私たちが香港映画を好きなワケ | 業界のプロが90年代の思い出と「香港映画祭 Making Waves」の魅力を語らう (2/3)

「6人の食卓」は旧正月映画?

岡﨑 あとは「神探大戦」(2022年)。これはジョニー・トーとワイ・カーファイによる「MAD探偵 7人の容疑者」(2007年)の後日談的作品。ラウ・チンワンは他人の別人格が見えてしまう特殊能力を持った元刑事の探偵というすごい役だった。でも「MAD探偵 7人の容疑者」で死んだはずなのに、なんで後日談?(笑)

「神探大戦」 ©2022 Emperor Film Production Company Limited Emperor Film and Entertainment (Beijing) Limited ALL RIGHTS RESERVED

「神探大戦」 ©2022 Emperor Film Production Company Limited Emperor Film and Entertainment (Beijing) Limited ALL RIGHTS RESERVED

大島 一応、続編ではなくスピンオフ的な扱いで。設定だけ借りて別のお話になってるみたいですね。

岡﨑 「神探大戦」の監督はワイ・カーファイだけですけど、ジョニー・トーはノワール以外も面白い映画をたくさん撮っていますよね。キャストもアンソニー・ウォン、ラウ・チンワン、ラム・シューと、いつも決まっていて安定感があります。

大島 「リンボ」で主演したラム・カートンもジョニー・トー組ですよね。

よしひろ ジョニー・トーはいろいろ手を出して「えっ?」っていうコメディも撮ってます。チョウ・ユンファ主演のミュージカル「香港、華麗なるオフィス・ライフ」(2015年)とかもジョニー・トー。なんでチョウ・ユンファでミュージカルを作るの?って驚いた(笑)。

岡﨑 そう、チョウ・ユンファなんでもやるなとびっくりしました(笑)。

大島 「ザ・ミッション 非情の掟」(1999年)のときにジョニー・トーにインタビューをしたんですけど、ちょうど香港では日本で撮影された「ダイエット・ラブ」(2001年)が公開されていて、ジョニー・トー曰く「ダイエット・ラブ」は観客のための映画だからちゃんとマーケティングして作っていると。香港人が好きな「東京」と「ダイエット」を盛り込み、主演には集客力があるアンディ・ラウとサミー・チェン、としっかり分析して作ったそうです。当時、香港映画が低調だったこともあって、映画界を活性化させるためには大ヒット作を生み出さなきゃ、という使命感もあったみたいで。職人として「売れる商業映画」を作りつつ、それで稼いだお金で自分が本当に作りたい映画を撮り、そのときは観客の好き嫌い関係なしに作ると。ヒット作品と作家性をちゃんと両立させているのがすごいですよね。

よしひろ 「6人の食卓」はスチルを見れば見るほど、スティーヴン・フォンとかダニエル・ウーが出演してそうな懐かしいキャスティングの空気(笑)。

「6人の食卓」 ©2022 Edko Films Limited, Irresistible Beta Limited, One Cool Film Production Limited. All Rights Reserved.

「6人の食卓」 ©2022 Edko Films Limited, Irresistible Beta Limited, One Cool Film Production Limited. All Rights Reserved.

──個人的に「6人の食卓」の旧正月映画っぽい感じは、バリー・ウォンがよく撮っていた旧正月映画に近いのかもしれないと思って期待しています。

大島 本当は今年の旧正月に公開予定だったのが、コロナ禍で映画館が閉鎖されてしまい公開延期になって、香港でも9月に公開されたばかりの映画なんです。まさに旧正月映画って感じのコメディで、なぜかエンディングが米米CLUBの「愛してる」の広東語カバー(笑)。題材も香港人が好きな「料理」と「ラブコメ」をテーマにしたツッコみながらも楽しめる作品で、そういうのも引っくるめて90年代初期みたいな雰囲気の映画です。ちなみに女優だと「6人の食卓」と「ワン セカンド チャンピオン」に出ているリン・ミンチェンちゃんがイチ押しで、マレーシア出身でInstagramもすごい人気なんです。

