世界各国を巡回した「香港映画祭 Making Waves」が11月9日から13日にかけて東京のBunkamura ル・シネマで開催される。香港映画界の未来を担う新人監督の作品、中国や香港でヒットした話題作、名作のリマスターまでバラエティに富んだ8本が一堂に会した。鑑賞料金はなんと一律税込800円。
映画ナタリーでは長年、香港映画を追いかける映画ライターのよしひろまさみちと、キネマ旬報などで編集者として働く岡﨑優子の対談をセッティング。同じく香港映画をこよなく愛する映画ナタリー編集長・岡大が聞き手を務めた。1980年代、90年代における隆盛をリアルタイムで体感してきた3人が懐かしい思い出とともに、本映画祭で上映される香港娯楽映画の魅力を語り合う。この秋は“香港映画の新しい力”に出会おう。
取材 / 岡大文 / 奥富敏晴
香港映画は“なんでもあり”
よしひろまさみち 香港映画ってあらすじだけで「何それ!?」って食いついちゃう作品が多いですよね。「少林サッカー」(2001年)のときもそうじゃなかった? 少林拳を使うサッカーって「何?」みたいな。でも観ると本当にそうとしか言えない(笑)。
岡﨑優子 確かに、予想もつかない魅力がありますよね。ホラーも香港はキョンシー映画で独自の進化をしてきて、今回上映される「ワン セカンド チャンピオン」のチウ・シウハン監督の前作「霊幻道士 こちらキョンシー退治局」(2017年)は退治局の若者とキョンシーの恋愛映画。なかなか日本公開されないパン・ホーチョン監督作品も奇想天外な設定が多くて。ようやく公開された「ドリーム・ホーム」(2010年)はスプラッターホラーなんだけど、圧縮袋で殺すなど、意表を突いていて笑えました。
よしひろ 何それ、やっぱり、あらすじの時点で興味津々(笑)。
──ほかの国ではできないであろう、“なんでもあり”が香港映画の魅力でしたよね。そもそもお二人が香港映画を好きになったきっかけは?
岡﨑 レンタルビデオがまだ1本借りるのに1000円とかする創成期に、7本一気に借りたら安くなるお店があって。やたら置いてたのが日本未公開のB級のアメリカ映画と香港映画だったんですよ。もともとブルース・リーやジャッキー・チェンは観ている世代ですけど、ある人が「香港映画は50本観たら、面白くなってくる」と言ってたから、それを片っ端から観ていったのがきっかけ。アクション映画が好きなので、ジャッキーは基本。サモ・ハンの未公開作品もたくさんあった。エンタテインメントだし、動きもキレッキレ。何が起こるかわからない面白さがあってハマっていきました。
よしひろ 私は家のビデオデッキがベータからVHSに変わった記憶があります。ようやくこれで、うちもレンタルビデオを借りられると思った。そこでレンタルしたのが香港映画。だいたい誰も借りてなかったから(笑)。
岡﨑 そうそう!
よしひろ 当時、「ドランクモンキー 酔拳」(1978年)きっかけでジャッキーが流行り始めてた。学校行くと、やっぱジャッキーの話題。酔拳ごっこをしたり、「スパルタンX」(1984年)の曲を流したり。私、香港のアクションはすごい好きですよ。好きなんだけど、アクション映画自体が特別好きなわけじゃない。ただ、香港のは何が面白いって「絶対、人が死んでる!」と思っちゃう過激さ。ジャッキーとかは本当に落ちたりしてるけど(笑)。そういう無茶ぶりが面白かった。香港のワイヤーアクションがのちにハリウッドの「マトリックス」に影響を与えた経緯もあったじゃない。あの荒唐無稽なアクションを観たかった。
岡﨑 岡さん(聞き手)も同じくらいの世代?
──そうですね、よしひろさんと同じく、皆がジャッキー・チェンにハマった世代です。そこからブルース・リーにさかのぼったり、ジェット・リー主演の「少林寺」(1982年)に熱中したりしてました。
よしひろ わあ! 懐かしい、リー・リンチェイ(ジェット・リーの本名)。
──自分が本格的に香港映画を観るようになったのは90年代の始めに「ワンチャイ」(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズ)が始まってから。ジェット・リーをきっかけに観始めて“古装片”と呼ばれる時代劇アクションにハマるんですけど、さらに沼にハマっていったのはバリー・ウォン(王晶)の映画に出会ってからです。バリー・ウォンはパクリ映画ばっかり作る人で、「ワンチャイ」シリーズのパロディをジェット・リー自身にやらせたりするんですよね(笑)。パクリシーンがめちゃくちゃ多いから、今度は元ネタを知りたくなる。それで新大久保の中国人向けのレンタルビデオ屋の会員になって、日本未公開の作品を借りて観まくってました。
香港ではロケに遭遇が当たり前だった?
よしひろ あとはやっぱりVCDの時代でした。香港に行って買い込んでましたね。
岡﨑 面白いのいっぱいあるけど、コメディとかはほとんど日本で公開されないから、私もVCDで観てました。
担当編集(20代) すみません、VCDってなんですか……?
