「喜劇 愛妻物語」監督・足立紳×メッセンジャー黒田の対談 / YOUも登場|甘え上手な“ダメ監督”が手がける夫婦の明るいバイブル

のぞき穴から見た夫婦(黒田)

黒田 この映画の夫婦は、カメラを通してじゃなくて、のぞき穴から観ているような感覚がありました。

「喜劇 愛妻物語」

足立 特に変わったことはしてなくて、普通のことしか描いてないからだと思います。映画やドラマって、例えば人が死ぬ場面があると、だいたい時間が飛んで葬式のシーンになりますよね。でも人間の生活の中で、映画やドラマで飛ばされている部分が実はつらいところだったりする。この映画に関しては、そういうところばかりを描きました。豪太がどうやったらチカとセックスできるか試行錯誤する、その過程を描くのものぞき見。描かれることは少ないけど、実はセックスに持ち込むまでが一番難しいし、面白いと思ってますね。

黒田 僕は何事も美化してないところに、この映画の面白さがあるのかなと思いました。1個でも美化してしまうと、観客と作り手に溝ができちゃう。最初から溝があるならあるでいいんですけど、この話は溝があっては駄目。美化されてないからのぞき見の感覚がある。その面白さが伝わったら、大ヒットするはず。

足立 美化するってたぶん甘やかすことですよね。本当はいいやつなんだぜ、みたいな視点があると駄目なんじゃないかって気はします。いいところが見えるのはいいんですけど、厳しい視点で書くのは必要で。僕も基本、豪太は駄目なやつだという視点に立ってるから、容赦なく書けるんだと思います。チカの厳しいセリフもうちの妻が言ったことが8割ぐらいですけど、それに僕がプラスαしてますね。

黒田 3組に1組が離婚する世の中ですからね。そのうちの1組、いやそれ以上はこういう夫婦ですよ。今の10代が観たとしても、夫婦像のいい社会勉強になる。

足立 夫婦って自分の一番みっともないところを見せ合ってしまう赤の他人同士。人前では取り繕いますけど、夫婦となると、奥さんの前だけ、旦那の前だけで見せる姿が絶対にある。それが悪いんじゃなくて、それを含めて人間の面白いところを描きたかった。例えばカップルに限らず15歳、16歳の高校生の男女がこの映画を観たとしたら、自分の両親を連想すると思うんです。子供ってやっぱり親のことをすごくよく見てるので、豪太とチカを両親と照らし合わせて考えるかもしれない。

黒田 臭いものにはふたをしない映画ですよね。

足立 まさに夫婦関係って臭いものにはふたをできない。それをまんま見せれば、ほとんどの夫婦が面白い物語になるはず。欧米では、こういう身もふたもないけど、いざ観てみると面白い!という映画もけっこうあるんです。でも日本にはなかなかない気がしてます。

黒田 夫婦仲がよかったらぜひ夫婦で観ていただきたい。より夫婦仲がよくなるはず。 離婚しようと思ってる人はぜひ別々に観ていただいて、離婚を思い留まるか、留まらないか。

足立 もう駄目だなと思ってる夫婦が観たとしたら、旦那や奥さんのいいところを見つめ直していただける可能性もちょっとあるんじゃないかと思ってます。夫婦にしろ、恋人同士にしろ、その関係はもう当人同士のものでしかない。それぞれ異なる関係が何百個も何千個もある。この映画もそのうちの1つ。だから、やっぱりいろんな話はできると思うんです。現実生活でも「あの夫婦さあ」と話題にしたりもするので。

黒田 結婚してない人やパートナーがいない人、それでも結婚したい人にとっては手引書になり得る。本当によくある夫婦ってこんなもんやと思うんです。

背中にチクッと痛みを感じながら(足立)

黒田 あるシーンでチカさんが爆発するじゃないですか。小説も脚本も、あれは書くのに時間掛かりました?

「喜劇 愛妻物語」

足立 ああいうところは、文章のうまい下手は関係なく、一気に書いてしまいます。立ち止まって考えると、頭の中だけで考えた人間の動きになってしまうような気がして。撮影でも一発撮りです。リハーサルをすると、段取り臭くなるんじゃないかと思って、お二人ともリハなしでとは話してました。

黒田 あの爆発もそれまでの過程がなければ生きないですよね。お客さんにチカの鬱憤や不満が伝わってないと、あそこまでいかない。あのシーンは、自分らも叱られてるような気がしました。

足立 どんな映画やドラマでもクライマックスはありますけど、そこにいくまでの積み重ねが大事なんです。小さな積み重ねがしっかりしていれば、絶対惹き付けられるし、見入ることのできるものになると思ってます。妻は編集ラッシュでそのシーンを観たときに泣いてました。後ろで「しめしめ」と思いながら感想を待ち構えてたんですが、「あのカット撮ってないの? あそこの寄りないの?」とか、一発目に褒めてくれない。それでちょっと喧嘩になりました(笑)。

黒田 足立監督の映画は大げさな終わり方をしないところに、次の日常が見えたりする。それがリアル。大げさなラストシーンで、それまでの過程が台無しになってしまう映画も多いじゃないですか。

