らへの主人公の憧れを描くことで、より後半への驚きを増す。観客に解釈をゆだねる後半の展開にはいろいろと意見はあるだろうがここまで見る者の感性に訴える長編作品というのは滅多にない。正直よいものを見させてもらったなあという思いが勝った。全員一致で大賞に決定した。(佐藤竜雄 / アニメーション監督・演出・脚本家)

渡辺歩 コメント

大変大きな賞をいただけると聞き、とても興奮しています。
本作を信じ、支え、力を注いできた全てのスタッフと喜び合える機会を得た事が何よりも嬉しいです。

「なぜ絵なのか?」
制作期間中、常に全セクションがこの問いに向き合い、もがき苦しんでいたように思います。本作は私たちが到達し得たささやかな「絵であることのこたえ」とも言えます。

メディア芸術祭で本作に光をあてて頂けた事は、数多あるアニメーションがそれぞれに持つ「こたえ」の一つとして存在が許された様でホッとしています。

この受賞が私たちに勇気を与えてくれています。
また一歩前へ進めます。

ありがとうございました!

優秀賞

一点突破なアイディアが素晴らしい

「ある日本の絵描き少年」
川尻将由 / 日本

作品紹介

モキュメンタリー(※)の要素も含む「ある日本の絵描き少年」は、マンガ家を目指すシンジの半生をつづる物語。彼の成長にあわせて、作中の絵柄も変化し、時間の流れや主人公の繊細な心の揺れを表現している。

※架空の人物や団体、虚構の事件や出来事にもとづいて作られるドキュメンタリー風の表現手法

絵が上手くて誉められて、それがきっかけでマンガを描く自分がある時気がつく。自分に描きたいものは無かった──子どもの頃にこの事実を突きつけられて筆を折った人も多いだろう。自分がそうだ。自身の成長と絵柄を重ね合わせた描写にそんな過去の痛みを抉られてついつい感情移入して見入ってしまった。主人公の繊細な心の揺れや彼の生きている時代や文化、美大でさまざまなジャンルの学生たちが集う様子をとにかく絵柄で表現するという一点突破なアイディアが素晴らしい。周囲の友人が「卒業」して主人公の目の前でどんどん絵柄が変わっていく様子がとりわけ秀逸。目の前にいるのに違う世界に行ってしまった感がそれだけで表現されている。それゆえに表現者としての主人公がモノクロの実写になってしまったのは空っぽさを感じさせて辛かった。変わっていく者と変わらない者の対比が明確に端的に表現され、さらにはあたたかな未来の予感さえ感じさせる、幸せな20分。(佐藤竜雄 / アニメーション監督・演出・脚本家)

「ある日本の絵描き少年」 ©2018 Nekonigashi Inc.

人形が動き出したときに生まれてくる独特の生命感と世界

「ごん / GON, THE LITTLE FOX」
八代健志 / 日本

作品紹介

新美南吉の「ごんぎつね」をもとにするストップモーションアニメ。動物と人間という異種の交流を通して相容れないものの葛藤が描かれる。川は実際の水、民家や小道具は実物と同じ構造で再現するなど、リアリティにこだわって作り込まれた。

人形の顔がいい。むき出しの木を生かした顔は木の持つ味わいと素朴さ、風雪に耐えてきた力強さを感じ、山で生きる兵十やきつねのごんのキャラクターを表していた。そしてその人形が動き出したときに生まれてくる独特の生命感と世界。人形アニメーションはやはり素敵です。擬人化されたごんの姿も野生的な少年の魅力があり、昭和の子どもを彷彿とさせ、イタズラ好きで何ともかわいらしい憎めないキャラクターになっていた。物語の結末を知っていても、ごんの動きに目を奪われ、追いかけていくのは楽しかった。川や野原、彼岸花など、どのシーンも美しく、魂を込めてつくり込まれており、それでいて決して押し付けがましくなく、物語を伝えるため、ごんの生きている世界を伝えるために存在していた。原作にはない彼岸花のエピソードが、人間と動物の垣根を越えずに心を通わせるシーンになっていたのが深く心に残った。素晴らしかったです。(横須賀令子 / アニメーション作家)

「ごん / GON, THE LITTLE FOX」 ©TAIYO KIKAKU Co., Ltd. / EXPJ, Ltd.

