「メアリーの総て」|「フランケンシュタイン」の“怪物”はなぜ生まれた? 古屋兎丸描き下ろしイラストやコラムから紐解く

エル・ファニングが主演を務める「メアリーの総て」が、12月15日より公開される。

ゴシック小説の金字塔「フランケンシュタイン」を、わずか18歳で執筆したイギリスの作家メアリー・シェリーの波乱に満ちた人生を描く本作。長編デビュー作「少女は自転車にのって」がアカデミー賞外国語映画賞に出品された、サウジアラビア出身のハイファ・アル=マンスールがメガホンを取った。

映画ナタリーでは、「ライチ☆光クラブ」「帝一の國」などで知られるマンガ家・古屋兎丸に本作をひと足早く鑑賞し、イラストエッセイを描き下ろしてもらった。さらに山崎まどかによるレビューや、作品の重要なキーワードを紐解くコラムも掲載する。

イラスト / 古屋兎丸 文 / 山崎まどか(レビュー)、秋葉萌実(P2)

古屋兎丸イラストエッセイ 古屋兎丸が描く「メアリーの総て」の魅力
古屋兎丸による描き下ろしイラストエッセイ。
古屋兎丸による描き下ろしイラストエッセイ。
古屋兎丸(フルヤウサマル)
古屋兎丸
1994年にガロより「Palepoli」でデビュー。主な著書は舞台化、映画化を果たした「ライチ☆光クラブ」をはじめ、「インノサン少年十字軍」「幻覚ピカソ」「人間失格」「帝一の國」など。現在モーニング・ツーにて「アマネ†ギムナジウム」を連載中。
レビュー 少女の傷ついた魂から産まれた怪物

文 / 山崎まどか

エル・ファニング演じるメアリーが薄暗い墓地や、部屋の片隅に座り込み、小さなノートや紙片に羽ペンで何かを無心に書いている姿が好きだ。

メアリーは小さな居場所を見つけるとそこに座り込み、スカートを広げ、膝にノートを広げる。熱に浮かされたような目をして。夢見がちな唇が小さく開き、自分が綴った言葉をつぶやく時、メアリーはもうそこにはいない。肉体を離れて精神は遠い場所をさまよう。彼女は書くという行為によって現実を締め出そうとしているのだ。不自由な生活から、大き過ぎる父と母の名前から、自分を理解しようとしない世の中から。だから止まっていても、メアリーの頰はまるで全速力で走っている人のそれのように赤みを帯びてくる。たとえそれが憧れの作家の模倣であっても、思考や感情の断片であっても、物を書く少女は書くことによってしか自由になれない。そのことを象徴するような姿である。

キャプション

多くの人にとってメアリー・シェリーという名前はホラーの古典である「フランケンシュタイン」と結びついている。しかし彼女がその物語を書き始めた時はまだ十代の少女だったという事実は忘れられがちだ。「メアリーの総て」で描かれるメアリー・シェリーの姿は文字通りの意味では彼女の総てではないかもしれない。それでも、自分をがんじがらめにする全てから逃れることを夢見て、恋と失望を経験していく烈しいティーンエイジャーとしてのメアリーがこんな風に鮮烈に描かれたことはないのではないだろうか。自国サウジアラビアで戦う少女の姿を描いたハイファ・アル=マンスール監督ならではのメアリー・シェリーの解釈である。

キャプション

彼女の初恋は輝きと苦痛に満ちている。十五歳で詩人シェリーと恋に落ち、妻子のある彼と駆け落ちしてしまうメアリー。若くして何人もの子供を失うメアリー。フランケンシュタインの怪物は、自由を求めて奔走する十代の少女の傷ついた魂から産まれたものだった。でもその物語さえ、最初は彼女のものとして発表することが出来なかった。その事実が悲しい。

キャプション

劇中に出てくる「フランケンシュタイン」の文章は、エル・ファニングが実際に羽ペンで綴ったという。彼女が力を込めてThe Endと最後に書く時、軋むペンの音がする。まるで小さな悲鳴みたいなその音は、今も物を書き、あがき、全てから解き放たれたいと願う少女たちの魂の声なのだ。

山崎まどか(ヤマサキマドカ)
東京都生まれ。コラムニストとして活躍しており、主な著書には「女子とニューヨーク」「イノセント・ガールズ 20人の最低で最高の人生」「乙女日和」「優雅な読書が最高の復讐である」などがある。
「メアリーの総て」
2018年12月15日(土)全国公開
「メアリーの総て」
ストーリー

19世紀、イギリス。作家を夢見る少女メアリーは、ある夜“異端の天才”とうわさされるパーシー・シェリーと出会った。パーシーに妻子がいたものの、互いに強く惹かれあった2人は駆け落ち。最初は幸せに暮らしていた彼らだったがその生活は次第に荒んでいき、借金の取り立てから逃げる最中に子供が命を落としてしまう。深い悲しみに覆われた日々を送っていたメアリーは、悪名高き詩人・バイロン卿の別荘で、怪奇譚の執筆を持ちかけられて……。

スタッフ / キャスト

監督:ハイファ・アル=マンスール

出演:エル・ファニング、ダグラス・ブース、トム・スターリッジ、ベル・パウリー、スティーヴン・ディレインほか