岡﨑 ああ、わかんないんだ!
──CD規格の中に無理やり映像を入れたものが香港では流通していて。リージョンフリーだから日本のDVDデッキでもパソコンでも観られた。うちにはまだいっぱいありますけど、よしひろさんは最近処分したらしいですね。
よしひろ そう、この前の引っ越しで。これは、もう観られないだろうと思って。ぐっとデータを圧縮してるから、すっごく画質の粗いざらざらの映像でした。
岡﨑 私も、まだ家にあるかも。香港のHMVでも売ってたから、正規のものかとも思ったけど、そうでもなかったのかも(笑)。何しろ安かった。
よしひろ DVDが今ほど安くなくて、向こうの人たちがもっと手軽に楽しむために作ったメディア。でも流通していたのは香港とかアジア圏だけでしたよね。
──日本から通販でも買えたし、新大久保でも売ったりしてましたね。
よしひろ あったね、新大久保で買った覚えがある。そういうのを仕入れるのが楽しかった。香港が中国に返還されて25年だけど、20年ぐらい前までは見かけた。香港映画以外のVCDもあったので、どんな映画のファンでも楽しめたのが香港です。
岡﨑 さすがに今は配信になってますよね。やっぱり1990年代の香港映画界は元気だったなと思います。徐々に変わってきて、香港に限らずハリウッドもですが、なかなか若い映画人が育ちにくくなってますよね。
よしひろ みんな“いい子ちゃん”ですよね。よくも悪くもゴシップでの露出が減って、新しいスターが生まれづらい状況はあると思う。日本未公開も多いから若い人たちを知る機会が少なくて。だから、こういう映画祭でチェックしたいんですよ。未公開の作品から新しいスターと出会えるのが、すごく楽しい。あと香港って四六時中、街中でロケしてたじゃない。日本のVシネぐらいの勢いで映画を量産してた。香港に行ったら、必ず中環(セントラル)でロケに遭遇して(笑)。普通にそこらへんの屋台でスターがワンタン麺とか食べてたり。それを見るのも楽しくて、その身近さは香港映画にハマるきっかけの1つ。
岡﨑 やってた! やってた! それを観たくて香港に行ってた気がする。決まって下町の旺角(モンコック)、繁華街の尖沙咀(チムサーチョイ)とか、よくある風景の中で撮影していて。
よしひろ 女人街(ノイヤンガイ)とかね。あとは蘭桂坊(ランカイフォン)のバー。懐かしい……!
岡﨑 あとはロケ地も見に行きました。「恋する惑星」(1994年)の重慶大厦(チョンキンマンション)とか。
よしひろ 当時は危ない建物でしたよね。上のほうとか怖くて行けなかった(笑)。
──そうですよね。今はもう安全な建物になりましたけど。
岡﨑 表に怪しいコピー商品売りのおじさんがいて一見怖いけど、実は中に快適な安宿や有名なカレー屋があったりと、そんなことないんですよ。私はよく重慶大厦に泊まってました。それより1994年に取り壊された九龍城砦のほうがヤバかった。岩井俊二監督の「スワロウテイル」(1996年)の円都や「ブレードランナー」(1982年)に出てくるようなスラム街で、「新ポリスストーリー」(1993年)など、実際の九龍城砦で撮られた作品も多かったですよね。
我々がレスリー・チャンにハマった理由
──この映画祭でレスリー・チャンが主演を務めた「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(1987年)の2Kデジタルリマスター版が国内初上映となります。映画ナタリーでニュースを紹介したときも読者の反応がかなりありました。
よしひろ 「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」に反応するのは、似たような道を通って来た人たちだと思う(笑)。
岡﨑 もう何回も観てます。それこそ私はレスリー・チャンにハマった世代。代表作はほかにもいっぱいあるけど「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」では、本当に純朴な青年ですよね。これ以前に「男たちの挽歌」(1986年)のチョウ・ユンファの弟役で注目されていたし、歌手としても活動していたけど、この「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」のかわいらしさは群を抜いています。オープニングでニコニコ歩いてるのを観るだけで癒やされます。
よしひろ とにかくレスリーの美しさ。せっかく2Kリマスターされたんだから、スクリーンで観てもらいたいですね。我々がハマった理由をわかっていただけるはず。「ああ、こんな美しい人がいるなんて」と。
──ジョイ・ウォンを好きだった人たちにも観てほしいですね。まだ、この映画のときのジョイ・ウォンは20歳ぐらいで、逆にレスリーは30代。
岡﨑 うそー! すごく色っぽくて妖艶なのに。レスリーのほうが歳下に見える(笑)。これでブレイクして「ジョイ・ウォンの〇〇」って映画がいっぱい出ましたよね。
──意外と女優として活動期間は短いですけど、日本でもお酒のCMとか出てましたよね。