氷原における空間の表現は圧巻

「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」
レミ・シャイエ / フランス・デンマーク

作品紹介

フランスとデンマーク合作の長編アニメーション。ロシア・サンクトペテルブルクに暮らす貴族の子女、サーシャが北極航路の探検に出たきり帰ってこない大好きな祖父の汚名をそそぐべく、“地球のてっぺん”を目指す大冒険に出かける。苦難を乗り越える登場人物たちの感情がシンプルな画風と、生き生きとした動きで描かれた。

シンプルな構成でつくられたキャラクターと背景に、とてもひきつけられた作品だった。かと言ってリアルでない訳ではなく、キチンと整理してあるということなのだ。人物の数と配置も適正に計算してあるので、場所が変化しても観客が状況を見失うこともない。まったくもって「見事」と言うしかなかった。特に後半の氷原における空間の表現は圧巻だった。比較対象のない場所で奥行きを感じさせるのはとても難しい。ましてやシンプルな質感で、よくこんなに場の空気感を出せるものだ。レイアウトもさるものながら、色使いがとても素晴らしく、同業者として軽い嫉妬を覚えた。前半のサンクトペテルブルクの街並みもとてもキレイだ。気になる点がなかったわけではないが、見ているあいだは気にさせない力強さを持った作品である。アニメ関係者としても学ぶところが多かった。ぜひご覧あれ。(宇田鋼之介 / アニメーション監督・演出)

「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」 ©Sacrebleu Productions / Maybe Movies / 2 Minutes / France3 Cinema / Norlum

荒さと滑らかさの共存が不思議と成立している奇妙な作品

「Nettle Head(英題)」
Paul E. CABON / フランス

作品紹介

立ち入り禁止の廃墟で、恐ろしい体験をした少年の姿をつづる手描きの短編アニメーション。友人らと絶壁から水中に飛び込んだという若き日の作者自身の体験をもとに、イマジネーションにあふれた少年期の世界を伝える。

子どもから大人になるための通過儀礼を、荒々しい線と毒々しくも美しい色合いで表現している。一見するとがさつな線は、思春期のとげとげした不安定さをよく表しているし、その荒々しさにもかかわらず、少年とそれを追いかけてくる変な「手」との揉み合いの描写では私たちの生理的な部分にまでヌメッとした触感の気持ち悪さで迫ってくる。荒さと滑らかさの共存が不思議と成立している奇妙な作品である。そして、もがき苦しみながら生まれ変わって現実世界に戻ってくる彼を、とうに大人になった(はずの)私たちは、安全なモニターの前で青春の甘酸っぱさやとげとげしさを懐かしみながら眺めているが、彼らのようなイニシエーション(通過儀礼)を経験せずに大人になってしまったことを忘れて、余裕ぶって観ている「仮大人」なんじゃないか。そんなことを感じさせる作品でもある。仮大人から優秀賞を差し上げます。(和田淳 / アニメーション作家)

「Nettle Head(英題)」 ©Vivement Lundi ! – 2019
ソーシャル・インパクト賞

未来を観せるフェスティバルとして多様な作品を顕彰するため、今回から新たにソーシャル・インパクト賞を増設。社会の中に実装され、メディアテクノロジーのあり方や人々の行動様式などに新たな変化をもたらし、大きな影響を与えた作品に対して贈られる。

