映画ナタリー Power Push - NON STYLE井上裕介が語る、「心が叫びたがってるんだ。」
新しくて懐かしい青春映画の魅力に“超ポジティブ芸人”が迫る
草食系男子から絶食系男子へ
──男子キャラクターはどうでした?
拓実は、思春期特有の異性との距離の取れなさで人を傷つけているなと思いました。
──坂上拓実は祖父母と一緒に暮らしていて、中学時代には菜月と付き合っていたキャラクターですね。
拓実を見たとき、今の10代男子を象徴しているように感じたんです。まず「あの花」のじんたんは草食男子という言葉が出始めた頃の男の子をうまく表現していると思っていて。草食の中に肉食が少し残っている男子のように見えるんです。
──あー、なるほど。
そうすると拓実は絶食系男子。いろいろなことをあきらめていて、すごく弱くて、実がない感じ。でも物語が進むに連れて、コアの部分はまだ消えてないことがわかってくる。その成長していく部分などが特に、きっかけがあればがんばれる今の若い子たちを象徴しているように見えました。
──劇中では順の殻を破るきっかけを作ると同時に、自分も成長していきますよね。
今の若い子たちはすごく感情移入できると思います。ラストに近づくに連れて応援したくなりますし。あと終盤、自転車で街を駆け回る彼の脚力はすごいです。注目してください(笑)。
──たしかに(笑)。舞台となっている秩父の風景の中には、坂道が多数出てきますしね。最後に野球部のエースで、夏の予選大会の最中に肘を壊してしまう田崎大樹はどうですか?
田崎は傲慢で人との関わりを拒んでいるキャラクターですよね。野球部のエースとして皆から注目を浴びて、他人を頼れないようになってしまったんだと思うんです。僕が高校生だった頃も、エースとかになって張り切るやつがいたから、懐かしさを感じました。
僕が高校生の頃に作られていたら主人公は違ってた
──井上さんは4人の中だと誰に一番近いと思いますか?
僕は4人の誰にも当てはまらないと思います。この作品の中だと野球部キャプテンの三嶋に一番近いかな。クラスでも、高校の頃に所属していたバスケ部でも、皆を見守っているような感じのポジションで、中心人物ではなかったので。
──クラスの中心で皆を盛り上げていたと勝手に思っていたので少し意外です。
めんどくさがり屋なのでリーダーとかになるのがあまり好きじゃなくて。あと三嶋を選んだ理由は、チア部の宇野ちゃんと“あんな”ことできるからっていうのもあります(笑)。
──重要なシーンですね(笑)。さきほど、本作のことを「懐かしくて新しい」というふうに評していましたが、本作の登場人物たちは井上さんが高校生の頃周りにいた人たちとは違うという印象を持ちましたか?
違いますね。昔なら仁藤さんや田崎が主人公になっていると思います。順ちゃんや拓実のような子は10代の頃の僕の周りにはいなかった。というかいたとしても主人公になるような感じじゃなかったですね。だからスタッフの人たちは、時代の切り取り方がうまいとしみじみ思いました。
殻を破るポジティブな言葉
──井上さんは、Twitterや日めくりカレンダー「まいにち、ポジティヴ!」(参照:NON STYLE井上の日めくりカレンダー「まいにち、ポジティヴ!」発売)で前向きな言葉を発信されていますね。そんな井上さんが、自身の殻を破れず、素直な気持ちを相手に伝えられずにいる本作の登場人物たちにどのような言葉をかけるかすごく気になります。まずミュージカルで主演と作詞を担当する順だとどうですか?
順ちゃんには「君が何か言わなくても離婚してたよ」って言ってあげたい。
──ではミュージカルで作曲を手がける拓実は?
「男やねんからしっかりしろ」ですね。僕にはちょっと女の子的すぎるように見えたので。
──ミュージカルで振り付けを担当する菜月に対しては?
仁藤さんには「好きっていう気持ちを大切に」ですかね。
──最後に大樹にはなんと声をかけますか?
田崎には「骨折すな」ですね(笑)。あんなタイミングで骨折しなかったら、野球部もうまく勝ち進んでいただろうし、彼は殻に閉じこもることもなかったと思うんですよ。だから「お前はもっとカルシウムをとれ」って言ってやりたいです(笑)。
強めの右ストレートから、効果的なジャブへ
──「あの花」のめんまが自らの思いを紙に書くことで伝えるように、「ここさけ」の順は歌で思いを伝えようと奮闘するわけですが、その姿はどう映りましたか?