岡﨑 香港では「少林サッカー」などチャウ・シンチー映画の興行記録を抜き、コメディ映画としての香港映画興収ナンバーワン記録を更新中というニュースにも驚きました。これは絶対に観ないと。

大島 7000万香港ドルを突破する超メガヒットになっていて、香港の興収歴代1位にもなるのでは?と言われてますね(10月25日時点)。「ワン セカンド チャンピオン」は、監督のチウ・シンハンが原作も手がけていて、主人公をスカウトするコーチ役で出演もしてます。主人公が「1秒先を予知できる能力を持つボクサー」という設定からしてユニークですが、“ボクシング映画にハズレなし”の定説通り、ドラマも白熱した試合シーンも見応えがあり楽しめます。

大阪アジアン映画祭は「アニタ」一色

──映画祭では関連企画として「香港映画のナビゲーターたち」と題した写真展が開催されます。香港出身の4人の写真家の仕事にスポットを当て、彼らが撮った作品のスチルやメイキング写真が展示されます。何か気になる1枚はありますか?

よしひろ 写真展には「アニタ」がありますね。この映画、今年の大阪アジアン映画祭で観たけど本当によかった……! もう最高。すごかったの、最後20分、満席でみんなすすり泣き。大阪アジアンではスペシャル・メンションと観客賞を獲ってます。

──香港の歌手で女優として活躍したアニタ・ムイの伝記映画ですね。日本での90年代の香港映画ブームを考えると、ピーター・チャンも欠かせない存在ではないかと思います。

「アニタ」Photo by Sharon Salad ©Edko Films Ltd.

「アニタ」Photo by Sharon Salad ©Edko Films Ltd.

岡﨑 ピーター・チャン、懐かしい! 製作を務めた「孫文の義士団」(2009年)で取材しました。 「ウィンター・ソング」と「捜査官X」の写真があるんですね。金城武もいる。写真を見ていると、昔の話がいくらでも出てきそう。

「捜査官X」メイキング写真より、ピーター・チャン(左)と金城武(右)。Photo by WONG Wai-lun ©We Distribution Ltd.

「捜査官X」メイキング写真より、ピーター・チャン(左)と金城武(右)。Photo by WONG Wai-lun ©We Distribution Ltd.

──「インファナル・アフェア」シリーズの写真もありますね。

岡﨑 もう「インファナル・アフェア」(2002年)はいまだに潜入捜査ものの最高峰ですよ。あんなにヒリヒリ、ドキドキする映画もない。

よしひろ あんなに真面目な香港映画で面白かったの初めて(笑)。あと、私のエリック・ツァンがあんな悪たれ役をやってくださって。

岡﨑 エリック・ツァン好きなの?

よしひろ もう大好き。「無間序曲」のときに取材を申し込んだけど「エリックは無理です。大物過ぎます」と断られちゃって。「インファナル・アフェアIII 終極無間」(2003年)も取材のラストチャンスだと思ってお願いしたけどダメだった。主演でもプロデューサーでもないし、出る理由がないんだって。これまた余談ですけど、昔、深圳(シンセン)のすごくデカいレストランでごはん食べたら、壁には中華スターの写真が一面に貼ってあって。その3分の1ぐらいがギラッギラの衣装を着たエリック・ツァン(笑)。

岡﨑 街で見かけてもすぐわかりそう。

よしひろ 息子のデレク・ツァンも監督として立派に育たれて、本当によかったですよ。香港映画の系譜を捉えながら中国と一緒にやっている。アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされた「少年の君」(2019年)とか観ても、うまい解釈ですよね。次こそはオスカーをあげたい。

「少年の君」Photo by WONG Wai-lun ©We Distribution Ltd.

「少年の君」Photo by WONG Wai-lun ©We Distribution Ltd.