巧妙で圧倒的な映像美

「天気の子」
新海誠 / 日本

作品紹介

離島から東京に家出してきた高校生・帆高と、祈るだけで空を晴れにできる不思議な力を持つ少女・陽菜が織りなす物語。

「天気の子」のソーシャル・インパクト賞の受賞は、国内外で深刻化する異常気象を予見するテーマが扱われていて、昨年の国内の映画興行収入堂々の第1位(約140億円)という理由だけではない。もちろん異常気象によって東京が沈む描写は、近未来に対する警鐘を鳴らしてくれる。だがそれ以上に、時には魚が舞うように楽しげな、時には怪物の姿で襲いかかる恐ろしげな降雨の描写や、雲の切れ間から垣間見える日の光が、大人には理解できない主人公たちの揺れる心の機微の象徴として描かれる、巧妙で圧倒的な映像美がある。エンディングの「世界がどうなっても、生きていてくれるだけでいい」というメッセージは、利己的でご都合主義的だと批判されるかもしれない。しかし、社会に役に立たない人間は排除されるべきという風潮が強くなっている閉塞した社会において、それは優しい包含性へと私たちをいざなってくれるのだ。(須川亜紀子 / 横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院都市文化系教授)

「天気の子」 ©2019 TOHO CO., LTD. / CoMix Wave Films Inc. / STORY inc. / KADOKAWA CORPORATION / East Japan Marketing & Communications, Inc. / voque ting co.,ltd. / Lawson Entertainment, Inc.
新人賞

「向かうねずみ」
築地のはら / 日本

作品紹介

向かう場所もわからぬまま、ひたすらどこかへと向かう1匹のねずみを描いた短編アニメーション。

タイトルどおり、ただひたすらどこかに向かって歩くねずみを、我々はただひたすら観ている。歩くねずみをモバイルプロジェクターで実際の街の壁や岩に投影する制作技法的なおもしろさもあるが、築地から豊洲への市場移転という社会的出来事を発端にしながら作品としては何かを訴えるメッセージに拠らずに、移転によって居場所を失ったねずみのあてのない移動のみに落としどころを見つけた作者の作品感覚が素晴らしい。築地のねずみは、この作品のねずみのようにかわいくはないだろうが、鑑賞者にはこのメッセージなき小さなメッセージを受け止めてほしい。(和田淳 / アニメーション作家)

「向かうねずみ」

「浴場の象」
CHENG Jialin / 中国

作品紹介

幼い頃に浴場で出会った黒い象について、モノローグ形式で語られる短編アニメーション。

浴場という着眼点にひきつけられた。そこは人々が心も体も裸になる場所である。裸の大人たちの雑踏のなかで少女が感じているもの、見つめているものが、手描きならではの自由な表現で画面いっぱいに生き生きと描かれておりセンスを感じた。特に、少女と象や大人たちとの大きさを比較させているアニメーション表現がよかった。少女が見つけた小さな象が何だったのか、見る側に委ねられているが、ある種の怖さもあり、淡々としたナレーションに、冷静に社会や人々を見つめている姿を感じさせ、作者の力と将来性を感じた。(横須賀令子 / アニメーション作家)

「浴場の象」 ©2019 CHENG Jialin / Tokyo Zokei University

「Daughter(英題)」
Daria KASHCHEEVA / ロシア

作品紹介

「父と娘の関係性」というテーマを、人形を用いて表現した短編アニメーション。

不器用な親と子の感情の行き違いをテーマにした作品は数多い。それだけに、たとえ結果が読めたとしても、人をひきつけてやまない。この作品もそういう流れのなかの1本だと言える。驚かされたのは撮影技法の高さ。コンテワークは実写映画に近く、手ブレや被写界深度を狭めた画面づくりは観ていて圧倒されるものがあった。表情の変化も細かく気を配っている。作者によると目などは直接描いているとのことだが、撮影現場をぜひ見てみたいと思わされた。これだけの画面づくりをされると、ストーリーが予想通りの展開をしても最後まで目を離すことはできなかった。(宇田鋼之介 / アニメーション監督・演出)

「Daughter(英題)」