税金、ラーメン、民事介入暴力、スーパーなど、その時々の興味に従い、入念に取材を重ねてシナリオを執筆した伊丹十三。その独創的なフィルモグラフィは誰にもまねできない唯一無二のもの。ここでは宮本信子が演じた女たちのセリフと一緒に全10作品を振り返る。
- 「お葬式」
(1984年・125分) 「死んじゃったよ、父さん」(雨宮千鶴子)
- 伊丹十三が妻で女優の宮本信子の父親の葬儀を主宰した経験をもとに、脚本を書いた記念すべき第1回監督作品。山﨑努と宮本を主演に迎え、突然肉親の死に見舞われた俳優夫婦が慌てふためきながら、葬儀を終えるまでの3日間を描く。伊丹は一見映画にならないような葬式にまつわる現実的な細部を徹底的に描写。日本人への鋭い洞察を忍ばせながら笑って泣ける人間喜劇を生み出した。51歳の新人監督にして、興行、批評ともに大成功。宮本は、伊丹が火葬場の煙を見やり「これは映画になる。小津監督の映画に出てるみたいだ」とふと口にしたことを明かしている。
- 2023年1月8日(日)13:00~
2023年1月21日(土)21:00~
- 「タンポポ」
(1985年・115分) 「ほんとねえ、これがツルツルのシコシコなのね。
同じ麺でこうも違うのかしら」(タンポポ)- 日本にいち早く本場のスパゲッティを紹介するなど、食通としても知られた伊丹十三が“食べることの官能性とサスペンス”を表現した1作。子連れの未亡人タンポポが営む寂れたラーメン屋の再起を描いた西部劇風のストーリーを軸に、フランス料理の注文やスパゲッティの正しい食べ方、最後のチャーハンといった食にまつわる13の奇想天外で濃艶なエピソードをつづる。ラーメン屋にほとんど行ったことがなかった伊丹が、だからこそ驚いたという日本人のラーメンへの情熱。観る人の味覚と嗅覚を刺激し、おなかが減ること間違いなし。伊丹映画の中でも特に海外人気が高い“ラーメン・ウエスタン”!
- 2023年1月8日(日)15:20~
2023年1月28日(土)21:00~
- 「マルサの女」
(1987年・128分) 「この仕事は相手にナメられたらおしまいだよ」(板倉亮子)
- 伊丹十三が「お葬式」の大ヒットをきっかけに興味を持った「税金」という意表を突く素材で描いた犯罪映画。マルサとは、悪質な脱税を摘発する組織・国税局査察部を指す。伊丹は「取材しないことにはセリフが1行も書けない」と、当時現役で働く査察官から、税務署、税理士、公認会計士、経営者、銀行関係者、パチンコ店やラブホテルのオーナー、果ては悪徳不動産屋や経済ヤクザに至るまで徹底取材。税務署からマルサに抜擢された板倉亮子を軸に、圧倒的な情報量と生々しいリアリティで脱税の手口と摘発のテクニックを描き出す。今も連綿と続く“お仕事エンタテインメント”の新たな地平を切り開いた日本映画史の重要作。
- 2023年1月8日(日)17:30~
- 「マルサの女2」
(1988年・129分) 「誰かがあんたに死んでもらうことにしたようね。
あんたもトカゲのしっぽなんだよ」(板倉亮子)- 日本経済が繁栄を謳歌した1980年代後半のバブル景気を背景に、とどまるところを知らずに値上がりを続けた「土地」をめぐる生臭い人間模様。次に板倉が目を付けたのは、税金が課されない宗教法人を隠れ蓑に、巨額の脱税を働く最凶の地上げ屋集団・鬼沢一家だ。泣く子も黙る地上げと脱税のテクニックが満載で、彼らと結託する政治家、建設業者、銀行、商社、あらゆる人間が全員ゲス! 特報の「これは私たちの美しい国、日本の、悪の自画像だ」というコピーがすべてを物語る。伊丹映画の中でも屈指の苦々しい後味が残る逸品。
- 2023年1月8日(日)19:50~
- 「あげまん」
(1990年・119分) 「平気で嘘ついて、自分のやったことの責任は取らない。
卑怯じゃないの。弱虫のすることじゃないの」(ナヨコ)- 男にツキをもたらすいい女──それを古来から人々は“あげまん”と言い習わしてきた……? 主人公ナヨコは生臭坊主、将来有望な銀行マン、政界のフィクサー、大物政治家と日本の中心にいる政財界の大物の間を渡り歩き、もれなく全員の運を上げていく。女がいないと“いっぱしの男”になれない男たち。そんな男が日本を回す。運を狙われ、売られていく悲しき女の一代記。もっとも醜悪な男が次期総理大臣の有力候補、捨て子だったナヨコの名前が拾われた7月4日(アメリカ独立記念日)に由来するのが伊丹十三らしい皮肉か。「あげまん」という言葉は本作の公開によって広く浸透し、流行語にもなった。
