今回で23回目を迎える文化庁メディア芸術祭。毎年アニメーションやマンガ、アート、エンターテインメントの4部門において世界中からプロ・アマ問わず作品を募集しており、優れた作品を顕彰するほか、展示や上映、関連イベントを通して受賞作品を紹介する受賞作品展も行っている。
映画ナタリーでは、アニメーション部門で大賞を受賞した「海獣の子供」の監督・渡辺歩と、原作者である五十嵐大介へそれぞれインタビューを実施。もともと原作と五十嵐のファンだという渡辺が制作エピソードや映像に込めた思いを、五十嵐がマンガとアニメ、2つの「海獣の子供」の関係について述べる。そのほか、各々が考える未来のアニメ、マンガ業界でクリエイターたちが求められる要素も語ってもらった。
取材・文 / 佐藤希 撮影 / 清水純一
渡辺歩インタビュー
よもや、たまさかという気持ちでした
──このたびは大賞受賞、誠におめでとうございます。改めまして、受賞されての感想をお願いいたします。
思いもよらぬというか、よくぞこの作品に光を当ててくれた!と思いました。受賞できるできないは別として、優れた作品はしっかりと評価されて、残っていくということが非常にうらやましかったので、自分もいつかはという思いをずっと持っていました。今作は、芸術性と大衆性のバランスを考えると決してちょうどいいものではないと思います。ですから、よもや、たまさかという気持ちでした。
──審査では審査委員全員一致で大賞に決定したそうです。
ありがたいことです。アニメーションをなりわいにするものとして、「なぜ絵なのか、なぜアニメーションという手法を選ぶのか」ということを常に問われていますし、賞に輝く作品はすべてその答えを内包するものだと思っています。今作においても、そのことは制作期間を通じて常に問われていたと思いますし、携わったすべてのスタッフの頭にもあったはず。でも、ひとカット、ひとコマ、ひと筆ずつ、それらすべての集積が織りなしたものと考えると、僕は彼らの作業に報いることができていないのではと思っていました。僕からスタッフを労うことはもちろんできるんですが、僕以外のところから労いが届くと本当にスタッフが救われると思うんです。
──「100の言葉より1つの行動」ならぬ、「100の言葉より1つのトロフィー」という。
1000と言ってもいいかもしれません(笑)。もちろん、いろんな言葉を掛けていただき、うれしさもありましたが、監督としてホッとした部分もあります。
──意味合い的にはとても大きなトロフィーになりますね。
叶うのならばスタッフ全員と壇上に上がって「せーの」で受け取りたい気持ちです。実に過酷な作業をしてきたのは確かですし、作品には“怨念”のようなものがこもっているかもしれません。
「アニメーションは誰のものか?」という疑問
──それでは作品について詳しく伺っていきます。五十嵐大介先生による原作マンガは単行本5巻分、1500ページを超える大ボリュームですが、約2時間という尺に収めるのは相当苦労されたのではないでしょうか?
そうですね……、そこは本当に苦労しました。僕は非常に欲張りなので、先生の描かれたことや描こうとしたことを「この機会に全部映像にしたい!」という鼻息で挑んだんですが(笑)。でも、どうまとめても中途半端にならざるを得ず、残念ながら没になるシーンも出てくるので、最終的に主人公・琉花とジュゴンに育てられた子供たちの“ひと夏の出会いと別れ”を軸にしようと決めたんです。これは広いテーマで余すことなく描けるぞ、と思ったんですが……。
──何かあったんでしょうか?
どう考えても、少なくとも3時間、場合によっては4時間ぐらい掛かることになりまして……。そこで「アニメーションは誰のものか?」という疑問に立ち返ったときに、お客さんと作品の魅力を共有できることが、もっとも重要ではなかろうかと思い直したんです。映画を観ることで原作を手にしてもらえたら、作品の真価を味わっていただけるのではないかと。ですから、構成という計算めいたことよりも、のたうち回ってこの結論にたどり着いたわけです。僕はもともと原作と五十嵐先生のファンということもあり、この作品に対して盲目的に取りかかってしまったものですから……。でもそこに至ってから、映画から原作にバトンを渡すという作り方ができたと思います。
──映画化を機に、原作も人気が再燃して重版がかかったようです。制作にあたって、五十嵐先生から何かリクエストはあったんでしょうか?