おじさんがかっこいい香港映画

──写真展には、チャウ・シンチーのものもあります。「西遊記~はじまりのはじまり~」でスー・チーに演技指導している風景ですね。

「西遊記~はじまりのはじまり~」メイキング写真より、チャウ・シンチー(左)とスー・チー(右)。Photo by Jupiter WONG ©Huayi Brothers Media Corporation

「西遊記~はじまりのはじまり~」メイキング写真より、チャウ・シンチー(左)とスー・チー(右)。Photo by Jupiter WONG ©Huayi Brothers Media Corporation

岡﨑 「人魚姫」(2016年)でチャウ・シンチーが日本に来たときも、映画とコラボしていた「妖怪ウォッチ」のことをライターが聞いたら、その話ばっかりになっちゃった覚えがあります(笑)。全然取材にならなかったけど、チャウ・シンチーの新作は観たいな。でも香港映画って本当におじさんがかっこよく映りますよね。ラウ・チンワンもトニー・レオンもアンディ・ラウも。

大島 香港の俳優はスクリーン映えする方ばかりですよね。

よしひろ トニーとかも、いざ会ってみると普通のおじさんなんですけどね。一般人に溶け込むのが本当に上手。ウォン・カーウァイは、あんな地味な男を花開かせた(笑)。それこそ特集上映「WKW4K ウォン・カーウァイ4K」の成績がいいみたいですね。

「インファナル・アフェアIII 終極無間」Photo by WONG Wai-lun ©Media Asia Film Company Limited ※オンライン写真展「香港映画のナビゲーターたち」にて展示

「インファナル・アフェアIII 終極無間」Photo by WONG Wai-lun ©Media Asia Film Company Limited ※オンライン写真展「香港映画のナビゲーターたち」にて展示

大島 興収が1億円を突破して、「恋する惑星」だけで約4000万円のヒットだそうです。けっこう若い子が観に来ているみたいですね。

よしひろ え、意外! でも、それはちょっと希望を感じるね。2000年代後半とか、ちょっと恥ずかしくてウォン・カーウァイを「好き」と言えない空気もあったじゃないですか。時代って巡りますね。

岡﨑 ミニシアターブームが去ってからの頃のことは、ちょっと恥ずかしい(笑)。「WKW4K」は本当にいい企画ですね。もしかして「男たちの挽歌」とかも上映したら、若い人が来たりするのかな。日本はやくざ映画の系譜もあるし、好きになる素養を持ってる人は多いはずですよね。

よしひろ 黒社会ものは日本でも鉄板でウケてたんだけどね。「挽歌」はどうだろう。「古惑仔(こわくちゃい)」(「欲望の街 古惑仔」シリーズ)とかも、1回観たらハマるはずなんだけど(笑)。それこそ広東語の映画は、もう香港でしか作られないですよね。

岡﨑 そう、こんなに広東語を聞いたのは久しぶりでした。もう北京語の映画が多いですもんね。映画を観ていると広東語が本当に耳に心地よくて。ずっと口喧嘩を聞いてる感じ(笑)。

よしひろ 響きがいいですよね。女の子も“がらっぱち”に見える。

大島 そう、元気がよく見えますよね。

岡﨑 香港映画は今、なかなかコメディもラブコメも日本で公開されない。かろうじてノワールが入ってくるぐらい。

よしひろ あと、この10年で香港映画が日本で脚光を浴びるって谷垣健治さんきっかけなのが多いですよね。だからドニー・イェンの映画も多い。

岡﨑 こうして映画祭で幅広いジャンルの娯楽作品が上映されるのはありがたいです。

大島 香港映画を観たことがない人はもちろん、かつての香港映画ファンの方にも、もう一度、今の香港映画を観ていただけたらと思います。最近はこういった娯楽作品が入ってくる機会も少ないですが、あのときの楽しかった記憶を今回の映画祭で思い出してほしいですね。

プロフィール

よしひろまさみち

映画ライター、フリー編集者。sweetやotona MUSEでカルチャーページの編集・執筆を手がけるほか、SPA!、ananなどで連載。日本テレビ系「スッキリ」の映画紹介コーナーにレギュラー出演している。

岡﨑優子(オカザキユウコ)

アジア、アフリカのガイドブック、ビデオ業界誌などの編集を経て、2005年からキネマ旬報社で編集業務を担当。2016年に退職後もキネマ旬報の編集に携わり、フリーライター兼編集者として活動するかたわら、世界の手仕事を紹介する雑貨&ギャラリー「HAPA HAPA」を営む。