「ヒメアノ~ル」「愛しのアイリーン」などで知られる𠮷田恵輔の監督作「空白」が9月23日に公開される。
「新聞記者」や「ヤクザと家族 The Family」を世に送り出したスターサンズが企画した本作は、万引きを疑われ逃げる途中で車にひかれた中学生の死亡事故をめぐるヒューマンドラマ。古田新太が死んだ少女の父親、松坂桃李が事故のきっかけを作ったスーパーの店長を演じた。
本特集では本作を著名人がいち早く鑑賞。「愛しのアイリーン」のマンガ家・新井英樹、デザイナー・イラストレーターのしばたま、アイドルグループPARADISESのメンバー・テラシマユウカ、「地獄のガールフレンド」のマンガ家・鳥飼茜、ミュージシャンで俳優の渡辺大知は“誰もが当事者になりうる物語”をどう受け止めたのか?
文 / 金子恭未子
𠮷田恵輔×スターサンズ×豪華キャストが贈る注目作
「ヒメアノ~ル」「愛しのアイリーン」「BLUE/ブルー」など数々の話題作で映画ファンを魅了してきた監督・𠮷田恵輔がオリジナル脚本で挑む最新作──これだけで“必ず観る”と即決した人も少なくないだろう。さらに企画したのは「新聞記者」「ヤクザと家族 The Family」「パンケーキを毒見する」など話題作を連発するスターサンズ。また古田新太、松坂桃李が実写映画初共演を果たし、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶといった世代を超えた豪華キャストが集結した。見逃せない理由がそろった注目作となっている。
誰もが当事者になりうる物語
物語の始まりはスーパーで起こった女子中学生の万引き未遂事件。店長に目撃され逃走した彼女は車にひかれ死んでしまう……。古田演じる少女の父は娘の無実を証明しようと、関係者にさまざまな圧力をかけ暴走。松坂扮するスーパーマーケットの店長は父親やマスコミ、ネット上の悪意あるコメントに追い詰められていく。そんな店長の心をさらにむしばむのは、彼を責める人間ではなく「悪くない」と執拗にかばう寺島扮するスーパーの従業員という点にゾッとする。さらに自動車事故の加害者、少女が通っていた学校関係者など、観客にとって“どこかで出会ったことがあるような人たち”がどんどん疲弊していく──誰が加害者で、誰が被害者か。そのあわいに鋭く視線が向けられた物語の中で誰の気持ちに寄り添い、誰に恐怖を感じるのか? 確かめてほしい。
各界の著名人が触れた現代社会の「空白」
新井英樹(マンガ家)
人と人はわかり合えるなんて幻想を持つよりも、
わかり合えないはずなのに
向き合い寄り添おうとしてくれることに感謝したほうがいい。
人間の何を汲み取るかが救いにもなる。
「空白」は、そんな優しさに満ちている。
しばたま(デザイナー・イラストレーター)
「万引きをした女子高生が逃走中に事故死した」
このニュースを見て、私はどこまで想像できたのでしょうか。
今の日本がすごくリアルに表現されていて、
ドキュメンタリーを見ているようでした。
信じたいことだけを信じ、決めつけ、
狂っていくことにも気づかない父(添田充)の、
店長青柳らに対する狂気的行動は
生々しく、そして痛々しく感じていましたが、
この作品に登場する全ての人物は
誰でもなりうるのだと気づいたとき、
とても怖くなりました。
日本人の課題図書ならぬ課題映画になれば
少しでもいい方向に変わるのかな、、?と思わせられる作品でした。
テラシマユウカ(PARADISES)
凄まじいものを観てしまった、
言葉にならない程に。
偶然にも関わってしまった者たちの人生が脆くぽろぽろと崩れ落ちていく。
決定的に区分されない善と悪に、“罪”とはなんたるものか。悪意だけでなく善意にも追い詰められ、正しさと赦しの難しさを知る。
人間を追い込むのも人間であり、その心を救うのもまた人間である。
折り合いのつけられない怒りや空虚感を抱え続け、誰しもに存在する心の“空白”にどうやって希望を見出し生き続けるのか。
あらゆる視点での衝突に息苦しさが加速していく。
頭が痛くなる程に強烈な107分間、
極限の集中力で混沌へと引き摺り込まれる。
鳥飼茜(マンガ家)
一つの事件を交差する幾つもの感情が、悲しいほど離れ離れに暴走する姿がこれでもかと心を揺らす。永遠に続きそうな緩慢な絶望と時にうねりを起こす暴力的な希望。漁村に暮らす力なき人々の前に立ちはだかる海のように、寄せては返す人間の感情をこの映画は一度も手を緩めず描こうとする。どれほど思いを寄せようと、彼は彼女になれないし、私はあなたにはなれない。わかり合えない失望を今日また明日と踏み分けて進む。それぞれの織りなす感情が思いがけず一つの波を描く瞬間を、ひたむきに息を潜めて待ちながら。
渡辺大知(ミュージシャン・俳優)
この映画には、泥のように不確かで不安定な道を、それでも一歩ずつ足元を確かめながら、支え合いながら、その重さや苦しみを感じながら前に進んでいくひとたちの姿が、誠実に描かれていました。
「前を向いて生きる」というのは、決してポジティブでなければいけないわけじゃなく、揺れながら、心のバランスを保ちながら、希望を見出そうともがくことなのかもしれない。
多くの人が心の奥に抱えていて、普段隠れていて誰にも見えないような気持ちを、この映画が大切に掬ってくれている気がしました。