足立 それは僕も意識している部分です。映画や小説は日常から地続きのものであってほしいという思いがあって。もちろん現実からすっ飛んで、現実世界を忘れられるものも素晴らしいですけど、それよりも背中にチクッと痛みを感じながら、まあ主人公もつらい中でがんばってるから、俺もなんとかやってくかという感覚になれるほうが好きですね。そういった映画に感動してきましたし、自分の作品もそういう作り方をしてきました。僕は勝手に黒田さんの小説もそうだと思ってるんです。

黒田 僕も大げさすぎるのは好きじゃないですね。単純に言うたら、映画やドラマも美男美女しか出てこないのは、どうしてもリアリティに欠ける。世の中そんなんじゃない。日常によくあるところをよりリアルにして小説書いたり、脚本書いたりしてますね。

喜劇をずっと作っていきたい(足立)

黒田 野暮な質問なんですけど。今になって奥さんのほうが少し色気付いたセリフを言ってくることないですか? 小説や脚本に書いてもらおうとしとるな……みたいな(笑)。

足立 僕への接し方は基本変わらないですよ、厳しいまま。でも「ネタを提供してあげてる」みたいな雰囲気はちょっと感じられます(笑)。そういう言葉は狙って言ってることがわかるので、つまらないことが多いです。それを指摘すると、怒られるので、そのときに出てくる言葉は本物ですね。

「喜劇 愛妻物語」

黒田 次も同じような夫婦を描きたいという思いは監督の中にあるんでしょうか?

足立 また夫婦の小説を書くことは決まってます。でも次のは豪太とチカとは違う夫婦の話。セックスレスは同じなんですけど、奥さんのほうから「セックスがなくてもいい夫婦の関係を築くことはできないか?」と言われて、夫婦の関係が複雑になっていく話です。今やセックスレスにもいろんなパターンがありますからね。

黒田 もう離婚する夫婦は、ほぼセックスレスですよね。もちろんほかに複雑な問題はありますけど、生活に不一致が生じると必ずセックスレスになる。

足立 若い頃は本当にお金がなくて、いつ離婚されるかずっと心配だったんです。だからセックスさえしておけば離婚されないんじゃないかっていう考えがあって。奥さんが仕事で疲れて帰ってきてるのに、毎晩毎晩求めるという間違ったことをしてました(笑)。

黒田 若さゆえ、ですね(笑)。

足立 でも、その延長線で求めることを止めないようにしよう!というのは人生の数少ないモットーになりました。それが豪太のキャラクターに生きてるというか、ほぼまんま出てますね。

「喜劇 愛妻物語」

黒田 寅さんみたいな、駄目で憎めない、日本人が一番好きな男。監督には、そういうものをどんどん作っていただきたい。

足立 まかり間違って本当にこの映画が大ヒットしたら、シリーズ化したいです。そしたら食いっぱぐれない。喜劇をずっと作っていきたいですね。

黒田 この夫婦のその後は、面白くなっていきそうな気がしますね。でも、あんまり調子乗って自分の夫婦を描きすぎて、ホンマに離婚されたら(笑)。

足立 変に愛妻キャラになってないかな?という心配もあります。奥さんに「俺が不倫とかしたら、やっぱりたたかれるのかなあ」とか言ったら、「お前の不倫なんて誰も興味ねえよ」とすごい怒られました。(笑)。

黒田 夫婦を描く作品って定期的に生まれますけど、こんだけ虐げられるのは、この令和の時代に合ってるかもしれないですね。

足立紳(アダチシン)
1972年生まれ、鳥取県出身。日本映画学校を卒業後、相米慎二に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、2014年に公開された「百円の恋」で第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した。ほか脚本作として「お盆の弟」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「きばいやんせ!私」「こどもしょくどう」「嘘八百」シリーズなどがある。2016年にはデビュー小説「乳房に蚊(のちに「喜劇 愛妻物語」に改題)」を刊行。また同年「14の夜」で監督デビューを果たす。自著を自ら映画化した「喜劇 愛妻物語」では、第32回東京国際映画祭で最優秀脚本賞に選ばれている。小説家としての著作には「弱虫日記」「それでも俺は、妻としたい」など。
黒田有(クロダタモツ)
1970年1月29日生まれ、大阪府出身。NSC大阪校に10期生として入校し、1991年にあいはらとお笑いコンビ・メッセンジャーを結成。関西を中心に人気を博し、多数のレギュラー番組でMCを担当する。2007年には第42回上方漫才大賞の大賞を受賞。黒田たもつ名義で自身がプロデュース・脚本を担当する舞台活動にも力を入れているほか、2018年には毎日新聞大阪版の連載をまとめたエッセイ集「黒田目線」を刊行した。2020年5月には「くろだ煮」でYouTuberデビュー。元料理人としての腕前を生かし、何かしらの食材をひたすら煮込む「煮込み専門」のYouTube活動を行う。また小説新潮2020年8月号では、短編小説「夜中の隣人」を発表した。