正直、初めは「歌なら腹痛ないんかい」と思いましたよ(笑)。
──そうですね(笑)。普段は一言話すだけでも呪いで腹痛に襲われてしまうキャラクターですからね。
でもアーティストの中には、歌にすることで初めて自分の気持ちを表現できるって人が多くいるかなと。僕たちの世代が好きなアーティストだとブルーハーツとかがそうだと思うんですけど。ミュージカルで主役を演じるだけじゃなくて、曲の歌詞も手がけてる順ちゃんの姿を見て、そういう歌が持つ力は今も昔も普遍的なものなんだなと思いました。
──それはDay of the legend名義でシンガーソングライターとして活動されていた実体験からもそう思われますか?
そうですね……好きな人に「愛しているよ」というのは恥ずかしいけど、「愛している」という言葉の入ったラブソングなら歌えるってことだとも思うんです。恥ずかしさを軽減してくれるというか。あと、お笑いの世界にもリズムネタというものがありますけど、あの浸透力を見るとやっぱり音の力はすごいなと思いますね。
──挿入歌などの作曲は、クラムボンのミトさんが担当されているんですがいかがでした?
「Over the Rainbow」や「Around The World」など知っている曲があって親しみを持てました。あと主人公たちが持つ、10代の不安定な部分を曲が優しく包み込んでいるような印象を持ちました。彼らが、くじけそうになったときにかかる曲を聞いていると、スタッフの方々も彼らに対して「1人じゃないんだよ」って優しくささやきかけているように見えました。
──「あの花」も音楽を重視した作品だと思うのですが、それと比較して本作はどうですか?
「あの花」の音楽は強めの右ストレートだったと思うんですよ(笑)。「やばい泣きそう」と思った時にZONEの「secret base ~君がくれたもの~」が流れたら、そりゃ泣いちゃうじゃないですか。でも「ここさけ」はもっとジャブ的な感じで、最後まで効果的に音楽が流れていて、ラストにそれが一気に効いてくる感じでしたね。
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ストーリー
幼い頃、何気なく発した言葉によって家族がバラバラになってしまった少女・成瀬順は、突如現れた“玉子の妖精”に二度と人を傷つけないようおしゃべりを封印されてしまう。高校2年生になってもトラウマを抱えたまま、周囲に心を閉ざしていた順だったが、ある日担任の城嶋から、「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命される。同じく城嶋によって選ばれたのは、やる気のない少年・坂上拓実、チアリーダー部の優等生・仁藤菜月、野球部の元エース・田崎大樹らクラスメイトたち。最初は実行委員を辞退しようとした順だったが、彼らとの交流を通し少しずつ変化していく。そんな中、城嶋の思惑により交流会の出し物がミュージカルに決定。歌なら声を発せられる順は主役に抜擢され、楽曲の作詞も務めることに。周囲の協力を得て、すべてが順調に動き出して迎えた発表前日、順はある光景を目撃してしまい……。
スタッフ
- 原作:超平和バスターズ
- 監督:長井龍雪
- 脚本:岡田麿里
- キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀
- 音楽:ミト(クラムボン)、横山克
- 主題歌:乃木坂46「今、話したい誰かがいる」(Sony Music Records)
- 制作:A-1 Pictures
キャスト
- 成瀬順:水瀬いのり
- 坂上拓実:内山昂輝
- 仁藤菜月:雨宮天
- 田崎大樹:細谷佳正
- 城嶋一基:藤原啓治
- 成瀬泉:吉田羊
井上裕介(イノウエユウスケ)
1980年3月1日、大阪府生まれ。中学、高校の同級生である石田明とNON STYLEを結成し、兵庫県・三宮駅付近の路上を中心に漫才を行う。2000年、baseよしもとのオーディションに合格、プロデビューを果たす。2006年、第4回MBS漫才アワードで優勝。以後多くの漫才コンクールで新人賞を獲得する。2008年、活動拠点を東京に移す。同年、M-1グランプリで優勝し、4489組の頂点に輝く。2015年3月、日めくりカレンダー「まいにち、ポジティヴ!」が発売された。