「ウィーアーリトルゾンビーズ」池松壮亮×長久允|もうこの監督を無視できない、“今”を描く逸材中の逸材

アダルトビデオで「画よりも音のほうが大事」と知った(長久)

──本作には90曲ものトラックが使われているんですよね。

「ウィーアーリトルゾンビーズ」より、奥村門土演じるタケムラ(左)と、佐藤緋美演じるタケムラの兄(右)。

池松 え、90曲も使っているんですか?

長久 はい、アレンジ違いや、小さいサウンドロゴも含めると90トラックあります。120分の映画なのに(笑)。

──監督は楽曲作りにどこまで関わっていらっしゃるのでしょう?

長久 まずシナリオを書きながら「こういう曲を作りたい」とイメージしていました。いつも撮影前に音だけのコンテを作っているので、その時点で仮の楽曲を入れていて。僕はコードがわからないから作曲はできないんですけど、鼻歌でイメージを伝えることはできる。タケムラの兄が歌うパンクバンドの曲は、僕が「牛乳は愛! 牛乳は愛!」って歌った音源を送って「これを仕上げてください」とお願いしました。やっぱり音って人の気持ちを動かすのに一番大事だと思うんですよ。これはインタビューに書かなくていいですけど……高校生の頃、教室でアダルトビデオを回し見していたんです。でも授業中は画が観られないから、みんなMDに録音して、音だけ聴いていたんですよ(笑)。

池松 ははは! いや、これ書いたほうがいいですよ(笑)。

長久 (笑)。それで、音だけで全然“効果”が得られるってことを知ったんです。一方、当時家のテレビデオが壊れていたので、早送りしないと映像が映らない状態になっていて。そこでアダルトビデオを観ようとすると、早送りでは音が出ない。画だけで音がないと、何も伝わってこないんですよ! そういう経験をしたので「画よりも音のほうが大事」という考えはずっと持っていて。だからこの映画の仕上げでも「こっちの音を1デシベル上げる」とか、「この音は反対側のスピーカーから出したほうが効く」といったことまで、全部指示させてもらいました。ここまで細かく自分自身でやっている映画監督、そうそういないと思います。

池松 僕も映画は“音で観るもの”だと思っているんですけど、長久さんのその音楽的センスの原点がAVって言われると、急によくわからなくなります(笑)。

僕の映画人生を懸けて「長久さんは逸材だ」と言いたい(池松)

──さまざまな現場を経験された池松さんから見て、長久監督の映画作りで特殊な点を教えてください。

池松壮亮

池松 長久さんの現場は、例外中の例外だと思いますね。やっぱり日本映画って、先人たちが築き上げた映画作りの様式美に従っているところがあると思うんです。長久さんは撮影前に細かくビデオコンテを作っていましたけど、日本でそんな面倒な映画作りをする人は、まずいない。日本人は不慣れなことを強いられると困ってしまうので、長久さんのやり方が浸透するのに時間がかかってしまうのもなんとなくわかるんですけど……。本人を目の前にして言うのは照れくさいですけど、僕の映画人生を懸けて、「長久さんは逸材中の逸材だ」って声に出して言いたい。だからこそこの役を引き受けたところもあります。

──池松さんは、長久監督の登場によって、日本映画がどう変化していってほしいですか?

「ウィーアーリトルゾンビーズ」

池松 日本映画界が……なんてこと表立って言うのは恐縮ですが、よくなってほしいのは確かですし、もっともっと価値ある映画を未来に残してほしいなと思います。先人たちのおかげで、誰でも映画が作れる時代になった。でも、それによって映画が不幸になってしまった面もあると思うんです。もっと本当に力のある映画が残っていってほしいし、みんながもう一度そういう気概を持って映画作りをしてほしい。長久監督の作品を観て、今の状況に“とどめ”を刺せる人がようやく現れてくれたなあと感じました。まだ1作品しか関わっていないですが、僕は長久さんの映画をもっと観てみたいし、まだまだやってくれるはずだと期待しています。

長久 ありがとうございます。とどめ……!

──では最後に監督に伺います。監督の作品をもっと観たいと願う人はたくさんいると思いますが、今後広告のお仕事と映画作りを、どのような配分でやっていくお考えでしょうか? また、日本映画界にどんな影響を与えたいか、考えていることがあれば教えてください。

長久 僕はやっぱり、広告よりも物語作りがやりたいんですよね。もちろん広告のお仕事のお話をいただけたら検討するし、やるかもしれませんけど! でも、「人々にこれを伝えたら何か感じてもらえるんじゃないか」っていうメッセージをまだまだ持っているので、それを形にしていきたい。僕はすごく映画が好きなので、過去の実験的な映画や“感情”を突き詰めた映画のような作品が、現代にももっとあるべきだと思っているんです。だからそういう作品を、日本だけじゃなくて世界にも投げかけていきたいです。ただ、表現方法として映画だけに固執してはいません。一番大事なのは、教室の隅っこにいる“あの子”にメッセージが伝わることなんです。だから次に作るのはWebムービーかもしれないし、イベントかもしれないし、服かもしれないし、マンガかもしれない。形式にはこだわらず、もの作りしたいなと思っています。

左から池松壮亮、長久允。