気付けば、自然と物語にのめり込む
──井之脇さんご自身も、監督として短編映画「言葉のいらない愛」を手がけた経験がありますね。ドランの演出が優れているのはどういったところだと思いますか。
夢か現か幻かの世界を行き来するような撮り方や、リアクションのお芝居の付け方に統一感があるように思います。そして、空間を切り取るのがうまい。これから何かが起こる雰囲気を映し出すのが上手なので、それが観る人にちゃんと伝わってきます。それと、彼は監督として全体を俯瞰して見ていますよね。家族が全員そろうときって、単純に役者が多いし、それぞれエゴだってある。そのバランスをうまく取って、物語として進めるべき方向に導かなくてはいけない。そこをきちんとまとめているのが絶妙ですね。
──登場人物たちは4人の兄妹をはじめとして、みな個性的ですが、魅力を感じたのは?
若い頃のミミとジュリアンがすごくよかったです。特にミミは謎が多くて、危うさもあって。実際の僕は、長男のジュリアンと性格的に似ている気がしますね。思っていることをうまく言えなかったり、言っちゃいけないという思いに縛られていたり。だけど、キャラクター的に魅力を感じたのはエリオットです。年齢的に近いこともありますけどね。
──昨年、主演舞台「エレファント・ソング」でドランと同じ役を演じていますが、彼の俳優としての魅力をどんなところに感じていますか?
舞台に入る前に、彼が主演の映画版「エレファント・ソング」を参考程度に観ました。俳優としてのドランは、わかった風のお芝居は絶対にしない。いろんなタイプの役者がいるので、どれがいいとかではないけれど、僕が好きなのは役のバックグラウンドを一緒に背負って、感じて、その場にいて会話をするという芝居なんです。ドランはまさに役の背景を全部丸ごと抱えているような気がします。それこそ、「エレファント・ソング」では彼が立っているだけで、何か危ういものを抱えていたり、この人のことが好きなんだろうなというのがわかる。彼の演技からは学ぶことが多くて、ああいうお芝居をしたいなといつも影響を受けています。
──本当にドラン愛にあふれているんですね。そんな井之脇さんから見て、今回のドラマでドランの新しさをどこに感じましたか?
次のフェーズに進んだと思いました。これまで、映画では描き切れなかったこと、そぎ落としてきた情報を、今回は時間をたっぷり使って描くことができたのではと感じました。
──実は、ドランは「この作品に全身全霊を捧げた、すべてを語り尽くした」と監督業からの引退を示唆するような発言をしているようなのですが。
そうなんですか!? でも、彼はきっとまた映画に戻ってくると思います。そのときに、連続ドラマでの経験が密度の高いものとして出る気がします。もしかしたら、今後のドランの映画もちょっと変わるんじゃないかな。まったく新しい方向に行くのか、わからないですけど。「ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと」は、そう感じさせられるような作品でした。
──非常に密度の濃いドラマですよね。
僕は、音楽にはちょっと疎いのですが、映像や物語の流れを見ていると「ここで流れる歌の歌詞には、きっと意味があるに違いない」と感じます。ドランのことだから、細部まで計算しているでしょうし。脚本を書いている時点で頭の中にあるんでしょうけど、どの一瞬を切り取っても、なんならカメラに映っていないところも全部演出しているんじゃないかなと思うくらいで。ラストまで観終わってから、観返すと、意味が全然違うものに見えてくるかもしれないです。
──身近な人には、この作品をどう薦めますか?
ドランを知っている人には、これまで彼がやってきたことの集大成。次のフェーズに進むような魅力がいっぱい詰まった作品で、しかも初のドラマだから、絶対に観たほうがいいと薦めますね。まあ、ドラン好きなら言葉はいらないかもしれません。知らない人には、「今まで観たことない心理サスペンスドラマ!!」って、煽り文句みたいになっちゃいますが(笑)。でも、ドラン作品を観たことがない人にも、みんなに観てほしいですね。正直、気楽に観られる作品とは言えませんが、集中して観たあとはすごくいい疲労感が残ります。自分ではない人の人生に触れられる5時間だと思って観てもらうと、とてもいいと思います。気付けば、自然と物語にのめり込んでいますから(笑)。
プロフィール
井之脇海(イノワキカイ)
1995年11月24日生まれ、神奈川県出身。2007年に「夕凪の街 桜の国」で映画デビュー。翌年公開された「トウキョウソナタ」では第82回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞を受賞した。近年の参加作は映画「ザ・ファブル」シリーズ、「サイレント・トーキョー」「ミュジコフィリア」「犬も食わねどチャーリーは笑う」、連続テレビ小説「ちむどんどん」、ドラマ「俺の家の話」「クロサギ」など。ドラマ「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」が4月期にTBS系でオンエアされ、「連続ドラマW 0.5の男」が5月28日にWOWOWで放送・配信を控えている。そのほか出演舞台「カモメよ、そこから銀座は見えるか?」が、6月3日から25日まで東京・本多劇場で上演される。
井之脇海 / kai inowaki official (@kai_inowaki) | Instagram
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