- 2023年1月8日(日)22:10~
- 「ミンボーの女」
(1992年・124分) 「つまり、あれがヤクザなのよ。弱いものには強いけど、
強いものにはまるっきり弱いのよ」(井上まひる)- 民事介入暴力。ヤクザが一般市民の民事紛争に当事者の形で介入し、暴力団の威力を背景に不当な利益を上げようとすること。これを、略してミンボーと呼ぶ。舞台はヤクザに愛され(脅され)、大迷惑する豪華ホテル。手の凝った悪どい「ゆすり」「たかり」のオンパレードで、仁義もへったくれもない、ただ金のために動くヤクザが本当に恐ろしい。ミンボー専門の弁護士・井上まひるとホテルマンたちが毅然と、正論で、正面から立ち向かう、苦しみに満ちた戦いの記録。劇場公開直後、伊丹が暴力団の襲撃で大けがを負ったことでも有名。
- 2023年1月8日(日)24:20~
- 「大病人」
(1993年・117分) 「かわいそうな人ね、あなたも。心に大きな穴があいている。
誰もあなたの心を満たしてあげられないのね」(妻・万里子)- がんに侵された映画監督・向井武平が自らを主演に、妻とのエピソードを題材に、不倫相手を共演に、がんで死にゆく男女の映画を撮る。伊丹十三が、山崎章郎の書籍「病院で死ぬということ」に触発されて撮った異色のコメディ。どうにか大病じゃないと思い込みたい、死に際にあってもセックスがしたい。「死」を目の前にした男の尽きることのない欲望を悲哀とユーモアに満ちたタッチで描きながら、最後は主人公が命の輝きを知る感動作。伊丹十三版「生きる」「8 1/2」「2001年宇宙の旅」とも言うべき円熟の1本だ。
- 2023年1月9日(月・祝)6:00~
- 「静かな生活」
(1995年・122分) 「子供はみんなかわいいのよ。でも、そのかわいさの後ろには
醜い大人の姿がすでに潜んでる」(団藤さんの奥さん)- 両親の長い留守中、妹マーちゃんの視点から、障害のある兄イーヨーとの穏やかな生活をつづる1作。美しい音楽を作るイーヨーを“心のきれいな障害者”と聖人扱いはせず、1人で兄を世話するマーちゃんの献身性を過剰にたたえるわけでもない。2人が磁石のようにくっつき生まれる親愛の情、そして世間からの無関心や差別を描いた伊丹のフラットな視点が今見ても新鮮。伊丹はイーヨーを今の日本に生きる“なんでもない人”として描きながら、障害者への根深い社会的スティグマを浮かび上がらせた。伊丹のフィルモグラフィで唯一原作のある作品。高校の同級生で義弟でもある作家・大江健三郎の同名小説を映画化した。
- 2023年1月9日(月・祝)8:10~
- 「スーパーの女」
(1996年・127分) 「日本一お客様の立場に立つ店。
そういう日本一になればいいんじゃないの」(井上花子)- スーパー大好きおばさんの井上花子が、小学校の同級生が経営するダメスーパー・正直屋を徹頭徹尾、主婦の視点から立て直す“スーパー”エンタテインメント。いい輸入肉を和牛として売る? 売れ残った鮮魚をリパックして新しい日付で販売? 2000年以降、社会問題にもなった食品偽装をいち早く取り上げた伊丹十三の先見性が光る。いいスーパーとダメなスーパーを見分ける方法とは。スーパーの見方がわかると、生活が変わる。物価高が庶民の頭を悩ます今こそ観てほしい1作。撮影協力は「日本のスーパーマーケットを楽しくする」をビジョンに掲げるサミット。
- 2023年1月9日(月・祝)10:20~
- 「マルタイの女」
(1997年・132分) 「あたしは生きてるう! あんたも生きてる?
うれしい。ありがとう、ありがとう」(磯野ビワコ)- マルタイとは、警察用語で身辺保護対象者のこと。主人公は殺人事件を偶然目撃したことで、カルト教団から命を狙われ、否応なしにマルタイとなった女優・磯野ビワコだ。常にマスコミから追われ、護衛によってプライバシーも失った彼女が、自身の職業生命を脅かすスキャンダルに直面する愛と責任と勇気の物語。「ミンボーの女」公開直後の襲撃により実際にマルタイとなった伊丹が、自身の壮絶な体験を生かした凄味を随所に感じさせる。「今度の映画、火だるまになってもがんばるからね」は、特報で自ら炎に包まれた伊丹本人の言葉。宮本信子演じるビワコの七変化っぷりも楽しい。
- 2023年1月9日(月・祝)12:40~