具体的なリクエストはなく、「全部お任せしますので、好きに解釈して大丈夫」と。「原作という意味ではなく『海獣の子供』という同じ物語の種があったとしたら、マンガも映画もそこから生まれたものなので、映像にすることでどう変化するか、どう捉えることができるか楽しみにしている」とおっしゃっていただいて、心が広い方だなあと感動いたしました……。
──寛大なお言葉をいただいたんですね。
本当にそうです。作業が始まってからは絵コンテをご覧いただいて、「ここをもっと観たい」という意見や、登場する一部のキャラのデザイン案をいただくことはありました。でも僕は、OKをもらうことよりも、先生の考えに同化していくことで作品に近付けると思っていたので、意見があったらもっと言ってほしいと感じていたんです。
──先生のアイデアが反映された部分は、例えばどこでしょうか。
化学合成で生きている深海の生態系に触れるシーンでは、海くんがタツノオトシゴに姿を変えていましたよね。あのデザインはこちらからいくつか提示した中から、先生にチョイスしていただきました。少し原始的なイメージというオーダーとともに。あと琉花が序盤でトラブルになった女の子と、最後に仲直りをするシーンですね。話の起点と終点が1本の線で結ばれますし、彼女なりに琉花を気にしていたことを端的に表現できる場面があればいいなと、先生がおっしゃっていたので。
──空と海の青が美しい、ラストを飾るのにピッタリなシーンでした。
さて、いかに2人を引き合わせるか? 琉花を登校させたかったので、冒頭で駆け下りる坂を最後に上ってゆくプランがあったのです。女の子が校門で待ち受けるのがストレートに伝わるのでしょうが……もう1つドラマが欲しくて、手にした原作マンガの冒頭にヒントがありました。「ハンドボール」と。琉花を迎えるように坂を転がってくるボール。映画がより映画になるための“気付き”を先生がくださったように思います。
──惜しまれながらカットになったシーンはどちらでしょうか?
カットしてしまった部分でいうと、水の記憶を旅するシーンです。原作にもあるのですが、水中から進化した生き物を、古代から現代まで水の塊で表現するという壮大なシークエンス。ここはぜひ映像で観てみたいと先生からオーダーを頂戴し、僕もやる気満々で描いたのですが、尺の都合で割愛せざるを得なくなってしまいました。
──9月にメディア芸術祭受賞作の展示が行われますが、もしかしたらカットされた部分の資料をそこで公開できるかもしれませんね。
そうですね! ぜひともお目にかけたいなあ……。
何より僕が観たかった
──ソフトやデジタル配信で観ても猛烈な熱量を感じました。単純な興味としてお聞きしたいんですが、手描きの作画作業とCGの比率はどれぐらいになったんでしょうか?
はっきりと〇対〇です!とお答えするのは難しいんですが、強いて言えばとんとんかもしれないです。手描きとCGが互いを補完し合うことによって、すべてのシーンが成り立っていると言っても過言ではないので。あのビジュアルを作り出すためには、両方が非常に高純度で結び付かないといけなかったんです。最初からそこを目指したわけではなく、せっかくCGを持ち込むのであればより省力できるように、という目的もあったんですが、まったく違う方向に作用しましたね。
──確かに作品を拝見すると、動きはCGのそれなんですが、タッチは手描きの雰囲気が残っている部分もありました。それを組み合わせてあの美しい映像ができあがっているとなると、まさしく監督含めスタッフの方々の“怨念”めいた思い入れを感じます。
いろんなセクションのスタッフが共通して「こんな画にしたい」という1つのイメージを持っていたことが強みでしたね。お互いがパートの事情を押し付け合うのではなく、「こうすることでこうできる」という歩み寄りが行われていました。本当に不思議なテンションでしたね。
──監督は「僕は五十嵐大介という作家の素晴らしさをもっと世間に広めたいんです」とおっしゃっていましたが、改めて感じた原作の魅力はどういうところなんでしょうか。
先生は、存在の意味や自然が僕たちに語りかけることで起きるドラマを描こうとされている作家だと思います。また、画力が高い方なのは言うまでもないんですが、独特の時間感覚を持たれているなと。そこで僕は、原作の持つ独特のタイム感、1コマに込められた温度や匂い、色などのディテールを含めて映像に入れ込みたいと思っていました。そうでなければフィルムとしての意味はないと思っていましたし、アニメ用にデフォルメしたキャラはおそらく誰も喜ばないと思いますから。
──ファンにとっては、原作と同じ絵が動いているのが観られることも楽しみの1つだと思います。
そうですね、「あの絵が動いてる!」って。何より僕が観たかったので(笑)。
──制作中は生みの苦しみの日々だったと思いますが、会心のシーンはどこか教えていただけますか?
まず、琉花が坂道を下りていく長回しのカットです。何年も掛かってしまいましたが、おかげで完成度が高くなりましたし、うまくいったシーンだと思います。また、水に絡んだカットはどこもすさまじいです。1人のアニメーターがコツコツコツコツとあの波を描いていたんですが、僕はその担当者を“水の女王”と呼んでいました(笑)。
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2020年3月30日更新