岡田准一が主演、中島哲也が監督を務める「来る」が、12月7日に公開された。本作は、第22回日本ホラー小説大賞にて大賞を受賞した澤村伊智の小説「ぼぎわんが、来る」をもとにしたホラー。劇中では岡田演じるオカルトライターの男が、ある夫婦の周囲で起こる不可解な出来事を調査するうち、正体不明の訪問者“あれ”と対峙することとなる。黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡ら豪華キャストが共演に名を連ねた。
映画ナタリーでは、本作の公開を記念した特集を実施。主役級キャストが演じた強烈なキャラクターや作品の見どころを紹介するコラムと、原作者・澤村のコメントを掲載している。
文 / イソガイマサト
鬼才監督が手がける“最恐エンタテインメント”
2006年の「嫌われ松子の一生」では中谷美紀演じるヒロインの転落劇を鮮烈な色彩感覚で活写し、湊かなえの同名ミステリーを映画化した2010年の「告白」では松たか子扮する女性教師の復讐劇をシュールな映像と鋭利な筆致で視覚化。さらに2014年の「渇き。」では表向きは優等生の少女の狂気を時にファンタジックで、時に荒々しいドラッグ的な映像で表現……そんな大胆な視座と映像感覚で常に観たことのない独自の“映画”を産み落としてきた鬼才・中島哲也の4年ぶりの最新作「来る」は、“最恐エンタテインメント”の惹句通り、真に怖い新感覚ホラームービーだ。
岡田准一が「ヤバい人が来たと思った」
第22回日本ホラー小説大賞に輝く澤村伊智の「ぼきわんが、来る」を映画化した本作は、語り部が主要人物3人の間を移行する小説の構成を時間軸通りに再構成はしているものの、田原秀樹と香奈の新婚夫婦と3歳の幼い娘の新居のマンションに恐ろしい“何か”が襲ってくる展開は原作とほぼ同じ。注目すべきは、そのまがまがしい物語に監督が選び抜いた主役級キャストが命を吹き込み、現実と地続きのリアルな世界へと引き寄せているところだろう。
妻夫木聡がパブリックイメージそのままのフレンドリーなトークと笑顔でイクメンパパの秀樹になりきり、黒木華が育児ノイローゼ気味の新妻・香奈を繊細かつ気弱な言動で体現。主演の岡田准一がボサボサの髪と監督指定の6ミリのひげ面で怪奇現象を調べるオカルトライターの野崎に、小松菜奈がピンク色のショートヘアで全身に刺青を入れた霊媒師の血を引くキャバ嬢・真琴に扮し、これまでとは違う強烈なキャラを成立させているのも面白い。松たか子に至っては、岡田が衣装合わせのときに「ヤバい人が来たと思った」と言うほどの奇抜な衣装とメイクで、“日本最強の霊媒師”と言われる真琴の姉・琴子に説得力を持たせているのだから驚くばかりだ。
後半には、まったく違うキャラに見えてくる
スクリーンにはそんな個性的な登場人物たちが襲ってくる“何か”に戦いを挑んでいく姿が映し出されていくが、本作が真に怖いのは、主要人物の1人が壮絶な死を遂げる中盤あたりで、私たち観客がそれまで観てきた、信じてきた映画の中の風景や登場人物たちのキャラクターが違ったものに見えてくるところだ。人間誰しも多様な側面があり、現代はSNSの普及によって素顔がさらに見えにくくなってきた。その人間の闇を、本当の顔を中島哲也監督は映画ならではの視覚に訴える表現でこじ開け、同様の要因を持つ観客の傷までをもえぐろうとしたのではないか。いや~こんなに恐ろしいことはない。
しかも、日本中の霊媒師が集結して“祓いの儀式”を行うクライマックスでは、畳み掛けるインパクトのある映像と緻密に設計された音響で作品全体に流れる不穏な空気を一気に国家規模にまでスケールアップ。1970年代のハリウッドのオカルト映画を想起させる怒涛のラストまでぐいぐい引き込まれてしまうので、観終わったあとには怖かったけれど、最高にスリリングなホラーアトラクションを味わったかのような興奮を噛み締めているに違いない。
気持ち悪いものを嫌悪感たっぷりに描いてくれた
映画化の話が来たのは原作が出て1カ月後、中島監督や川村(元気)プロデューサーと打ち合わせしたのが3カ月後だったので、「そんなにすぐ進むものなのか」と驚きました。打ち合わせで監督から質問を浴びせられて緊張したのを覚えています。
松たか子さん、小松菜奈さんが演じた比嘉姉妹の風貌や性格付けは、原作の記述に合致しない部分もありますが、お二人や監督の解釈が自分としてはとても楽しかったです。また松さん演じる琴子はてっきり現実的なキャラクターに落ち着くのかなと思っていたら、むしろ原作よりエキセントリックで、でも芯の部分はブレておらず、「かっこいいなあ」「ありがたいなあ」と思いました。
好きなシーンは多々ありますが、原作にない「法事」「披露宴」の2つのシーンが特に気に入っています。前者は古臭い男性原理が幅を利かせ、後者は空虚で生ヌルい。自分が日頃気持ち悪いと思っているものが嫌悪感たっぷりに描かれていたので嬉しかったです。
原作は言ってしまえば「オバケが来る」だけの話。それが今回、名前でお客が呼べるような優れた方々の手によって、とても面白い映画になりました。1人でも多くの方に見ていただきたいと心から思います。