岡﨑 やってた! 脱いでいなくても色気がある女優でした。
よしひろ そう、この映画では完全にレスリーが押されてる。当時好きだった人たちはリマスターに喜ぶでしょうね。
香港映画の「痛い」描写
──新作は「黄昏をぶっ殺せ」「リンボ」「ワン セカンド チャンピオン」「同じ空の下」「サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」「6人の食卓」「神探大戦」の7本が上映されます。すでに観ている作品でイチ押しの映画はありますか? ここからはアジア映画情報紙・香港電影通信の元編集者で、現在は映画宣伝に関わり、本映画祭の宣伝も担当されている大島美樹さんにも作品紹介のためご参加いただきます。
大島美樹 よろしくお願いします。
岡﨑 私のお薦めは去年の東京国際映画祭のコンペティションに入っていたラム・カートン主演の「リンボ」(2021年)です。香港にはまだこんなところがあるのか?と驚くロケ地と美術。同じソイ・チェンの監督作だとショーン・ユー主演の「軍鶏 Shamo」(2007年)も好きなんだけど、ヒリヒリした「痛い」描写がうまくて。最近、韓国映画に「痛い」映画が多いじゃないですか。今は完全に韓国映画の勢いに押されてるけど「リンボ」は負けてないです。ダンテ・ラムの映画が好きな人にはハマるかも。こういう感じの匂いがする映画をもっと観たいですね。まだ配給が決まってないので気になる人は観ておいて損はないです。
よしひろ 日本公開、決まってないのか。TIFF(東京国際映画祭)で観た人の間では話題になっていたけど、もう1回スクリーンで観られるとはね。
岡﨑 おそらくモノクロだから売れにくいんですよね。カラーで撮影してからモノクロにしてるんですけど、カラーだと画面の情報量が多くて気持ち悪くなるぐらいの密度だと思います。あと香港映画はけっこう2世が多いのも特徴で。「リンボ」ではアン・リーの息子さん、メイソン・リーが刑事の1人を演じています。
──2世の逆だと、ニコラス・ツェーのお父さんであるパトリック・ツェーが「黄昏をぶっ殺せ」(2021年)で主演をしていますね。しかも史上最高齢の85歳で香港電影金像奨の最優秀主演男優賞を受賞。
よしひろ こっちはパパ(笑)。
岡﨑 パパ、すごく久しぶりじゃない? 最後に見たのいつだっけ……? それこそ「少林サッカー」以来かも。でもいい老け具合だった。老いても、こんなに美しいなんて。
よしひろ きれいなおじいちゃんですよね。ここ最近はずっと息子のニコラス・ツェーが俳優も歌もがんばってきて、もうお父さんは引退なのかな?と思ったら、この映画では、ちょー現役。パトリック・ツェーを知らない人は「少林サッカー」を観てから行ってください。主人公の敵チーム監督役で、ガチ黒社会か!とツッコミたくなるくらい悪役の雰囲気醸し出してます。
──香港映画ではおなじみのラム・シューやサム・リーも出てますね。
岡﨑 そう、サム・リーがおじさんになっちゃってびっくりしちゃった。フォン・ボーボーは貫禄があってかっこよかった。あんなおばちゃんになりたい(笑)。
よしひろ 香港って下町のほうに行くと裸族がたくさんいるじゃないですか。日本だと捕まりそうな普通にTシャツを脱いだおじさんが練り歩いてて「あーまだまだ裸族いる!」みたいな。それこそ「黄昏をぶっ殺せ」に出てくるようなキャラクターは、あの裸族のようなおじちゃんたちです(笑)。
──こういう映画で99分尺っていうのは香港映画らしいですね。変わってない。
よしひろ そうそう。香港映画と言えば90分台、下手したら80分台で終わる。さくっと観られる。旅行に行っても、現地で気軽に観られました。同じく90分台だと「サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」(2022年)はまだ観られてないけど、あらすじとスチルだけ見るとアン・ホイ監督の「桃さんのしあわせ」(2011年)やアンソニー・ウォン主演の「淪落の人」(2018年)とかを連想します。
岡﨑 わかる。アン・ホイが描きそうな良質なドラマに近い気がしますね。予告だけ観たんですけど、視覚障害者の母親を演じたカラ・ワイのメイクもすごくリアル。そう言えば、香港映画からは私が好きなアクションは減っているけど、こじんまりしたドラマが増えてますよね。
よしひろ 落ち着いた良質なホームドラマを作っていくのが香港映画のトレンドにもなってきてるのかな。
大島 この映画は「コーダ あいのうた」(2021年)の香港版とも呼ぶべき作品で、あちらは耳の聞こえない家族のために手話で通訳する女の子の話ですけど、「サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」は視覚障害者の両親のために目となる女の子が主人公なんです。小さいときから親の目の代わりになってきたけど、彼女は美術の勉強のために留学をしたくて葛藤する、という話。視覚障害者の両親を持つ監督ジュディ・チュウの実体験だけに、説得力もあり心に響きます。
次のページ »
「6人の食卓」は旧正月映画?